第10話 黒字転換への第一歩。痛みと引き換えに手にした銀貨が、反撃の狼煙となる
持ち帰った「不良債権」を前に、レンは最後の賭けに出ます。スキル『等価交換』による強制浄化。代償として支払うのは、自身の肉体が悲鳴を上げるほどの「苦痛」。等価の原則は絶対であり、奇跡には相応の痛みが伴います。さて、今回の取引は――血と汗で購う、最初の「黒字決済」です。
部屋に戻った俺は、持ち帰った『魔導コンデンサ』を粗末なベッドの上に置いた。
歪んだ金属塊から漏れ出す不吉な紫色の火花が、薄暗い部屋を断続的に照らし出す。
「……解析。汚染深度、コアまで到達。暴走エネルギー量、致死レベル」
普通なら、処理班を呼んで隔離すべき代物だ。だが、今の俺には「宝の山」に見える。
彼は深呼吸を繰り返し、自身の精神状態を鎮静化させた。
「……始めるぞ。『等価交換』――取引開始」
俺は両手を汚染物質にかざす。
イメージするのは「浄化」ではない。「置換」だ。
この物質が抱える「暴走」という負のエネルギーを、俺自身の「何か」で買い取る。等価であるためには、それに見合うだけの代償が必要だ。
「対価提示。……俺の肉体的『苦痛』、及び、蓄積した全『疲労』」
代償として差し出せるのは、このボロボロの体だけだ。
スキルが発動した瞬間、筆舌に尽くしがたい激痛が指先から全身へと走った。
「ぐ、ぁ……ッ!?」
まるで血管に溶けた鉛を流し込まれたような熱さと、骨を万力で締め上げられるような圧力。
視界がホワイトアウトする。意識が飛びそうになるのを、奥歯が砕けるほど噛み締めて繋ぎ止める。
「……! ここで意識を手放せば、暴走した魔力に脳を焼き切られる……!」
俺は叫び声を喉の奥で押し殺し、ひたすら「負債」を飲み込み続けた。
金属塊から汚染が抜け、俺の体へと流れ込んでくる。代わりに、俺の体から吸い上げられた「正常な魔力」が、金属の歪みを正していく。
永遠にも感じる数十秒。
「……取引、成立……ッ!」
最後の光が収束し、ドン、と重い音がベッドに沈んだ。
俺はその場に崩れ落ち、荒い息を吐いた。全身が冷たい汗で濡れ、指先は痙攣して動かない。
だが、その視線の先には――
鈍く、しかし純粋な輝きを放つ、リコンディショニングされた『高純度魔導銅』のインゴットがあった。
「……は、はは……。成功、だ……」
解析結果。市場価値、銀貨三〇枚相当。
スラムの屑拾いが一生かかっても拝めないような金額だ。
俺は震える手でそれを掴んだ。まだ熱を帯びた金属の感触が、生きている実感を伝えてくる。
数時間後。
俺はスラムの裏通りにある怪しげな故買屋の前に立っていた。
通常のルートで売れば、盗品を疑われて面倒なことになる。多少買い叩かれても、キャッシュフローを優先すべきだ。
「……へえ。こいつは驚いた。純正の、それも軍用規格の再利用品かい」
店主の老婆が、ルーペ片手に感嘆の声を漏らす。
俺はフードを目深に被ったまま、短く答える。
「出所の詮索はなしだ。即金で頼む」
「分かってるよ。……銀貨二十五枚。これが限界だ」
「……いいだろう。成立だ」
相場より二割ほど安いが、手間賃と考えれば妥当だ。
老婆から渡された革袋はずっしりと重い。
その重みこそが、俺がこの世界で初めて手にした、正真正銘の「利益」だった。
帰り道。
俺は一軒の商店に立ち寄り、少しだけ上等なパンと、干し肉、そして清潔な水を買った。
安宿に戻り、誰にも邪魔されない部屋で、硬くないパンを齧る。
口の中に広がる麦の甘みと、肉の脂。
それは、かつて貴族のような暮らしをしていた頃には見向きもしなかった、粗末な食事だ。だが、今の俺にとっては、どんなご馳走よりも美味かった。
「……生き延びた」
俺は天井を見上げた。雨漏りの染みはまだそこにある。
だが、懐には銀貨がある。明日を恐れずに眠れるだけの蓄えがある。
「……だが、これは『端金』だ」
銀貨二十枚程度では、奪われた実家を取り戻すことも、俺を追放した連中を見返すこともできない。
これは単なる生存のためのコストだ。
だが、少なくとも俺は証明した。ゴミ溜めの中でも、俺のスキルは通用する。負債を利益に変え、ゼロから有を生み出せる。
「……見ていろ。ここからが反撃だ」
手元には銀貨が残り、体内には焼けるような代償だけが残った。等価交換は万能じゃない――むしろ、俺の弱さを減衰係数として正確に課金してくる。だが、それでも“黒字”は出た。初めて、この世界の価値定義を俺の側へ一ミリだけ引き寄せられた証拠だ。次にやることは決まっている――利益で拠点を買い、税と収奪のルールそのものを、俺の帳簿で書き換える。
(序章 完)
手にした銀貨は、かつての彼からすれば端金かもしれません。しかし、それは自身の力でゼロから生み出した、何よりも尊い「資本」です。スラムの底で掴んだこの小さな光は、やがて王都全体を巻き込む巨大な炎へと育っていくことでしょう。これにて序章、完結です。




