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第1話: 追放された料理人

「カイト、お前はもうこのパーティーには必要ない」


勇者アレンの冷たい声が、宿屋の一室に響いた。


俺——カイト・リーバスは、その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。窓から差し込む夕日が、アレンの金色の髪を照らしている。いつもなら頼もしく見えるその姿が、今日はひどく冷酷に見えた。


「え......どういう、ことだ?」


俺の声が震えていた。隣にいる回復魔法使いのリナが、申し訳なさそうに目を伏せる。


「言葉通りの意味だ。お前の『神聖料理』スキルは、確かにこれまで役立った。だが、これから俺たちが挑むのは魔王軍との本格的な戦いだ。戦闘に役立たないスキル持ちを連れていく余裕はない」


アレンは腕を組み、まるで物でも見るような目で俺を見下ろした。


「でも、俺の料理があれば......HP回復も、状態異常回復も——」


「それなら回復魔法で十分だ。それに、昨日新しく加入したクラウスは火炎魔法のエキスパートだ。お前の代わりに彼を連れて行く」


クラウス。昨日パーティーに加わった赤髪の男だ。確かに実力はあるように見えた。でも、俺を追い出すほどのことか?


「アレン、さすがにそれは......」


リナが口を開きかけたが、アレンは手を振って制した。


「リナ、お前は黙ってろ。これは俺がリーダーとして決めたことだ」


リナは唇を噛んで、それ以上何も言えなくなった。


俺の頭が真っ白になっていく。三年間、一緒に旅をしてきた仲間たちだ。魔物と戦い、困難を乗り越えてきた仲間たちだ。それが、こんな一方的な通告で終わるのか。


「これまでの報酬の取り分は、きちんと払う。感謝はしているよ、カイト。だが、これが現実だ。お前は戦士じゃない。料理人だ。ならば、料理人として生きていけばいい」


アレンは革の袋を俺の前に投げた。中で金貨が鳴る音がした。


「じゃあな、カイト。元気でな」


そう言い残して、アレンは部屋を出ていった。リナは最後に俺を見て、小さく頭を下げると、アレンの後を追った。


部屋に残されたのは、俺だけだった。


夕日が沈んでいく。部屋が徐々に暗くなっていく。


俺は、三年間の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡るのを感じた。


初めて魔物を倒した日。リナが重傷を負って、俺の料理で回復した日。アレンに「お前の料理は最高だ」と笑顔で言われた日。


全部、幻だったのか。


俺は、ただの......役立たずだったのか。


---


それから三日後、俺は王都アルカディアの門をくぐっていた。


追放されたあの町にはもういられなかった。仲間たちの顔を見れば、惨めな気持ちになるだけだ。だから、俺は決めた。王都で新しい生活を始めることを。


幸い、貯金と追放時の報酬を合わせれば、しばらくは生活できる。問題は、これからどうするかだ。


冒険者として生きる気はもうない。あの追放劇で、冒険者ギルドへの未練は完全に消えた。


ならば——料理人として生きていくしかない。


アレンの言葉を思い出して、胸が痛む。でも、彼の言ったことは正しいのかもしれない。俺は戦士じゃない。料理人だ。


王都の大通りは人で溢れていた。商人の呼び声、子供たちの笑い声、馬車の音。全てが活気に満ちている。


俺は裏路地を歩いた。この辺りなら、家賃の安い物件があるはずだ。


そして——見つけた。


小さな、本当に小さな空き店舗だった。


看板は剥がれ、窓ガラスは埃で曇っている。でも、不思議と温かみのある建物だった。木造の二階建てで、一階が店舗、二階が住居スペースになっているようだ。


「これ......いいかもしれない」


俺は近くの不動産屋を訪ねた。


「ああ、あの物件ですか。正直、あまり人気はないんですよね。場所が裏路地ですし、建物も古い。でも、家賃は安いですよ。月に銀貨50枚です」


銀貨50枚。俺の予算内だ。


「契約します」


「え、本当ですか? あ、ありがとうございます!」


不動産屋の驚いた顔を横目に、俺は契約書にサインをした。


その日の夜、俺は新しい「家」で一人、床に座っていた。


店はまだ何もない。ただの空っぽの空間だ。


でも、不思議と希望のようなものが胸に湧いてきた。


「......よし」


俺は立ち上がった。


「ここで、カフェを開こう」


俺の『神聖料理』スキルは、戦闘には役立たないかもしれない。でも、人を笑顔にすることはできる。美味しい料理を作って、人々に幸せを届けることはできる。


それが、俺の新しい道だ。


翌日から、俺は準備に取りかかった。


まずは店の掃除だ。埃まみれの床を磨き、窓ガラスを拭き、壊れた椅子を修理する。三日間、朝から晩まで働いた。


次に、調理器具を揃えた。鍋、フライパン、包丁、まな板。冒険者時代に野外で使っていた道具とは比べ物にならない、本格的な道具たちだ。


そして、食材を仕入れた。王都の市場は、辺境の町とは比べ物にならないほど豊富な食材が揃っていた。新鮮な野菜、上質な肉、珍しい香辛料。見ているだけでワクワクする。


一週間後、ようやく店の形が整った。


小さなカフェ。テーブルは四つ。椅子は十二脚。カウンター席が三つ。


看板には、こう書いた。


『エリュシオン』


エリュシオン——いい響きだ。ここが、俺にとっての新しい場所になる。


開店初日。


俺は朝早く起きて、料理の準備をした。今日のメニューは、シンプルにサンドイッチとスープ、それにコーヒーだ。


『神聖料理』スキルを発動する。レベル99の力が、俺の手に宿るのを感じる。食材が輝き、香りが変わる。この感覚は、何度経験しても不思議だ。


完成したサンドイッチは、見た目は普通だが、香りが違う。一口食べれば、体の奥から力が湧いてくるのがわかる。これが、俺のスキルの力だ。


「......来てくれるかな」


不安と期待が入り混じった気持ちで、俺は開店の準備を整えた。


そして、扉を開けた。


「さあ、始めよう」


俺の新しい人生が、今、始まる。


裏路地の小さなカフェ『エリュシオン』——。


まだ誰も知らない、この場所が。


やがて、王都中の噂になるとは。


この時の俺は、まだ知らなかった。

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