第1話 破産宣告からの追放。鑑定不能のゴミスキル『等価交換』を押し付けられた俺の、あまりに現実的な生存戦略
この物語は、すべてを失った一人の商人が、数字と論理だけで世界を買い叩く再興の記録である。
王都商人ギルドのエリートから一転、破産という名の「社会的死」を宣告されたレン・アシュトン。
彼に残されたのは、数日分の携帯食料と、起動条件すら満たせない未知のスキル『等価交換』。そして、いかなる絶望をも「変数」として処理する、冷徹なまでの合理主義のみ。
貸借対照表が真っ赤に染まったどん底から、彼はどうやって世界にその価値を認めさせるのか。
非情なる経済ハイファンタジー、ここに開幕。
「レン・アシュトン。貴殿の破産が確定した。もはやこのギルドに、貴殿の居場所はない。即刻、退去せよ」
宣告は、冬の朝の凍てつく空気よりも冷徹だった。王都商人ギルドを牽引してきた名門アシュトン家。その三男として生まれ、過剰なまでの期待を背負わされてきた俺の名――『レン』。かつては誇りであったその名も、今や敗北者のラベルとして重く肌に張り付いている。不況、魔物被害、そして甘い市場予測。言い訳の余地など一銭の価値もない。俺は今日、名門の看板も、心血を注いで積み上げた個人資産のすべてをも市場という怪物に食い潰された。
追放。その事実描写に、感情という名の浮利を挟む余地は残されていない。俺は、完膚なきまでに敗北したのだ。
「……資産より借金が上回る債務超過状態。ギルド規約第十二条に基づき、全財産は一括差し押さえ、債権者への配当に回される。ロジックとしては完璧な清算だ」
俺は自分の無能を、運命や誰のせいにするつもりもない。市場という残酷な天秤の上で、俺が出した演算結果が「死」に等しい敗北だった。ただそれだけのことだ。使者の男が俺の右手を無造作に掴み、不気味な紋章を無理やり刻み込む。追放者に与えられる形式的な『ギフト』。だが、その冷たい衝撃に呼応するように、俺の血の奥底でずっと眠り続けていた「何か」が、不快な熱を伴って目を覚ますのを感じた。
網膜を灼く青い火のような光とともに、右手の甲に歪な天秤の紋章が浮かび上がる。発現したのは、家系に伝わる固有スキル――『等価交換』。
俺は無意識に、商人の基礎教養である『解析』を起動し、その詳細を読み取ろうとした。だが、視界の端で冷酷に明滅するシステムメッセージは、俺の絶望を完膚なきまでに嘲笑っていた。
「発動条件……負債が零の時のみ? 無限のマイナスを背負った今の俺には、一生起動不可能な死蔵資産か。これ以上ないほど、泥にまみれた今の俺にお似合いだな」
鑑定士の無機質で乾いた嘲笑を背に、俺は一歩一歩、裏門へと重い足を進める。そこには資産管理課の検収員が、廃棄物の選別を行うような無機質な目で待ち構えていた。
「最終的な資産流出防止のための検収を行う。袋を広げろ」
機械的な指示に従い、俺は背負い袋を下ろした。中身が地面に広げられる。芯の折れかけたペン、インクの掠れた手帳、三枚の保存用乾パン、錆の浮いた小ぶりなナイフ、そして泥除け用の汚れた防水布が端切れ一枚。どれも組織が回収コストをかけてまで差し押さえようとしない、資産価値ゼロの消耗品だ。
「……検収完了。生活に必要な最低限は“自由財産”として残される。持ち出しを認める」
検収員の視線が外れた瞬間、俺は袋の奥底を指先で慎重に確認した。隠し持っていた『銀の小片』――打ち捨てられた銀屑の破片が、かろうじて袋の端に引っかかっている。全盛期の俺なら一顧だにせずゴミ箱に捨てたであろう、塵のような存在。だが、今の俺にとっては、これが全資本であり、世界に唯一残された俺の『実数』だ。
鉄格子の重厚な扉が、耳障りな金属音を立てて閉まり、かんぬきが落ちた。その音は、俺の過去の全実績が償却され、法的存在として消滅したことを告げる確定音だった。
王都の裏通りを吹き抜ける風は、凍てつくような拒絶を孕んで俺を打ち据える。
「……生存率は統計上、三パーセント以下……か。文字通りの死地だが、望みはゼロではない」
俺は背負い袋の微かな重みを肩に感じ、凍てついた赤土を一歩踏みしめた。懐にある銀の小片。これをどう運用し、どう延命のコストに充て、再起のレバレッジをかけるか。一歩ごとに、俺の体温という名の生命維持費は、冷気という名のコストとして無慈悲に削られていく。
「……冷静になれ。感傷は、一銭の利益も、一秒の猶予も生まない」
喉の奥を執拗に焼く空腹感は、もはや帳簿上の抽象的な概念ではなく、内側から肺腑をえぐりにかかる物理的な負債となって俺を蝕んでいる。俺は、崩れかけたレンガ塀の影に身を潜め、震える指先で袋を抉じ開けた。中にあるのは保存用乾パンがわずかに三枚。一日あたり四百キロカロリーという極限の予算設定。リソースの投入を最小限に絞り、死という名の完全な破産を先送りにするための、厳密な生存リサーチを暗闇の中で開始する。
視界の先に広がるのは、王都の贅肉を削ぎ落とした果ての吹き溜まり――巨大なゴミの山。廃棄物と汚泥が幾重にも堆積し、腐臭を放つその泥の斜面こそが、俺という不良債権が再起するための、最初にして底辺の演算開始地点だ。
「……ここが、俺の新たな帳簿か。まずは今日を生き延びる利益を、一パーセントずつ積み上げるところから始める」
俺は銀の小片を握り込み、汚泥の海へ踏み込んだ。足元は沈み、呼吸は腐臭で削られる――だが、ここは「捨て場」じゃない。王都が見捨てた価値が、未回収のまま堆積する巨大な在庫だ。背後で金属が擦れる音がした瞬間、網膜の端に警告が走る。【観測:視線/判定:捕食者】……この市場(世界)は、入場料としてまず俺の血肉を要求してくるらしい。
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
本作における「破産」は、単なる資金の喪失ではなく、社会という演算系からの完全な排除を意味します。レンが自身の状況を感情ではなく「生存確率3%」という数字で捉えるのは、彼が徹底したリアリストであり、商売の本質が「冷徹なリソース管理」にあると理解しているからです。
彼の手の甲に刻まれた『等価交換』。負債が零の時にしか起動しないという呪いのような条件が、この先の物語でどのような意味を持つのか。無価値な「ゴミ」と定義された男の、最初の取引が始まろうとしています。




