木曜日
木曜日、
三峯教員は「あなたの心臓が止まる時、あなたは死にますか」と言った。
「あなたが死ぬのは心臓が止まった時ですか。仮に心臓が動いていれば、その他の全てが止まっていても死んでいないのですか。そもそも死とはどういう状態、どういう状況を指すのでしょう。
死を定義するためには、まずは生を定義する必要があるのです。生きるとは、どういうことでしょうか。僕はいつか答え抜きますので、あなたもいつか答え抜いてみて下さい」
私は数年前に、緑のカードの裏面一番に丸印を付けて、体の刑期を決めている。
日替わりうどんの為に小銭を取ろうと開いたお財布の奥にふと、緑のカードを見つけた。抜き出すと、下部の名前と住所が空欄のままだったから、私の体にはまだ少しの猶予が残されている。
〈日替わりうどん〉のボタンを押して五百円を入れると当たり前に釣銭一二〇円を吐き出す食券器はこの日、何の因果か百円しか吐き出さなかった。
どうやらこの瞬間までに、二十円分の余命を過ごしたようである。私はすぐに名前と住所を記入した。
その日、
七番扉を開けると、ふっさりと顎まで白髪の生えた皺皺の人間がベッドに座っていた。部屋に漂う独特な匂いに、二度目ましてである事を思い出す。
「こんにちは」
「こんにちは」
嗄れた声がゆっくりと昼の挨拶をする。
「また来て下さったんですね」
「また?」
嗄れた声がゆっくりと疑問符を打つ。
「二度目ですよね」
嗄れた声を背に、風呂の蛇口を回し湯を溜める。
「いいや、君と会うのは初めてやで」
「そうでした。初めてですね」
二度目ましてです。
「ちょうど風呂に浸かりたい気分やった。よう分かっとるな」
二度目ましてですから。
皺皺の人間に残された余命はあと何円だろうか。私に残された百円よりも多いのだろうか。少ないのだろうか。
これまで幾度となく自由に選べたはずの体の死を未だ実行出来ずにいる私は、私によって流刑されたままぬくぬくと浮遊している。心の忌日にいっそのこと体も死ねば良かったと、命日を迎える度に悔やまれてならない。
情事を終えた私は「ちょっと待っていて下さい」と小走りで控室に戻った後、お財布から百円を抜き取り、小走りで戻った。
七番扉を開け、きょとんとする皴皴の掌の上に「どうぞ」と置く。
「何やこれ」
「百円です」
「ああ? 百円? いらんわ。いらん。そない生活に困ってるように見えたんか。困ってへんわ。初対面のお前なんぞに心配される筋合はない」
長い独り言と共に口を開き続けるも、百円の置かれた手はそのまましっかりと閉じるのであった。