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第5話 ゴミの山から金貨を拾え。スキルが導き出した『価値の不均衡』。疑いの目を向ける親方

今回の取引は――汚泥の中に沈む、最初の資本の回収。

ガィン、と鼓膜を震わせる嫌な衝撃が、掌から肩へと抜けた。

鉄の鉤爪の先は、歪んだ真鍮の塊と、粘り気のある汚泥の層に深く沈み込んでいる。

……重いな。肉体の強度は、以前の脆弱な商人見習いのままだ。この程度の一振りで、肺の奥が焼けるような感覚に襲われる。


重労働の鈍いリズムが、処理場全体を支配していた。

ここは王都が排泄した不要物の墓場だ。魔力供給の限界を迎え、不純物と化した魔石や廃棄魔道具の残骸が、歪な山を形成している。

俺は一息つき、泥にまみれた鉄の鉤爪を強引に引き抜いた。


「……効率が悪いな。ただ闇雲に引き剥がすだけでは、生存に必要な成果には届かない。演算が必要だ」


視界を細め、意識を集中させる。

スキル『解析アナライズ』が、網膜の裏側で静かに熱を持ち始める。目の前のゴミの山は、単なるガラクタの集積ではない。

いわば、価値の不均衡。


「……見つけた」


ゴミの山の深層、ひび割れた魔動機の残骸に混じって、一つの黒ずんだ歯車が演算結果に浮上した。外面は魔力汚染に侵されたゴミだが、その芯には高純度の魔導銅が結晶化したまま残っている。


これを「選別」し、適切に抽出できれば、今日のノルマ以上の査定を引き出せるはずだ。


現在、俺が優先すべきは、安定した収入の確保だ。

今夜の宿泊費と、まともな食事にありつくための銅貨を手に入れること。感情を排し、損得勘定だけで動く。

俺は鉄の鉤爪を握り直し、ターゲットとした歯車の位置を正確に見定めた。


「不純物を引き剥がし、価値を再定義する。……『等価交換エクイバレント』の応用実験には、絶好の素材だ」


一秒の無駄も許されない。俺は再び鉄の鉤爪を振り上げ、ゴミの深淵へと鋭く突き立てた。鉄の鉤爪の先端が、幾重にも重なった金属の残骸を抉り、狙い通りの位置で止まった。


手応えは重い。表面を覆うヘドロのような不純物が、粘着質な抵抗となって俺の細い腕を締め付ける。鼻腔を抜けるのは、死んだ魔力が腐敗したような、あの特有の腐臭だ。肺が拒絶反応を起こし、不規則な咳が漏れそうになるのを喉の奥で押し殺す。


「……無駄な力は使うな。重心を右足に移し、骨格を支点として機能させろ」


網膜に焼き付いた解析結果を頼りに、歯車を固定している構造的な弱点へと意識を絞る。

肉体は脆弱だが、構造を知れば最小の出力で最大の結果を導き出せる。それが、この廃棄場で俺が生存確率を維持するための唯一の手段だ。


一息に体重を乗せると、不快な金属音と共に、目的の「黒ずんだ歯車」が山から引き剥がされた。


足元に転がった歯車は、魔力汚染で毒々しい紫色を帯びている。

本来、魔導回路を循環する純粋なエネルギーであるはずの魔力は、機能不全を起こせば行き場を失い、物質を腐食させる魔力汚染へと変質する。


「……文明の残飯、というわけだ。連中が華やかな灯りの下で謳歌する利便性の裏側で、その排泄物を受け止める濾過装置が必要になる。それがこの地獄の正体だ」



俺は再び鉄の鉤爪を手に取り、獲物の周囲にこびりついた汚泥を削ぎ落とし始めた。この「不純物」の下にある確かな利益を、一秒でも早く掴み取るために。


泥濘ぬかるみを無遠慮に踏みつける、重い足音が背後から迫る。


「おい、レン! いつまでそのガラクタ一つに時間をかけてやがる!」


鼓膜を震わせたのは、現場責任者である親方の野太い怒声だ。脂ぎった顔を歪め、彼は俺の細い腕と、足元の黒ずんだ歯車を交互に見て鼻を鳴らした。


周囲で鉄の鉤爪を振るっていた他の労働者たちも、手を止めることなく、冷笑混じりの視線をこちらへ寄越す。その瞳にあるのは同情ではなく、作業全体のノルマを停滞させる無能への、純粋な排斥感情だ。


「……想定内の干渉だ。この肉体の出力不足が招く、計算外のタイムロス。彼らにとって、俺が『解析』に費やす数秒は、単なる怠慢にしか映らない」


俺は表情を動かさず、泥にまみれた膝をゆっくりと伸ばした。肺に溜まった澱んだ空気を吐き出し、親方の視線を受け止める。論理的な反論はここでは意味をなさない。この場を支配しているのは、知性ではなく「即時的な成果」という名の暴力だ。


俺は無言のまま、足元の歯車に汚れた指先を触れさせた。

親方が罵倒を重ねる中、網膜の裏側で構築された数式が臨界点に達する。脳内に響くのは、感情を排した無機質な計数音だ。


「価値」の帳尻を合わせろ。負の資産を外部へと排出し、本質を抽出すればいい。

鉄の鉤爪の先端を、歯車の表面を覆う硬化した不純物の亀裂へと捩じ込んだ。力のベクトルを一点に集中させ、構造的な脆さを突く。


等価交換エクイバレント


剥落した赤茶けた錆の下から、湿った空気を撥ね退けるような、鈍くも確かな赤金色の輝きが姿を現した。


剥き出しになった魔導銅の赤金色が、淀んだ空気の中で場違いなほど鮮烈に明滅する。周囲の労働者たちの視線に、嘲笑ではなく戸惑いが混じり始めた。


「……これは「浄化」などという慈悲深い行為じゃない。ただの数学的処理だ」


商人の本質とは、情報の非対称性を利用した価値の再定義に他ならない。


親方は、俺が剥き出しにした魔導銅の鮮烈な輝きを凝視し、その醜悪な顔を驚愕に歪めた。周囲の嘲笑が、一瞬にして湿った静寂へと置き換わる。


「……ちっ、まぐれ当たりかよ。おい、さっさと検品に回せ!」


彼は腰に下げた、脂汚れで黒ずんだ革袋の口を乱暴にこじ開けた。


親方は、俺の手から奪い取るようにして歯車を袋に放り込んだ。

「いいか、レン。一度でも妙な真似をしてみろ。その瞬間にお前をここから叩き出す。


親方は不機嫌そうに、煤けた銅貨三枚を俺の泥まみれの掌へ放り投げた。


「三枚か。妥当な買い叩き(ディスカウント)だな。今の俺には交渉のカードがない」


掌に残る硬貨の重みを、脳内の帳簿へと転記する。王都の最外縁、この廃棄場に近い安宿のドミトリーが一泊二枚。


残りの一枚は、明日の朝食。計算は合う。俺は泥にまみれた鉄の鉤爪を肩に担ぎ、傾き始めた太陽が作る長い影を連れて出口へと歩き出した。


背後に突き刺さる視線は、先ほどまでの嘲笑とは質の異なるものに変質している。それは、効率よく「利益」を掘り出した異分子を品定めする、飢えた獣の執着に近い。

「等価交換」とは、世界の帳尻を合わせる行為に過ぎません。レンが行ったのは慈悲深い救済ではなく、単なる「負債の付け替え」です。魔力汚染というマイナスの価値を周囲に押し付け、純粋な利益だけを抜き取るその手口は、商人としての冷徹な本質を物語っています。

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