第4話: 常連の聖女
エリシアが、本当に毎日来るようになった。
最初は信じられなかった。
伝説の聖女が、俺の小さなカフェに、毎日通ってくれる。
でも、それは現実だった。
朝の仕込みを終えて、店を開ける。すると必ず、昼過ぎにカラン、と鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
俺は笑顔で迎える。
「こんにちは、カイトさん」
エリシアは、今日もフードを被ってやってくる。
そして、いつもの席——一番奥のテーブルに座る。
「今日は何がおすすめですか?」
「今日は、チキンのクリーム煮込みです」
「それをお願いします」
こんなやり取りが、日常になった。
---
一週間が過ぎた。
カフェ『エリュシオン』には、少しずつだが、他の客も増え始めていた。
「ここ、美味しいって聞いたから来てみたんだ」
「裏路地にこんな店があったとは!」
口コミが、少しずつ広がっている。
俺は嬉しかった。
料理人として、自分の料理が認められている実感があった。
---
今日も、エリシアは昼過ぎにやってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、カイトさん」
エリシアは、いつもの席に座った。
「今日は、カルボナーラを作りました」
「カルボナーラ......?」
「パスタ料理です。生クリームと卵、ベーコンを使った濃厚なソースです」
「美味しそうですね。それをお願いします」
俺は厨房に戻って、カルボナーラを作り始めた。
まず、ベーコンをカリカリに炒める。香ばしい香りが広がる。
次に、卵黄と生クリーム、粉チーズを混ぜる。これがカルボナーラのソースだ。
パスタを茹でる。アルデンテ、少し芯が残る程度に。
茹で上がったパスタをフライパンに入れて、ベーコンと軽く絡める。
そして——『神聖料理』スキルを発動する。
ソースが淡く輝く。香りが一層豊かになる。
火を止めて、ソースを絡める。熱で卵が固まらないように、素早く、でも丁寧に。
完成だ。
「お待たせしました」
カルボナーラをエリシアの前に置く。
濃厚なクリームソースが、パスタに絡んでいる。上には、黒胡椒をたっぷりと振りかけた。
「いただきます」
エリシアはフォークでパスタを巻いて、一口食べた。
「......!」
彼女の目が、大きく見開かれた。
「美味しい......!」
エリシアは感動したように言った。
「このクリーミーさ、ベーコンの香ばしさ、そして黒胡椒のピリッとした刺激......全てが完璧です」
「ありがとうございます」
俺は嬉しくなった。
エリシアは、いつも素直に感想を言ってくれる。
それが、俺にとって何よりの励みだった。
---
カルボナーラを食べ終えたエリシアは、満足そうに息をついた。
「ごちそうさまでした」
「お口に合って良かったです」
「カイトさん」
エリシアは、少し照れくさそうに言った。
「私、毎日ここに来るのが、楽しみになっています」
「それは......嬉しいです」
「聖女として、いつも人の目を気にして、完璧でいなければならない日々。でも、ここでは......私はただの客です」
エリシアは、静かに笑った。
「カイトさんの料理を食べていると、心が安らぎます」
その言葉を聞いて、俺は胸が熱くなった。
「俺も、エリシアさんに料理を作るのが、楽しみです」
俺は正直に答えた。
「エリシアさんは、いつも素直に感想を言ってくれる。それが、俺にとって何よりも嬉しいんです」
エリシアは、フードの下から微笑んだ。
「それは、本当に美味しいからです」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「それでは、また明日」
「はい、お待ちしています」
エリシアは、銀貨一枚をカウンターに置いて、店を出ていった。
カラン。
鐘の音が、静かに響く。
---
その日の夕方。
俺は店の掃除をしていると、久しぶりの客が訪れた。
「あのー、ここ、評判のカフェですよね?」
振り向くと、若い男が立っていた。
冒険者らしい装備をしている。
「はい、そうですが」
「ちょっと話を聞きたくて」
男は少し躊躇いながら言った。
「実は、俺、冒険者なんですけど......最近、勇者アレンのパーティーが苦戦してるって噂を聞いて」
「......アレン?」
俺の体が、一瞬固まった。
アレン。
俺を追放した、元パーティーのリーダーだ。
「そうそう。有名な勇者様ですよ。でも、最近、クエストで苦戦してるって話が広まってて」
男は興味津々といった様子で続けた。
「なんでも、サポート役が抜けたせいで、バランスが崩れたとか。新しいメンバーが入ったらしいけど、うまくいってないみたいで」
「......そうなんですか」
俺は、冷静に答えた。
「あれ? そんなに興味なさそうですね」
「いえ、ただ......俺には関係ないことなので」
「あ、そっか。ごめんなさい。じゃあ、コーヒー一杯もらえますか?」
「かしこまりました」
俺は厨房に戻って、コーヒーを淹れた。
でも——心の中は、複雑だった。
アレン。
クラウス。
リナ。
元パーティーのメンバーたち。
彼らは、今、苦戦しているのか。
「......」
俺は、静かにコーヒーカップを握りしめた。
俺がいなくなったことで、パーティーのバランスが崩れた。
それは、俺の料理が——いや、『神聖料理』スキルが、どれだけ重要だったかを示している。
「でも......もう関係ない」
俺は呟いた。
俺を追放したのは、彼らだ。
今さら、俺が心配する必要はない。
俺には、今、この店がある。
そして——エリシアがいる。
「......よし」
俺は気持ちを切り替えた。
コーヒーを客に出して、笑顔で接客する。
過去は過去だ。
俺は、今を生きる。
---
その夜。
店を閉めた後、俺は一人カウンターに座っていた。
「アレンか......」
元パーティーのことを思い出す。
あの日、俺は追放された。
「お前のスキルは戦闘に役立たない」
アレンのあの言葉を、今でも覚えている。
「......」
でも——今の俺は、違う。
この店で、エリシアと出会った。
彼女は、俺の料理を心から喜んでくれる。
そして、少しずつだが、他の客も増えてきた。
「俺は、間違っていなかった」
俺は静かに呟いた。
追放されて、全てを失ったと思っていた。
でも——今、俺にはこの場所がある。
「明日も、頑張ろう」
俺は立ち上がって、窓の外を見た。
夜空には、星が輝いている。
明日も、エリシアが来る。
そして、俺は最高の料理を作る。
それが、今の俺の生きる道だ。
---
翌日。
いつものように、エリシアが来店した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、カイトさん」
エリシアは、いつもの席に座った。
「今日は、ビーフシチューがおすすめです」
「それをお願いします」
俺は厨房に戻って、丁寧にビーフシチューを作り始めた。
じっくりと煮込んだ牛肉は、ホロホロと柔らかい。
デミグラスソースの深い味わい。
野菜の甘み。
全てが調和している。
『神聖料理』スキルを発動して、最後の仕上げ。
「お待たせしました」
ビーフシチューをエリシアの前に置く。
「いただきます」
エリシアは、スプーンで一口食べた。
「......最高です」
彼女は、心から嬉しそうに笑った。
俺も、笑顔で答える。
アレンのことは、もう気にしない。
俺には、今、この瞬間がある。
エリシアの笑顔。
それが、俺にとって何よりも大切なものだ。
「カイトさん、ありがとうございます」
エリシアが、静かに言った。
「こちらこそ、ありがとうございます」
俺は答えた。
カフェ『エリュシオン』の日々は、これからも続いていく。




