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相談

いつもの電車に乗り大学へと向かう。満員電車に押されながら人ばかりで僅かにしか見えない窓の外を見つめる。学校、店、マンション、保育園、よく分からない建物。

水沢さんは偶然にも自分が住んでいる町からそう離れていないところに住んでいるらしい。あまり踏み込んだりしないようにと詳しい場所までは聞いていないが昔家族に連れられて行ったアスレチックパークに水沢さんも同じように子どもの頃に行ったことがあったらしい。あまり活発に遊ぶことが出来なかったらしく、大きなブランコに乗って高く高く揺られるのを楽しんでいたらしい。

(確か、そのブランコで事故があったんだ)

高校生ぐらいの時だろうか、そのブランコで子どもが遊んでいる時にチェーンが外れてしまい怪我をしてしまったらしい。大した怪我ではないがそれをきっかけにどんどん遊びに来る子どもが減ってしまったらしい。その内かつて公園があったところになってしまうんだろうと思いながら大学近くの駅に着くと電車から降りて歩き出す。するとそのほんの少し後ろから近づく足音が二つ。

「おはよう」

「おはよー」

振り返り分かってはいるが相手を確認して頷く。黒い服ばかりを着ている男の友人セツと、肩まで伸びた髪をゆるくパーマをかけた女の友人のハナ。

「今日も暑いな」

「本当にね、この間まで寒いぐらいだったのに」

「寒暖差でどうにかなりそうだな」

「本当」

「そうだな」

二人よりもずっと声を小さくして会話をする。この二人とは小学生の頃からお互いを知っている仲だ。周囲よりも落ち着いて大人びたセツは浮いていて、ハナは周囲よりも目立った容姿をしていてなかなか周りが近づかなかった。自分も周囲がだんだんと変わる中で一人声が変わらないことに内向的になり浮いた三人はいつの間にか仲良くなった。

趣味は合わない、好みも違う。なんならセツとハナは付き合っている。高校生の頃にいつもの会話の中でそれを聞かされて特に驚きはしなかった。ならなるべく二人でいるようにしようかと提案したが三人の方が落ち着くとなり恋人同士の二人の側に相変わらず自分がいることになった。

「二人とも」

「ん?」

「なぁに?」

「昨日、間違い電話があったんだ」

「ふぅん」

「それで?」

「そしたら…その間違い電話の相手と話がはずんだ」

「そんなことあるのか」

「楽しかったならいいんじゃない?」

「…それで連絡先教え合った」

「……」

「…それって大丈夫?」

間違い電話をしてそれで終わりの話ではなかったため二人の表情が少し曇る。相手の、水沢さんのことを話すがセツは顔も見えない相手だし年齢や身分なんていくらでも嘘をつけると言いあまり深く関わるのはよした方がいいのではないかともっともな意見を言われる。

「…でも、言われたんだ」

「何を?」

「声が綺麗…だって」

「……ん〜」

セツが唸る。何と返せばいいのか悩んでいる。こんな小声で話すぐらいに強く嫌悪感を抱いている声を真っ直ぐに褒められたことはなかったのだ。顔と声を両方見つめて戸惑われたり笑われることは何度とあった。その時の表情と気をつかうような言葉、それか露骨に笑ってやろうとする相手を今でも忘れていない。

「良かったね」

「…ハナ」

「褒められたならそのまま受け取ろうよ。それでスズヤがそうしたいならお喋り続けて嫌なことされたらすぐにブロックすればいいよ」

「…良かった。ハナならそう言ってくれると思った」

「ハナから安心するための言葉を引き出させるなよ」

「引き出させられてないよ。スズヤがそうしたそうだし」

なら満足するまで交流しよう。それで嫌なことされたら私とセツが何とかするよ。

「ありがとう……声のこと褒められて嬉しかったんだ。でも水沢さんともっと話してみたいってのもあったから」

「…分かった」

「お友達になれるといいね」

セツはため息混じりに頷いて、ハナは背中を叩きながら前向きに言ってくれた。

スマートフォンに水沢さんからメッセージが届いていた。今日はアルバイトは早出のため朝起きるのが辛かったというものだった。自分も朝が苦手でスマートフォンのアラームを五分刻みに鳴るように設定していると返す。そうすると水沢さんはどれだけ起きられないだ、自分以上じゃないかと笑った絵文字と共に返事をしてくれた。

水沢さんとは何気ない話ばかりをする。

「昔好きだったお菓子?」

『この前コンビニで買い物した時に昔好きだったお菓子の特徴話したら、今はもう売ってないみたいで』

「どんなお菓子です?」

『チーズ味で丸い…固くないふわっとしたスナック菓子。口に入れると溶けるような』

「…もしかして西日本でしか売られなくなったやつ?」

『え?まだ売ってる?』

「こっちで売ってないだけで別の地域で売るようになったみたいですよ」

『なんだ、製造会社が潰れたのかと…』

「まだ生きてる生きてる」

そのお菓子をこっちに持ち込むことを密輸なんて呼ぶ人もいるらしいと言うとスマートフォンの向こうで水沢さんは笑っていた。

それからほぼ毎日したのは何気ない下らない話、水沢さんは最近聴いたラジオの話や自分は動画の話。昼に買った弁当が容器が底上げされており全然食べた気がしなかった話などして自分が思い切り声を出せる時間として楽しんでいた時だった。

『俺の写真を送ります』

「え?」

『もし町中で会ったら声をかけてほしい』

「会ったら…」

『もしね、俺に和泉さんが気付いたら』

「……そうですね。気付いたら声をかけて」

それなら俺の写真も送りますよと、返すことなく終わった会話の後。水沢さんから送られてきた写真に写っていたのはどこか学校のような場所で撮られたものだった。静かに微笑んで意識せずに撮られたのかカメラ目線ではない。

ただそこに写っているのは同性でも「綺麗」だと思えるほど整った容姿の男性だった。

「……」

それを見つめて自分のスマートフォンのアルバムを開く。何となく気になった場所の写真。美味しかったからまた食べようという気持ちで撮った写真。記録のために撮った講義に関する写真。

大学の前でセツとハナと三人で撮った写真。

それを選択して背景は見えないように切り取り送る。そこに写るのが自分だと一言添えて。

(あぁもう)

ハナには悪いことをしてしまった。

勝手に顔を使ってしまい明日には謝らないとと頭の中で祈りながら言い訳もする。

だって、これが自分ですと送った時に彼がずっと女性だと勘違いしてるなら騙していたのかと悲しませてしまうかもしれない。それならまだもう少しだけ嘘をついて自分の声を出せるこの時をまだ守りたいのだ。

「…嫌な奴」

結局いつでも自分は自分のことばかり考えているらしい。



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