第3話 不幸渦巻く日
蜜梨は、暗い夜道を一人、歩いていた。
風が強くて、歩きずらい。
土埃が舞うから上手く目も開けられない。
(あのびちょびちょの部屋にはいられないし。連絡入れようと思ったらスマホの充電切れているし!)
コンビニで充電器をレンタルしようと出てきたが、既に後悔していた。
(この風で電車止まってるみたいだから、職場にもいけない。つか、近所のコンビニが既に遠い)
職場に辿り着ければ、当直室を借りて寝床を確保できるし、スマホの充電も出来るのに。
(あれ、ICカードスマホだから電車乗れなくね?)
気が付いたら、どっと疲れた。
「とりあえず、休めるとこ。つっても、この辺、ホテルもないし、漫喫もねぇんだよなぁ」
田舎のボロアパート周辺には、気の利いた施設などない。
夜の九時を回れば人気が無くなる古い住宅街だ。
フラフラと歩いていた蜜梨の目に、紅い鳥居が飛び込んだ。
近所にある戎神社だ。
小さいが、三方が小高い丘に囲まれているので、風は防げそうだ。
「一先ず、避難しよう。このままじゃ、口の中まで砂利塗れになりそう」
強風に煽られながら、蜜梨は鳥居をくぐった。
潜った瞬間、風が消えた。
「え? あれ? ここだけ風が吹いてない。木とか隆起した土が防いでくれてんのかな」
嘘のように静かな空間に、安堵した。
社に手を合わせて、申し訳ばかりの御賽銭を投げ入れる。
「風が止むまで避難させてください。お邪魔します」
一礼して、蜜梨は社の端に腰掛けた。
蜜梨は鳥居の向こうに目を向けた。
道路の砂埃が舞い上がって、小さな竜巻を作っている。
風が逆巻いて、電柱にバチバチと小石がぶつかる音がした。
「やっぱ、まだ風強いんだ。神社の中だけ平気なのかな。すげぇ、パワースポットっぽい」
社の中をちらりと窺う。
木造りの社の中には何もない。
「最悪、今夜はここで寝させてもらおうかな。真冬じゃなくて、良かった」
新緑萌える五月、ゴールデンウィークが明けたばかりだというのに最近は日差しが強く暑い。
しかし夜はそこそこ冷えるので、まるっきり外は辛い。
せめて壁が欲しい。
「こういう時は、一人が辛いって、思うもんなんだな」
普通に生活できている時は、一人が辛いとか嫌だと感じたりしない。
むしろ他人といるほうが気を使って疲れる。
「俺の希薄な友人関係じゃ、頼れる相手もいないけどな」
ぼんやりと空を見上げる。
風が強いせいか、春の割に空が晴れている。
月が綺麗だなと思った。
「秘果さん、見付けてくれないかな」
無意識に口をついて言葉が零れた。
何を考えたわけでもない。顔が浮かんだわけでもない。
只々、言葉だけがポロリと落ちた。
「なんて、スマホも使えないし、連絡取れないのに、見付けてくれるわけ……」
見上げた月の中に、何かが浮いて見えた。
米粒のように小さかった何かが、徐々に形を成す。
蛇のようにうねりながら、腹を揺らしておりてくる。
月と同じ色をした竜のように見えた。
「……え? 竜? いや、まさか」
それは流石にファンタジーの読み過ぎだろうと思う。
金色の竜が、神社に向かって、降りてくる。
「嘘……、いやいや、うそ……」
蜜梨は、ごしごしと手で目を擦った。
もう一度、空を見上げる。竜の姿は消えていた。
「そうだよね。びっくりした。いくら心細いからって、妄想に逃げすぎ……」
「蜜梨君」
聞き覚えのある声に、ドキリとして振り返る。
すぐそばに、御厨秘果が立っていた。