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第七話 望外の収穫


「どうしテ、その名前を……」


 思わず漏らした俺の呟きは、絞り出すような響きで。

 表情筋なんて一瞬で固まった。俺は今、どんな顔をしているのか。


「その様子、図星か。わかりやすい男よな」


 そう言って、魔女ヴィオラは苦笑した。

 漏れた吐息は呆れの色が濃かったが、どういうわけか不審がられているような様子は見受けられない。


(どういうことだ? 宮沢英治が、この世界に来ていた? っていうか、本当に俺の知る宮沢英治なのか?)


 カオスチャンピオン総合プロデューサー宮沢英治について、俺が知っていることは少ない。というより、何も知らないと言った方が正しい。


 株式会社カオスソフトウェアの立ち上げに関わり、カオチャ制作の最高責任者だったということ以外は謎に包まれているからだ。


 出身地や出身校など、経歴から外見まで、ネット最盛期の世にあって一切が不明。カオチャ発売後、ほどなくしてカオスソフトウェアが自主廃業した後、業界内の他の会社に再就職した様子もなく、彼の足跡はそこでぷっつりと途切れ、以降は世間に忘れ去られて今に至る。


 俺が覚えている理由は、苗字が同じだった事と、思い入れが強いゲームであることと、初めて買ったゲーム雑誌にインタビュー記事が掲載されていたのを読んだからだ。


(もしも俺が知る宮沢英治がこの世界に来ていたと仮定すると……彼はこの世界をモデルにカオスチャンピオンを作った? いや……そう仮定しても疑問が多い)


 まず、地形や景色がゲームそのまますぎる。

 敵だってそうだ。デーモンの見た目は俺の記憶そっくりだ。

 どんな記憶力ならここまで正確に再現して描写できる?


 そしてなにより、どうやって元の世界に帰還したんだ?

 覚えている限り、ゲームのカオチャには異世界転移を匂わせるような設定やフレーバーテキストなんて、一つも無かったはずだ。


(でも、嬉しい情報だ……! この仮定が正しいなら、俺も元の世界に帰れる可能性があるってことになる!)


 もっと情報が欲しい。もう少し聞き出せないだろうか。

 どんな些細な事でもいいから、今は何かとっかかりが欲しい。


「ナぜ俺が、彼の縁者とわかっタんでスか?」


「ひと目でわかったよ。顔つき、髪の色、身に纏う雰囲気……どれを取ってもエイジを思い出すのでな」


 人種的な意味でだろうか?

 元の世界も人種の特徴って大きいもんな。


「そうか、あの馬鹿弟子に、縁者がいたか」


 ん? 弟子?


「エイジは、貴女に師事していタんでスか?」


「ああ。三つ四つ魔術を手解きしてやった」


 ってことは、エイジは『魔術師ビルド』だった可能性が高いな。

 岩と炎の魔女ヴィオラから学べる魔術は、一部を除いて高い理力が必要なものばかりだったはずだ。


 有力な候補は……


【燃え滾る岩つぶて】

【爆ぜる掌】

【燃やす岩の槍】

【黒い太陽の爆炎】


 ……この辺だろうな。


 カオチャで攻略最適と呼ばれるビルド。それが『魔術師ビルド』だ。

 長い射程、豊富な攻撃手段、ほぼ全ての攻撃属性、そして高い火力と、他の追随を許さないとまで言われたビルドタイプ。


 エイジとやらが俺と同じように、しかしなんの情報も持たずにこの世界に迷い込んだと仮定すると、恐らく行き着くであろう戦術は遠距離戦になると思われる。


 なにしろデーモンとの接近戦は死を意味する。

 人はもちろん混沌の戦士であっても、容易く殺せる手段の豊富さを誇るデーモンに対し、ただの膂力だけでも斃され得る近距離に身を置くなど、リスクとリターンが釣り合っていないからだ。


 ましてやゲームのように死んでもリスタートできないなら、畢竟ひっきょうなるべく距離を取り、まず危険が少ない戦法を模索する。


 殺し合いの歴史は射程の歴史だ。元の世界がそう物語っている。

 天賦の才に恵まれた一部の例外を除けば、近距離戦に命を賭ける戦い方など、フィクションの世界でしか通用しない。


「ならば貴公、この地に参ったはエイジの足跡を求めてか?」


 おっと、話の途中だった。


「イいえ、実は、俺がこの地に来たのは偶然でス。俺の所に、どうも転移罠の箱のような物が送りつけられてきて───」


 俺は元の世界のことをぼかしつつ、ここに至った経緯を話した。

 説明に際して、服装や状況などの不審な点はままあっただろうが、彼女はそれを『聞かれたくない事』と受け取ってくれたようで、深く問い詰めてはこなかった。


「───以上でス」


「ふむ、転移罠の箱、とな……すまんが思い当たる節が無い。あれは我らにもよくわかっていない物の一つでな」


「そうなんでスか……」


 ま、それは想定の範囲内だ。

 なにしろあの転移トラップ、かなりのオーパーツなのだ。

 あれの原理や来歴を匂わせるテキストが不思議なほど皆無に近く、世界観においてちょっとした異彩を放っていたりする。


「私もあれの原理や術理を読み解いてみようと挑んだことはあるが、お手上げであったよ。どのような術式なのかも、どこから力を得ているのかすらも解き明かせなかった」


 作中で随一の理力を誇るヴィオラに読み解けないんじゃ、俺にわかることなんかあるわけがない。


「わかったことと言えば、別の場所に転移する前に、どこか別の地点を経由してから飛んでいる、ということくらいであった」


 へえ? わかったこともあるのか。

 でも、一旦あれの存在は置いといた方が良さそうだな。


「しかし、そうすると貴公はこれから如何いかにする?」


「はイ。まずはエイジの足跡そくせきを辿ってみようト思っていまス」


 話を聞いていて決めた事がこれだ。

 帰る手段を探すにも、まずは情報収集は必要だ。そしてついでに、エイジとやらがどんな人物であったかとゲームの記憶を照らし合わせ、その都度目的を検討していこうと思っている。


「うん、それが良かろうな。私は隠遁して長い。故に最近の情勢にはとんと疎い。己の欲する真実は、己で探求するがいい」


「ありがとウございまス」


 よし、これで当面の目的がはっきりした。

 正直メンタルがだいぶヤバい事になっていたが、少し心が軽くなった気がするぞ。


「時にヴィオラ様。この谷底には【牛頭と山羊頭の双頭のデーモン】が、数匹うろついていタと思うのですガ」


「ああ、いたにはいたが、すべてエイジが斃したらしい。今はおらぬよ」


 よし! 俺が谷底ルートを避けたかった最大の理由が無くなった。

 モブのくせしてさっきの蜥蜴頭のデーモンを凌駕する強さを誇るあいつらがいないのなら、この谷底はまったく別の意味を持ってくる!


「なら、俺はしばらクここでマターを集め、モう少し生存能力を高めてから旅立とうと思いまス」


 この【無縁墓の谷底】に生息する敵性生物は、どいつもこいつも最序盤に挑んだらまず死ぬような強敵ばかりのエリアではあるが、その分獲得マターはそこそこ多く、比較的安全に斃せる戦術を知ってさえいれば、良好な修行の地に成り得るのだ。


 その障害となるのが【牛頭と山羊頭の双頭のデーモン】なのだが、実はこの連中、一度斃すとリポップしない種類の中ボス的エネミーであり、奴らがもういないというのなら、懸念点は劇的に少なくなる!


「それがい。己の未熟を知っておるは大切ゆえな」


「つきましテは、ヴィオラ様に二つほどオ願いが」


「聞こう」


「まずコの剣に、混沌の術式を編み込んデ頂きたいのでス」


 言いながら、俺は腰のロングソードを差し出した。

 当初の目的にこの案は無かったが、岩と炎の魔女ヴィオラに、こんな序盤で会うことができたのなら、これを頼まない手は無い。


 ───武器の混沌派生。


 これは一部の【魔女】と【聖女】が行える、武器の強化方法だ。

 各々の得手となる術理を武器に編み込み、いわゆる魔法の武器に仕立て直すという、戦力強化の常套手段のひとつである。


 ヴィオラの秘術で混沌派生された武器はバツグンに使いやすい。

 なんと、物理攻撃力上昇と、攻撃時燃焼効果が付加される。

 単純に武器攻撃力が上がり、さらに炎熱攻撃力が加算されるのだ。


 さらに、カオチャでは火炎属性が有効な敵がとても多い。

 プレイヤーたちが『困ったら燃やせ』とか言うくらいに。


 これが強くないわけがない。


 カオチャにおけるロングソードとは、我らが導きのつるぎ

 斬打突、全ての物理攻撃属性を持ち、装備条件が嘘のように緩く、しかも鍛えれば充分な攻撃力を備えるのだから。


「いいぞ。では預からせてもらおう」


 ……マジで? ホント躊躇わねえな。

 俺この人に好感持たれるようなムーヴしたっけ?


 魔女は鞘から剣を抜き、垂直に掲げて剣身を眺めた。


「うん、良い剣だ。混沌鉄の鉄粉を熔かしてまぶし、さらに熱して熔かし込み、叩き拡げて幾度も畳む……腕の良い鍛冶師が、何度も鍛え直したのであろうことが見て取れる」


 おお! 武器強化もしてあったのか!?

 んじゃこれロングソード+5くらいあるのかな?

 いきなりいい武器が手に入ったもんだ。


「少々待っておれ。では……やるぞ」


 魔女が刃に柔手にこでを添える。

 黒い輝きという不思議な光を放つ細い指が、無骨な凶器の鍔元の刃にそっと触れると、かけがえのないものを愛でるように、切っ先に向けて撫で上げていく。


「……すげえ」


 思わず日本語で呟く。

 妖しかった。美しかった。


 命を奪う凶器に、より禍々しい力を付与する行為であることはわかっているのに、その光景は背徳的な施しにも似て、一種異様な昂揚感を抱かずにいられなかった。


「できたぞ。受け取るがよい」


「あ……ぁ、アりがとうゴざぃみゃス」


 やべえ声が上擦った。


「して、もう一つの願いとは?」


「はい、魔術のスクロールを売っテ頂けなイかと」


 魔術のスクロールとは、理力が低くとも、一度だけなら作成者と同じ威力の魔術を発現できるという、言うなれば使い捨ての魔術だ。


 俺はこの後、粗雑な物でもいいから何らかの魔術触媒……例えば魔法の杖のような物を手に入れて、また再びここを訪れ、ある魔術を習おうと思っている。


 だがその前に、何か頼れる切り札のようなものが欲しいのだ。

【岩と炎の魔女ヴィオラ】が作ったスクロールなら、切り札としては最高と言っていい。それ故に求めた願いだったのだが。


「それは……すまんな。生憎と在庫も無く、材料も切らせている」


「ぁ……イえ、デしたら仕方ありません。諦めまス」


 うーん……そうそう都合よく切り札が手に入りはしないか。

 いきなり【黒い太陽の爆炎】のスクロールとか手に入ったら心強かったんだけどなぁ。


 でもまぁ【炎のロングソード】が手に入っただけでも充分だ。

 しかも+いくつかはわからないが強化済みときたもんだ。

 こいつなら、この谷底の強敵たちにも充分な殺傷力が見込める。


「今は羊皮紙やら人皮紙にんぴしやらが手に入り辛くてな」


 いかにもダークファンタジーらしいワードが出て一瞬ドキッとする。

 人皮紙って。人の皮から紙作るんかい。怖いわ。


 ……ん?


「アの、ヴィオラ様、ツかぬことをオ聞きしますガ」


「うん?」


「そもそもスクロールというものなのでスが───」


 ───それは本当にただの思いつきだった。

 深く考えてのことではないし、軽い気持ちで聞いてみただけだった。


「……新しい」


「はイ?」


「新しい。惹かれるぞ……!」


 だが、彼女の反応は劇的だった。

 切れ長の眼を見開き、見るからに興奮していた。


「口惜しい……なぜもっと早く、その発想を持てなんだか」


「あ、ァの、ヴィオラ様?」


 彼女は立ち上がり、痩身を震わせて拳を握る。

 なんか口元には薄っすらと笑みさえ浮かんでねえかコレ。


「……試そうではないか」


「た、試ス?」


「ケンよ。貴公、数日ここに留まれ! その発想、形にしてみようではないか!」


「は、はイィ?!」


 やおら高揚に包まれた魔女の態度に困惑するしかない俺。

 どういうことなの……? という疑問で一杯だった。


 まぁその疑問は、すぐに解消した。


 俺はこの後、ここ【ヴィオラの住処】で五日を過ごした。

 そうして知った。彼女は研究家気質というか、探求心が強く、思いついた事はすぐに試さないと気が済まないタチだったのだ……


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