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感触

駅の近くは人通りが多い。早足で進む者、ゆっくり歩く者、立ち止まりながら歩く者。

その中で完全に立ち止まっている人がいた。

俯いて肩に背負ったリュックを握りしめながら手には白杖。

(目、見えない人だ)

自分と同じぐらいだろうか、周囲に大人はいない。一人でここまで来たのだろうか。ずっと同じ場所に立ち止まり俯いている。すれ違う人は横目で見ているが何か尋ねることはない。

「……」

ゆっくり側に歩み寄り声をかける。周囲の音にかき消されたのか反応が無い。もう一度声をかけるとこちらを向いてくれた。女の子だろうか。綺麗な子だなと思わずこちらが目を背けてしまった。

「…えと」

「……」

「道に、迷ってる?」

「…迷ってる」

「どこに行くの?」

「ドラッグストア、トイレットペーパー買いたくて…」

「……俺、手伝う?」

「……お願いしてもいい?」

どう歩けばいい?

手を繋ぐ?

腕を貸すのがいいの?分かった。

今まで生きてきた中のたった一日の記憶だ。

何度も見かけていたわけではない、それでも白杖の人がいるとつい目を向けてしまう。あの人が歩く先に何か障害物が無いか、段差は平気か。何となく目で追っていた。

でも自分から彼らの元に駆け寄ったのは初めてだ。

歩く速度は自分と同じぐらいだった。母とよく行くドラッグストアに着くと一緒に中に入るか聞いたが店員さんに尋ねると言って外で待っていた。

外に出されているセール価格の洗剤の売り文句を見ながら待っているとトイレットペーパーを持って出てきた。

「これで終わり?」

「終わり、ありがとう」

「どこまで送る?」

「駅の北口まで、そこからは一人で行ける」

「分かった」

再び腕を貸して歩き出す。大した距離ではないが長く感じる。特に話すこともなく無言で歩いているからだろうか。周囲の音と自分達が持つ荷物の揺れる音を聞きながら駅の北口に着く。

「着いたよ」

「ありがとう」

「…本当に平気?」

「平気」

「女の子一人で本当に?」

「…え?」

「うん?」

「…君も女の子でしょ」

「……うん」

「平気、ありがとう」

「分かった。気をつけてね」

貸していた腕を離しその手が自分の手に触れた。その一瞬手を少し力強く握られた。

「……?」

「……それじゃ」

握った手を離して背中を向けて歩き出すのを見送った。白杖がコンクリートに触れる音が小さく聞こえなくなるまでずっと見つめていた。

(嘘吐いたな)

俺、男なんだよな。

(嘘言った)

俺、男なのに。


いつまた会えるかも分からない相手に下らない嘘を吐いた。


(でも、会えるなら会いたいな)

案の定トイレットペーパーを持って帰って来た自分に施設の職員は驚き安心しそしてかなり怒られた。

それでも一人で買い物してきたことを褒める職員もおり、全員に怒られたわけではなかった。

あれから何度か家族と共に歩く事はあったが自分を助けてくれた彼に会えることはなかった。

何年も経ち着ていた服が合わなくなり履いていた靴が小さくなり声変わりしてあの頃の面影はもうきっと無いだろうと思った矢先にバイトの勤務について聞こうとかけた電話に聞き覚えのある声がした。

(は?)

まさかそんなわけがない、だって向こうも大人になっている。あの時と同じ声のままなんてあり得ない。

それでも聞けば聞くほどあの時の彼だ、名前はイズミスズヤさん。同い年の大学生。本当にそうなら会って確かめなければあの時からずっと忘れないでいたのだ。この好機を逃してたまるか。

声以外に覚えてるのがもう一つある。

あの時は声だけだと今もきっと女の子だと思っていたが、腕を伝って触れた時に驚いた。だって男の子の手の感触だったのだから。

だからずっと知ってたんだよ。俺、あなたが男だってことずっとずっと前から。


「…嘘でしょ?」

水沢さんが自分の手を握りながら話したことは今まで点字ブロックや白杖を見る度に靄がかかったような過去の記憶を思い出させた。

「中学生ぐらいの時の話、覚えてない?」

「…思い出した。でも、その後腕組んで歩いてるの同級生に見られてすごくからかわれて…」

「思春期だもんな」

「記憶に蓋してた…俺、ずっと」

「俺が覚えてた。思い出して、嫌な気持ちになった?」

その言葉に首を振ろうとしたがすぐに止めて口に出した。

「そんなわけない、そんなわけない……恥ずかしいことじゃなかったのに...俺が勝手に恥ずかしがって勝手に忘れて…」

「いいんだよ。こうしてまた会えた。和泉さんにはあれだけど…あの時と変わらない声で良かった。ずっとあの時助けてくれた日から変わらない声で良かった」

「…俺も、水沢さんに会えて初めてこの声で良かったって思えた…」

お互いすっかり大人になった。

同じぐらいの背丈に体格は大人の男、変わらないのは自分の声と手の感触。

「…水沢さん」

「ん?」

「嘘吐いて、ごめんなさい」

「俺も、あの時同じ嘘吐いてごめん」

そう言ってすぐに声を上げて大きな声で笑った。




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