遭遇
大学から少し離れたチェーンのカフェで頭を抱えたセツと同じように頭を抱えたハナと向き合い何度もかき混ぜたカフォオレに口をつけることなく無言で俯いている自分。
「…どうするんだ」
「どうしよう」
「早く言わなきゃ、自分はこっちの眼鏡の男ですって」
「分かってる分かってるけど…」
「どんどん自分を自分で追い詰めてどうするんだよ」
「……」
もっともなことを二人に言われる。ただそれと同時に自分の中にある劣等感はきっと幼馴染みの二人には分からないだろうという諦めもある。セツは当たり前のように低い男の声で自分を曲げることなく堂々としている。それが原因で人が離れることもあるがセツは一切気にかけない。ハナは目立つ容姿で異性から好意を持たれて興味が無い、知らないと言い振り向くことなくいたことでそれを気にくわないとした同性から身に覚えの無い噂を立てられてとそんなのしていないと狼狽えることなく真っ直ぐ立って歩いている。
それは二人が常に自分に自信を持っているからだ。
大きな劣等感を持たない二人には、声がおかしいという人に笑われる特徴を持つ自分は新たな人間関係を築くことが難しいとさえ感じている。
いつぶりか、その人間関係に新たな関係が加わろうとしてそれが自分を偽り隠しながら築く関係だとしても拒絶されるのが怖いのだ。
いつか分かる。知られてしまう。
ならその時までただひたすら楽しい時間が過ごしたい。
「…自分でも悪いことしてるって思ってる」
「…まあ騙してるからな…」
「それでもそれで続けられるなら…天秤にかけたらそっちに傾いた」
「だけどよ、ずっとそのままでいるのか?」
「もしバレたら、言う時になったら全力で謝る」
「今謝れよ」
「正論言わないでくれ、しんどい」
「…馬鹿がよ」
ようやく口につけたカフォオレで口の中が甘さで満たされる。温くなっていたがどこに行っても変わらないこのカフェの味は少し心を落ち着けた。
「ねぇ、相手の写真見せて」
「ん?うん」
ハナから言われてスマートフォンを取り出す。水沢さんの写真見せると二人はその容姿に自分と同じように「綺麗な人」と感想を言い、ハナはこの人は本当に男性なのか首を傾げていたが写真から見える骨格で間違いなく男性だということを信じてもらえた。
「町で会ったら声をかけてほしいって」
「驚くかもな」
「分かんないよ。喜ぶかも」
「いや、戸惑うよ」
優しい人だからきっとその戸惑った後に何でもないように振る舞って、そして段々と距離を置くのかもしれないと勝手に未来を想像した。そしてその未来を想像し終わった時に隣の席が空いて店員が待っていた客を案内した。
「まあ謝る時は後ろで見守ってやるよ」
「騙してるから何か言われてもお互い様だね」
「だから庇うことはしない」
それで構わないと口を開こうとした時だった。
隣の席に座った三人組。
家族だろうか、年配の女性と自分達とそう変わらない男性が二人。一人は見覚えがある。
口に手を当てて慌てて俯く。その自分の様子に怪訝な表情をしたセツとハナが視線を動かし目を見開く。
水沢さんだ。
写真で見たそのままに彼が隣の席にいる。驚き気付かれないように気配を消そうとしたが目立ちたくないのに平均よりも伸びた背で隠れることが難しい。
「あ」
そして混乱する自分の代わりにハナが小さく声をあげた。騒がしい店内でもその声は彼にしっかり届いたらしく水沢さんはこちらを向いた。
「……」
じっとこちらを見つめて声を発することはない。そろそろ視線は外れたかと思いゆっくり体を起こすと水沢さんは変わらずこちらを見ていた。
「……」
「……」
「……?」
そして何も言わずに視線を戻し一緒に来ていた女性と男性との会話に混じる。
「なに食べたい?」
「ご飯もの」
「カフェよ。ここ、パスタとかサンドイッチはあるわよ」
「パスタ食べたい」
「分かった。パスタはね…」
女性がメニューを読み上げる。それを聞きながら水沢さんともう一人の男性は食べたいメニューの時に反応する。
(あ、そっか)
セツとハナも気付いた。
写真の目線もどこかカメラから逸れていた。先ほどこちらを見た時もどこか視線の位置に違和感があると感じた。
そしてメニューを読み上げてもらって注文するものを決めており、極めつけに水沢さんの傍らに人が行き交う駅の中で稀に見る。白杖があった。
「……」
セツとハナに無言で合図して席を立ち、会計を済ませて店を出る。そしてだいぶ離れたところでようやく息をついた。
「…なるほどな」
「うん…」
セツが更に頭を抱えた。
水沢さんは目が見えていなかったのだ。