熱い手のひら
会いに行っている。
正確には勝手にだが、大学に行く日いつもより早起きしてわざわざ反対方向にある水沢さんが働く施設に足を運ぶ。勿論いない日もあるだろうけど施設の前を掃除している水沢さんが視界に入ることがある。特に何か話しかけるわけでもなくただそれだけ、彼がそこにいるという事実だけ確認しているのだ。
セツとハナが最近妙に早起きだと怪しむと二人の前で嘘を吐くことが出来ず正直に話すと自分のこの行動に何度目か分からないぐらいに頭を抱えた。
「……お前さ」
「ねぇスズヤ」
「うん…」
「水沢さんのこと好きなの?」
「……」
「すぐに違うって言わない辺り、そうか…」
「…気持ち悪い?」
「もとからそうだったのか、あいつだけになのか知らんけど…大したことじゃねぇ」
「ありがとう」
「…でもお前…自分でも分かるだろ?行動がどんどんおかしくなってる」
「……やっぱりか…」
「このまま平行線で終わる気がしないぞ。どっかでお前の抱えてる気持ちが爆発したらどうなるか想像がつかねぇよ」
「だったらもう言っちゃえば?」
「…俺が和泉スズヤですって?」
「隠しててもいつかバレるしねぇ」
二人にも分かるように日に日に強くなるこれはそういうことなんだろう。自覚すると腑に落ちたが更に悩みが増えてしまった。こうなっては段々と連絡を取り合う回数を減らして水沢さんの記憶から自分を綺麗に消すことは耐え難いし、だからと言って隠していた自分の正体も、本当は男であることも伝えることには体が震える。
「…覚悟だな」
「覚悟…」
「何にでもぶつけられても耐える覚悟?」
「…頑張る」
「言ったな」
「言ったね」
「あぁ〜…」
スマートフォンを抱えて唸る。ただでさえ女の子とそういう関係になったこともないのに。なんなら中学生の頃に女の子と歩いてからかわれたのが未だにトラウマだ。
水沢さんとは次の週末に会えないかと連絡を震える手で伝えた。
「え?」
「そう、スマートフォンに知らない人が写ってたって」
「多分その人でしょ?シキが会いに行く人って」
「どんな人かな」
「何で噂になってるの?」
退勤の準備をしていると耳に届くのはうっかり漏らしたしてしまった約束の日のこと。
大学生の和泉さんはこちらの都合に合わせて日にちを選び実際に会うことになった。思わずどこに行こうか、どこで何か食べるか、この間初めて行ったカフェはどうだろう。チェーンのカフェだから和泉さんも知っているかもしれないし間違いないかもしれないが違うどこかゆっくり出来る場所でもないかと相談するとあれよあれよと話が広まってしまった。
「途中まで送ろうか?」
「知ってるところだし大丈夫」
「そう?でも一応ね」
待ち合わせは子どもの頃に行ったことがある公園だった。思い出しながら行けば何とかなると思ったが施設長に送ってもらうことになってしまった。
「じゃか途中までで」
「うん。それじゃお疲れ様」
「お疲れ様です」
扉を閉めて約束の日を考える。
待ち合わせの公園は確か子どもの頃に両親と行って周囲に自分と同じぐらいの年齢の声が多くあった。人とぶつかるのが怖く、ブランコが空いているのを両親に連れられて揺られた。
頬を撫でる風の感触に自分の体が浮遊するその感覚を思い出す。この手を離したら空でも飛べるのではないかと思いながら何度も揺られていた。
(あの公園)
自分が遊んだ数日後だろうか。
事故が起こり今では誰も来なくなってしまったらしい。踏まれる心配もなくなった公園の草花はきっと伸びに伸びてここがかつて公園だったものだと過去になるんだろう。
(もう、それぐらい経つんだ)
自分の見た目は分からない。でも大人の体になっているのは分かる。学校に通うことなく働きお金を貰う。これから学校に通っていた時間よりも長くそんな時間が増えるんだろう。疲れてもう駄目だと思う日も来るかもしれない。
その時ほんの少し弱みを見せれる人が出来たらいい。
シキに会う人ってどんな人だろう。
前に電話でお喋りしてる時に声は聞こえた。
どんな声?
綺麗な声の女の人。
そう、やっぱり女の子に会うんだ。
そうでなきゃ、あんな嬉しそうにしないと思う。