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第六話 岩と炎の魔女


 岩と炎の魔女ヴィオラ。

 怪我の功名とはこのことか。

 俺は図らずも、会おうとしていた人物の一人に出会えたのだった。


(そうだ、せっかくだし)


 たった今絶命した蜥蜴頭のデーモンの腹を、俺は剣で裂き開き、体内をまさぐって心臓を取り出す。


 俺は自分が変質したことを、今更ながら再確認した。

 人によっては吐き気を催すであろうこの行為を、俺はまったく抵抗なくできてしまう。それどころか、心の内に昂揚感らしきものをすら感じるほどに。


「こちらハ、差し上げまス」


 これは混沌の戦士にとって、力の源となる。

 デーモンの心臓は混沌結晶と同じく、カオス・マターを別個に含むのだ。


【まだ温かく、鼓動を忘れたデーモンの心臓。

 デーモンの巨体の隅々にまで血を巡らせる、大きな臓腑。

 混沌に連なる者の心臓には、カオス・マターが宿る。

 体内に蓄積された分とは別に、心臓は力を溜め込む性質がある】


 魔術師という呼び名ではあるが、生物的なカテゴリで言えば、混沌の戦士と同義の存在であることには変わりないため、これは贈答品としても相応しいはずだ。


「……貴公が仕留めたものだろう?」


 だが思惑とは裏腹に、ヴィオラは顔をしかめて見せた。

 切れ長の麗眼が急速に警戒の色を見せ始める。

 あ、あれ? なんかまずかったか?


「助けて頂いタ、お礼でス」


 内心慌ててそう付け足すと、彼女はフードの奥の表情を変えた。

 険のある顔が、またもきょとんと意外そうな顔を見せて。


「すまん。私の早とちりだったようだ。そうか、礼か。大事だな」


 ふわりと微笑んで、彼女は固くした態度を改めた。


「てっきり魔女信仰の奴輩しゃつばらめが、またぞろ私に媚びに来たのかと、な」


 魔女信仰? あ……あぁーあぁ! あったな、そんな設定。

 なんかのフレーバーテキストに書いてあった気がする。


 なんだっけ、彼女らが同胞とは認めていない、でも魔女の眷属を自称している、怪しげな連中がいるんだっけか。


【混沌の理を読み解き、編み上げて、魔女は数多の術を手繰る。

 数々の術を体得した魔女たちは、生い立ちを問わず姉妹である。

 その超常の技術体系を求め、魔女を神格化して信仰する者も多い。

 だが魔女たちは、そういった魔女の眷属を自称する者たちを拒絶する】


 なんのテキストだったっけ、これ?


「貴公の礼、確かに受け取った。だがそれは貴公が食すがいい。なりたてとあらば、今少し力を得ていた方が良かろう」


「え? あ、いエ、俺はさっキ、食べたばかりなのデ」


 どうも、遠慮しがちな日本人です。

 よろしくお願いします。


「ふむ、食べたと? そのままか?」


「はイ? ええ、はイ……そのまま?」


「ふふふ」


 さも可笑しそうに笑みを零す彼女は、一見冷徹そうに見えて、しかし慈愛の温かみがある人柄だと、この短い時間で理解するに充分だった。


「雛鳥よ、肉は調理したほうが美味かろう? そのまま食してばかりいると、人間性を喪うぞ。気を付けよ」


「えッ?!」


 え、調理!? 料理しろってこと!?

 そんな設定カオチャにあったっけ!?


 なんというか混沌の戦士って生肉喰らって生き血を啜る、オレゲドウカオス、コンゴトモヨロシクみたいなイメージだったんだけど!?


 っていうか、今後デーモンの心臓を喰らっていくのは成長計画的に必須事項なんだけど、それだけで人間性が減少するのはやばすぎるだろ!?


「人間性を損なうを恐れるか。うん。それでい」


 狼狽する俺に、ヴィオラ様はそう言って微笑んだ。

 うわぁ、美人の微笑たまんねえ……じゃねえだろ馬鹿!

 この先どうしたもんか。そう悩み始めた時。


「ついて来い。私の住処に案内しよう。少々気になることがある」


 彼女は踵を返し、俺を促して歩き始めた。




 ◇ ◇ ◇




 幾つもの篝火かがりびに照らされた広い洞穴の中、俺は石のテーブルの前で、同じく石の椅子に座って待つように言われた。


 差し出したデーモンの心臓を皿で受け取ったヴィオラ様が入っていった部屋の奥から、じゅう、と肉を焼く音が聞こえてくる。


 鋭敏になった嗅覚が、焼いた肉の美味そうな匂いを嗅ぎ取り、ようやく俺は空腹だったことに気づいたのだった。


(石製の椅子とテーブル……彼女が魔術か何かで作ったのかな)


 家主がいないことをいいことに、周囲を無遠慮に見渡す。

 なんというか、生活感こそあるものの、必要最小限の物しか置かれていない、実用的だが寂しさを感じずにはいられない空間だった。


 石の書棚。文机。椅子。雑多に物が詰め込まれた箱。

 唯一木製の酒樽らしきものには、ビニール傘でも突っ込むように、魔術触媒となる杖らしきものが数本入っている。


 とはいえここは女性の住まい。しかも、超が付く美人の、だ。

 女に慣れた遊び人というわけでもない俺は、なんとなく落ち着かない。


 というか、カオチャでこんなイベントは無かった。

 まあこの世界の人はゲームのキャラじゃなくて生きてるんだから、料理くらいしたって何もおかしくないんだが。


「待たせたな」


 そこへヴィオラが戻ってきた。

 手には皿。湯気を立て、なんとも美味そうな匂いを漂わせて。


「う、わ……ぁ!」


 一キログラムはありそうな心臓の料理……!

 デーモンハツのサイコロステーキ……!


「まずは食べろ。話はそれからだ。湯冷ましはいるか?」


「はイ。ありがとウございまス」


 両手を合わせて、いただきます。

 けっこうなボリュームあるけど食い切れるかなコレ。

 ナイフとフォークを手に取って、早速一切れ口の中に放り込む。


「……うま。うンまぁ!」


 やばい。肉だこれ。ステーキだこれ。

 上等なハツのステーキだコレ! 歯ごたえがあるのにぷつりと嚙み切れて、咀嚼するほど味が沁み出る……!


 これ、ソースも美味いぞ!? 塩辛いけどちょっと甘い。油分はあるけどしつこくなくて、少しピリッと刺激付き……!


「ソース、美味いでス」


 もりもり食って、湯を冷ました水を一口。そしてまた肉、また肉!

 肉の栄養と塩分が、痛めつけられた体に沁み渡る……!


「気に入ったか。肉汁に、刻んだ根葉玉、山薔薇桃の果汁、塩、胡椒、蜂蜜を足して、少し煮詰めて作ったソースだ」


 向かいに座ったヴィオラがレシピを教えてくれた。

 タマネギと果汁がベースなのか。でも甘ったるくない。

 塩気が効いててまさにステーキソースだ。


「ソース作れるの、すごいでス」


「煮る、焼く、刻む、混ぜ合わせる。それらは全て魔女の得手えて、魔女の業に通ずる。ならば、料理も得手となるは当然よ」


 舌と体が求めるままに、気が付けば俺はぺろりと平らげてしまっていた。そして食い終わってから、お礼として渡しもぜずに、結局全て食ってしまったことに気づいた。


「あ……すいませン。俺、全部食って」


「それでい。私には食い飽きた味だ。それにな」


 ヴィオラは頬杖をつきながら嫣然えんぜんと微笑むと───


「味見で四切れは食わせてもらった。私にはこれでい」


 ───小指でそっと唇をなぞると、指の腹に舌を這わせた。

 決して上品な行為ではないというのに不思議と品があり、それなのに、とんでもなくなまめかしい仕草……!


「う、美味かったでス ありがとウございましタ」


 やばい。たぎる。なにかが。

 どもるな? いや、無理。


「うん。い。人間性を大切にな。デーモンになぞ成るんじゃないぞ」


 あ、そういやそういう話だったわ。

 危うくケンイチのケンイチがデーモンになっちまうとこだった。


 ヴィオラは言いながら空の皿を持って奥に行くと、またすぐに戻ってきて、先ほどと同じように向かいに座った。


「では、話を聞かせてもらおうか。答えたくない事があれば言わずともよい。まず、名はなんという?」


「ケンイチでス。ケンイチ、ミヤザワと言いまス」


 どうも、宮沢顕一です。

 というか名乗りもしてなかったよ俺。

 緊急事態だったとはいえ、さすがに失礼だったわ。


 さて、次は何を聞かれるのかな、と。

 そう思ったが、すぐに次の問いは来なかった。かわりに、ヴィオラは口元に指を添えて、何か考え込むような仕草を見せていた。


「ケニーチ、ミャザワ……」


「あ、ケンイチでス」


「む?」


 英語圏の人みたいだな。N音と母音を繋げて発音しちゃうのか。

 このへんの癖って世界が違っても共通なのかねえ?


「ケニチ」


「ケン、イチ、でス」


 短くなっちゃったよ。


「ケン、イチ。ケーイチ」


 あ、惜しい。


「……ケーニヒ」


 王様じゃないです。


「ケチ」


「ケチじゃねえよ」


 やべえ思わず突っ込んじゃった。


「なら、ケンと呼んで下さイ」


「なにをう。名を略して呼ぶなどと、そのような非礼はできぬよ」


 む? この世界、あだ名とか愛称とか、かなりの失礼なのか?

 いかんな。思わぬ無礼とかするかもしれん。


「俺の住んでいタ所では、本人が望んで呼ばせるのなラ、失礼ではないでス。名前を隠したい時に使ったりもしまス」


 ネットじゃ本名を名乗ってる方が珍しいまである。


「ほう? 少々気が引けるが、ならばケンと呼ばせてもらおう」


「はイ。どうか遠慮なク」


 ヴィオラは両肘をテーブルについて左右の指を絡ませると、その上に、麗しい曲線を描くおとがいを乗せ、真っすぐに俺を見て問いかけてきた。


「では、改めて聞こう。私の名を知っていたようだが、魔女と知って招きに警戒もせず、素直についてきたは何故だ? 何か目的が?」


「はイ。カオス・マターを、力に変えテ頂けなイか、と」


 本音故に、そして下心など無い故に、俺ははっきりと、そして間髪入れずに答えた。この女性ひとには、恐らく偽りや誤魔化しは通じない。そんな予感があったからだ。


「いいぞ」


「え?」


 いや、えらくあっさりっスね魔女様。

 何も困りはしないからいいけど。


「その、いいんでスか?」


「容易いことだ。それに、か弱い【なりたて】とあらば、力を求めるのは自然だろう。上の【聖女】に頼まぬは少々不審ではあるがな」


 やっぱり、あの先に【聖女】はいるのか……俺の知っている聖女か?

 色々記憶と違う事が多いからまだわからないけど。


「手をよこせ。少しだけ貴公に触れさせよ」


「あ、はイ」


 もうやってくれるんだ。ありがてえ。

 うわ、手ぇ柔らかい……けど、傷だらけの手だ。

 なんだか神妙な気分になる。下心など少しも湧かない。


 この手は、虐げられてきた手であり、戦い続けてきた手だ。

 俺の知るカオチャの知識が彼女にも当てはまるのなら、そう考えて間違いない。俺はそれを、少しなりとも知っている。


 ───魔女。


 広義の意味においては混沌の戦士と同じ存在だ。

 混沌に連なる者の心臓を食餌として【再誕】した点は変わらない。


 何が違うのかといえば……実は大して違いは無い。


 強いて言えば、混沌量と理力を重点的に上げて、なおかつ人間性をあまり喪っておらず、体内に蓄積したカオス・マターを力に変えて、自身や他者をより強くできる力を持っているかどうか、という点が、魔女かそうでないかの違いと言える。


 そしてこれは───【聖女】にも当てはまる。


 どういうわけか、カオス・マターを力に変えられる能力は、女性にしか発現しない。そして周囲の人々が、いつの頃からか魔女だの聖女だのと呼び始めただけなのだ。


 身を置く陣営が、対極であるだけで───


「これ、集中せよ。混沌が散逸するか、貴公の人間性を蝕むぞ」


「───っ、す、すいませン」


 いけね、気が散ってた。

 まずはレベルアップだ。


 触れ合ったヴィオラの手と俺の手から、淡い光が輝きだした。

 なにか、俺の中の何かが導かれる感覚が……ある。


「どのような力が欲しいか、ではなく、身に備わった自己の力を強めるように念じよ。超常の力など求めず、あくまで人の範疇において……む?」




 集中。集中だ。

 わかる。わかるぞ、感覚で。

 俺の中のカオス・マターが、どのように力になるか。


 それならばイメージなど容易い。

 要はステータスにポイントを振って上げる感覚だ。

 蓄積された名状し難き力を、形無き物質を練り上げろ。


 イメージ。いける。できる。


 レベル 13


 生命力 15

 混沌量 10

 持久力 15

 瞬発力 10


 体格 10

 筋力 10

 器用 10

 理力 12


 人間性 90


 慣れたもんだぜ。

 ステ振りの成長計画と思えば馴染みが深い。

 こちとらカオチャは、ガキのころから数十回はクリアしてるんだ。


 ……よし、こんなとこだろ。




「なんと……」


 ん? なんかヴィオラが驚いてる。

 まぁ俺も驚いてる。再誕した時よりも確実に強くなったことが、肉体と感覚の両方ではっきりと自覚できた。


 まずは生命力と持久力を増やしておかんとな。

 理力にちょっとだけ振ったのは、あわよくば、ある簡単な魔術を彼女から習いたいという理由があり、できれば欲しいその魔術とは───


「見事に無駄なく使い切ったものだ。漏らさず、逸らさず、無駄に注がず、己が意志にて思った通りに。まるで数値で量った如くよな」


「───へ? あの、何か問題でモ?」


「逆よ。見事と褒めた。力に呑まれる様子も無し、か。」


「普通はそノ……難しいんでスか?」


「難しいというほどではないが、簡単ではない。最初ともなれば、戸惑い、時間がかかり、人の心に不安が膨らみ、思った通りに力を注げずに終わる場合の方が多いほどだ」


「え、じゃア、体格を大きくしたイと願ったのに大きくならズ、うっかり筋力が上がってしまっタり、とかの場合があるトか?」


「その通りだ。失敗も多い。これは天稟てんぴんかもしれんな」


 もしかして、ゲームの感覚がイメージを補強したからだろうか?

 正直、なんの苦も無くできたし、失敗するイメージすら湧かない。


 ……ってことは、これアドバンテージかもしれないな。


 だって、任意のステ振りに失敗する時があるってことだろ?

 つまりだ。この世界の戦士は、いわゆるガン振り、無駄なく思い通りに能力を成長させることが難しいということ……つまり、尖った成長ができないということだ。


 俺はこの先『体格ビルド』やら『技量ビルド』やら『魔術師ビルド』やらに、好き放題に成長を尖らせることができるが、他の戦士はどうしてもビルドに無駄ができてしまうってことだ。


 これは悪くない事実だぞ。心の中でそう呟いたその時だった。


「さて、貴公の求めにはこれで応じた。では、次は私の問いに答えてもらいたい。容易い求めであった故、こちらもそう答えられぬような事は問わんよ」


「あ、はイ」


 そりゃそうか。あっさり要求を呑んでくれたのはそういうことね。

 とはいえ彼女の口振りからして、そうそう驚くようなことは聞かれないだろう。


「うん。では聞くが、ケン。先ほどミャザワと名乗ったが───」


 だから、俺は途轍もなく驚いた。




「───貴公、エイジ・ミャザワの縁者か?」




 俺は絶句した。混乱した。驚愕した。


 エイジ・ミャザワ。恐らくみやざわえいじ。宮沢英治。

 その名前が───俺と同じ苗字の、カオスチャンピオンの総合プロデューサーの名前が出てくるなんて、これっぽっちも想像できなかったからだ。


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