第5話: 特別な時間
カフェを開いて、三週間が経った。
毎日、エリシアが来てくれる。
そして、少しずつだが、他の客も増えてきた。
「美味しかった! また来ます!」
「友達にも教えてあげよう」
そんな言葉をもらうたびに、俺は嬉しくなる。
料理人として、これ以上の喜びはない。
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今日も、エリシアは昼過ぎにやってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、カイトさん」
エリシアは、いつものようにフードを被って店に入ってきた。
でも——今日は、少し様子が違う。
「......どうかしましたか?」
俺は、エリシアの疲れた様子に気づいた。
「あ......分かりますか?」
エリシアは、苦笑いを浮かべた。
「今朝、聖教会の会議が長引いて......少し疲れてしまって」
「それは大変でしたね。今日は、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
エリシアは、いつもの席に座った。
「今日は、何か温かいものが飲みたいです」
「分かりました。では、特製のホットミルクティーをお作りします」
俺は厨房に戻って、丁寧にミルクティーを作り始めた。
紅茶を煮出して、ミルクを加える。
そこに、ほんの少しハチミツを入れる。
甘さと温かさが、疲れた心を癒してくれるはずだ。
『神聖料理』スキルを発動する。
ミルクティーが淡く輝く。
香りが一層優しくなる。
「お待たせしました」
ミルクティーをエリシアの前に置く。
湯気が立ち上り、甘い香りが広がる。
「いただきます」
エリシアは、カップを両手で包むようにして、一口飲んだ。
「......温かい」
彼女は、目を閉じた。
「体だけじゃなくて、心まで温かくなります」
「それは良かったです」
俺は笑顔で答えた。
エリシアは、ゆっくりとミルクティーを飲み続けた。
その表情は、少しずつ穏やかになっていく。
「カイトさん」
エリシアが、静かに口を開いた。
「はい?」
「聖女って、大変なんです」
「......」
「いつも期待されて、完璧でいなければならない。人々を導き、癒さなければならない」
エリシアは、カップを見つめながら続けた。
「でも......私も、ただの人間です。疲れることもあるし、逃げ出したくなることもある」
その言葉に、俺は胸が痛んだ。
「でも、ここに来ると......そんな重荷を、少しだけ下ろせる気がします」
エリシアは顔を上げて、俺を見た。
「カイトさんの料理を食べていると、私も普通の女の子でいられる気がするんです」
「......エリシアさん」
俺は、何と言っていいか分からなかった。
でも——一つだけ、確かなことがある。
「ここでは、エリシアさんは聖女じゃありません」
俺は、真剣に言った。
「ここでは、エリシアさんは、ただの大切な客です。だから、いつでも、ゆっくりしていってください」
エリシアは、驚いたような表情をした。
そして——ゆっくりと、微笑んだ。
「ありがとうございます、カイトさん」
その笑顔は、今まで見た中で一番美しかった。
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ミルクティーを飲み終えたエリシアは、すっかり元気になっていた。
「カイトさん、今日のおすすめは何ですか?」
「今日は、フレンチトーストを作りました」
「フレンチトースト......?」
「パンを卵液に浸して焼いた、甘いデザートです」
「美味しそうですね。それをお願いします」
俺は厨房に戻って、フレンチトーストを作り始めた。
卵、ミルク、砂糖を混ぜて、卵液を作る。
厚切りのパンを、たっぷりと卵液に浸す。
フライパンにバターを溶かして、パンを焼く。
じっくりと、両面に焼き色をつける。
『神聖料理』スキルを発動する。
フレンチトーストが淡く輝く。
バターとシナモンの香りが、店内に広がる。
完成だ。
「お待たせしました」
フレンチトーストをエリシアの前に置く。
上には、粉砂糖を振りかけて、メープルシロップを添えた。
「わぁ......綺麗です」
エリシアは、目を輝かせた。
「いただきます」
フォークで一口切って、口に運ぶ。
外はカリッと、中はふんわり。
卵の優しい味わいと、メープルシロップの甘さ。
「......幸せです」
エリシアは、幸せそうに目を細めた。
「こんなに美味しいもの、初めて食べました」
「そんなに喜んでもらえて、嬉しいです」
俺も嬉しくなった。
エリシアは、丁寧にフレンチトーストを食べ続けた。
一口一口、大切に味わうように。
「ごちそうさまでした」
食べ終えたエリシアは、満足そうに息をついた。
「本当に、美味しかったです」
「ありがとうございます」
「カイトさん」
エリシアは、少し恥ずかしそうに言った。
「もし良ければ......たまには、お話し相手になってもらえませんか?」
「もちろんです」
俺は笑顔で答えた。
「俺で良ければ、いつでも」
エリシアは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
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それから、エリシアと俺は、よく話をするようになった。
聖女としての日々。
人々の期待。
時には、エリシア自身の夢や希望。
「私、いつか普通の女の子として、街を歩いてみたいんです」
「それは......難しいんですか?」
「はい。聖女として、いつも注目されていますから」
エリシアは、少し寂しそうに笑った。
「でも、ここでは、その夢が少しだけ叶っている気がします」
「......」
「カイトさんは、私を聖女として見ないでくれる。ただの客として、接してくれる」
エリシアは、俺を見つめた。
「それが、とても嬉しいんです」
俺は、何も言えなかった。
でも——胸が熱くなった。
エリシアにとって、この店が、安らぎの場所になっている。
それが、俺にとって何よりも嬉しいことだった。
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その日の夕方。
店を片付けていると、見慣れない男が店に入ってきた。
高級そうな服を着ている。
貴族か、それに近い身分の人だろう。
「ここが、噂のカフェか」
男は、店内を見回した。
「いらっしゃいませ」
俺は丁寧に迎えた。
「聞いたぞ。ここの料理は、絶品だと」
「ありがとうございます」
「試してみよう。何かおすすめはあるか?」
「本日のおすすめは、フレンチトーストです」
「では、それを」
男は、テーブルに座った。
俺は厨房に戻って、フレンチトーストを作り始めた。
エリシアに作ったのと同じように、丁寧に。
『神聖料理』スキルを発動する。
「お待たせしました」
フレンチトーストを男の前に置く。
男は、一口食べた。
「......!」
男の目が、大きく見開かれた。
「これは......素晴らしい!」
男は、驚きの表情で俺を見た。
「こんな美味しい料理、王宮でも食べたことがない!」
「ありがとうございます」
「君、名前は?」
「カイトと申します」
「カイトか。覚えておこう」
男は、満足そうにフレンチトーストを食べ続けた。
そして、食べ終わると、金貨一枚をカウンターに置いた。
「金貨は......」
「釣りはいらん。これだけの料理なら、当然だ」
男は、立ち上がった。
「また来るぞ、カイト。友人にも勧めておこう」
そう言って、男は店を出ていった。
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俺は、カウンターに置かれた金貨を見つめた。
金貨一枚。
普通のカフェなら、銅貨数枚で十分なのに。
「......すごい」
俺は呟いた。
カフェの評判が、少しずつ広がっている。
そして——もしかしたら、貴族たちの間でも話題になっているのかもしれない。
「明日も、頑張ろう」
俺は、静かに決意した。
エリシアのために。
そして、この店を訪れてくれる全ての客のために。
俺は、最高の料理を作り続ける。
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翌日。
いつものように、エリシアが来店した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、カイトさん」
エリシアは、いつもの席に座った。
「昨日は、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
俺は笑顔で答えた。
「今日も、美味しいものを作りますよ」
「楽しみにしています」
エリシアは、嬉しそうに微笑んだ。
カフェ『エリュシオン』は、今日も営業中だ。
そして——エリシアとの特別な時間は、これからも続いていく。




