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第9話 凶玉

 体が動かせない。

 聞こえるし、見えているのに、自分の身体じゃないみたいだ。

 だから蜜梨は、総てを闇に任せた。


「蜜梨が怯えているよ、秘果。お前の怒った顔を見るのは、初めてのようだ」


 自分の口から言葉が勝手に流れる。

 胸の奥にはまり込んでいる凶玉が話しているようだ。


「いい加減に……っ!」


 勝手に伸びた手が、秘果の頬を包んだ。

 拘束する腕の鎖が、まるで紙のように簡単に千切れた。


「黄竜のお前は四凶、四罪、悪神を従える最恐の元凶になれる。凶の頂点になり、桃源の長になれる。私のものにおなり、秘果」

「俺は麒麟になって、神獣が生きる桃源を守る。お前たち凶を排する長だ!」


 秘果が蜜梨の腕を握り締めた。


「どうせ長になるなら凶を選べ。お前が選びやすいように、蜜梨を手に入れたのだから。今ならお前の大好きな蜜梨を好きに出来るぞ」


 摑まれた腕を振り払い、蜜梨の体が秘果に抱き付いた。


「愛してる、秘果。俺と幸せになろう」


 蜜梨の声で、蜜梨の話し方で、蜜梨でない何かが囁く。

 秘果が蜜梨の体を突き飛ばした。

 蜜梨の体が布団の上に転がった。


「酷い、秘果。俺のこと、嫌いになっちゃったの?」


 蜜梨が悲しみに顔を歪める。

 秘果が険しい表情で、神気を迸らせた。怒りの感情が濃く乗った神気だ。


「これ以上、蜜梨の声で何も言うな。蜜梨の体を勝手に使うな」


 秘果が手を前に伸ばした。

 開いた掌を、強く握る。

 鎖に神気が流れて、蜜梨の体を更に拘束した。

 ゆるく余裕があった鎖が張りつめて、蜜梨の体を縛り上げる。

 拘束が緊張して、宙に浮いた体が磔状態になった。


「今、この場で凶玉を砕く。砕けばお前は祓われる。俺から蜜梨を奪ったお前を、絶対に許さない」


 怒りを顕わにした秘果の言葉を、蜜梨が鼻で笑った。


「五色の竜が揃っていないのに? 黄竜だけで砕けるのか? 出来なかったから、蜜梨は凶玉を抱えて桃源から落ちたんだろう?」


 秘果が、ぎっと歯軋りした。


「昔と同じだと思うな。俺はもう、何もできない子供じゃない」


 秘果の神気が揺れている。

 凶玉の中の何かが、愉快そうに笑った。

 嘲った笑いが蜜梨の口から流れ出た。胸が悪くなるほど、醜悪な笑い声だ。


「確かに三百年前、お前は子供だったな。紅竜もガキで、唯一の成竜だった緑竜は役立たず。白竜と黒竜は産まれてすらいなかった。代替わりの移行期は付け入り易い。瑞希(ずいき)に選ばれたばかりの蜜梨もガキで、何の役にも立たなかった」


 蜜梨が磔にされたまま、顔を上げて鼻で笑った。

 秘果が目だけを上げて、蜜梨の顔をした凶玉を睨みつけた。


「そろそろ蜜梨の中にいるのも飽いた。瑞希の神力と蜜梨の体を使って、お前を手に入れよう」


 蜜梨の体がくい、と腰を突き出した。

 股間が着物を押し上げて隆起している。


「蜜梨の体は良いぞ。敏感で、愛でれば素直に感じる。神獣に力を与える瑞希は、特に竜を強くする。性を与えれば尚、強くできる。蜜梨の体で繋がって、お前に凶を注いでやろう」


 秘果の神力が尖った。


「ふざけるな。蜜梨の体を、そんな風に使うな!」


 神風が逆巻き、部屋の障子戸が割れた。

 襖や壁の一部がバキバキと音を立てて壊れる。

 鎖を伝って、神力が蜜梨の体に流れ込んだ。


「ぁっ、ぁぁあ! 苦しい……、黄竜の神力は、強いな。頭の芯まで痺れる。なぁ、蜜梨、苦しいなぁ」


 秘果の神力が鈍った。

 

「この三百年、何もしなかったと思うのか? 蜜梨の体には凶が浸潤している。浄化すればこの体も消えてなくなる」

「なっ……、そんな、わけ……。蜜梨ちゃんは、ちゃんと自我を保ってた。凶堕ちしてないだろ」


 秘果が目を見開いた。

 流れる神力が滞る。


「あえて凶堕ちさせずに、自我を保った。お前が見付けた時、本物の蜜梨を愛せるようにな。今の蜜梨は意識があるだけで、存在は既に凶そのものだ」

「うそだ……。じゃぁ、祓ったら、蜜梨ちゃんは、死んで……」


 秘果の手から力が抜けた。

 その様を眺める凶玉が、心から愉快そうに笑った。


「あはっ、あはははは! 結局お前は、蜜梨がいなければ麒麟になれない。弱くて泣き虫なガキのままだよ、秘果! 大人しく私に喰われて利用されろ!」


 胸の奥の凶玉が揺れている。

 嘲る笑みが凶玉から響いて、全身を震わせる。


 それが気持ち悪くて、吐きそうになる。

 だから蜜梨は、目を開けた。

 流れに任せていた心を止めて、闇を払い除けた。

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