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第一話 混沌に堕ちる日


 - ご注意 -


 この作品はフィクションです。

 作中には残酷な表現や描写が含まれていますのでお気をつけ下さい。

 物語の舞台となる地名や人物名は、現実のものとは一切関係ありません。

 あくまでも架空の物語である事をご了承下さい。

 また、この作品には犯罪となる行為が表現されています。

 当作品、及び作者は、いかなる犯罪行為も推奨、容認しておりません。




 震える手で取り出したソレは赤黒く、意外にも温もりがあった。

 太い血管をナイフで切断して取り出した温かい肉塊は、両手の上に乗せてみれば、思っていたより小さかった。


 心臓。人の心臓だ。


 これは人間の心臓として正しいカタチをしているのだろうか?

 生まれて初めて見る実物の臓器に、こんな思いを抱いている時点で、俺の頭はもうだいぶおかしくなっているのかもしれない。


 黄昏色の空の下、広い石畳にぶちまけられた血の海にひざまずき、危機的状況であることも忘れて呆然としてしまう。


 わかっている。理解している。

 この行為に賭けるしかないということが。


 今から俺は、人間をやめるかもしれない。

 だがこうしなければ、試さなければならないのだ。

 そう自分に言い聞かせて───俺は、その心臓にかぶりついた。




 ◇ ◇ ◇




 




 


   Chaos Champion


 




 




 ◇ ◇ ◇




『はぁあァ~!? ふざっけんなよマジで!! このクソゲーがよぉ!!』


 スピーカーから聞こえてきた女の子の暴言に、俺は思わず吹き出した。

 危うく淹れたばかりのコーヒーをこぼすところだった。


「おうおう、さっそく温まってんなぁ」


 社会人三年目、特にブラックでもなく、だがホワイトでもない日常。

 仕事から我が家たる1DKの部屋に帰るなり、スーツを脱いでハンガーにかけ、PCの電源を入れて、部屋着のジャージに着替えてから、動画サイトで今夜のお目当ての配信を開いてみれば、ゲームをプレイしながら盛大に悪態を喚き散らして憤る配信者に、視聴者が大喜びしている場面が映っていた。


 淹れたばかりのコーヒーと、届いていた宅急便の小箱を持って、今日も一日お疲れさん、と独り言を呟きつつ、ディスプレイの前に座る。


『カオチャの洗礼キタコレ』


『通算で何回キレるかな』


『これは草』


『神シリーズの予感』


 熱さと根気と、笑える程度の口の悪さで人気を博し、多くのチャンネル登録者を抱える彼女の今夜の配信にて、コメント欄はさっそく盛り上がっている。

 かくいう俺は彼女のファンというわけではないが、なにげなく動画サイトを見ていた時、知っているゲーム、というか、俺の思い出のゲームをプレイしようとしている配信者がいたので、第一回配信がある今夜が楽しみだったりしたのだ。


 そのゲームのタイトルこそ【カオスチャンピオン】だ。


 二十年前、六歳の俺が初めてプレイしたゲームであり、死にゲーであり、ダークファンタジーRPGであり、何度もキレて投げだして、しかし初めてクリアして……などなど、色々な初めてがこのゲームにはあるので、非常に思い入れが強い作品だったりするんだよなぁ。


『なんでローリングに無敵時間ないの!? おかしいじゃん!?』


 と、怒りの収まらない様子に、配信上の彼女のアバターが動く動く。

 今宵のタイトルは【最悪の死にゲーかつ超クソゲーと名高いカオスチャンピオンを初見プレイ! なお攻略情報はコメント頼りな模様】である。


 個人的にはクソゲーという評価には賛同しない。

 思い出補正も込みではあるが、俺はこのゲームを愛した。

 コメント欄にも同じようにカオチャを愛するコメントが多いしな。


 なお、死にゲーとは、近年急激に流行りだした高難易度3Dアクションゲームの一ジャンルで、国内外で色々な作品が発売されている。


 どんなジャンルなのかと問われると、敵キャラクターの攻撃力が非常に高く設定されており、二、三回攻撃されただけでプレイヤーキャラが死んでしまい、にもかかわらず、数の暴力と言えるほどの対多数戦闘を余儀なくされる上に、極端な狭所や行き止まりのフロアが多く、死角からの不意打ちも頻繁にある、などが例に挙がるだろう。

 そのかわり、一度死ねば使用回数が元に戻る生命力回復アイテムを最初から所持していたり、所持上限こそ少ないが、回復手段が頻繁に入手できたりする。

 そしてゲーム中に何度死のうが、道中の随所に設置されているチェックポイントから、いくらでも途中からやり直せる。


 そんなゲームデザインに、ついた呼び名が【死にゲー】というわけだ。


 敵は高い火力と長いリーチを誇る個体が大半を占め、しかしプレイヤー側も飛び道具や高火力攻撃手段が豊富にあり、やられる前にやってしまうのが最適解になる場合が多い。


 とはいえ敵に攻撃をさせない戦術は不可能な場合も多く、となると、どんな死にゲーにも共通して実装されている、ごく短時間の無敵時間が発生する攻撃回避行動を取らざるを得ない。それこそが、ステップやローリングなのだが……


「まぁ色々死にゲーこなしてる人ならまず驚くのそこだよなぁ。無いんだよ、無敵時間」


 呟きながらコメント欄を見てみれば、俺と同意見のコメントが多い。

 もっとも、からかい半分や煽り半分のものも少なくなかったが。

 視聴者全員いい性格してやがるぜ。


『回避行動に無敵時間? そんなものはない』


『ローリングにもステップにもジャンプにも避けられる攻撃と避けられない攻撃があるのよ』


『じゃけん回避ムーヴ覚えるか三択ジャンケンやりましょうね~』


『クソゲーの片鱗来たな』


『これを見に来た』


『新米カオスウォリアーが生まれたと、いや再誕したと聞いて』


 このゲームを普通の死にゲーと同じ感覚でプレイすると、色々違いすぎて死にゲー経験が通用せず、とんでもなくストレスが溜まるんだそうだ。


 でも俺の場合は、カオチャが初めてのゲームかつ死にゲーだったから、当時はこういうもんだと思い込んでたんだよなぁ……


『敵の攻撃は上段水平攻撃、下段水平攻撃、垂直攻撃が基本だから、ローリングとジャンプとステップはそれに合わせて使うのよ』


『振り下ろしに前ロリで突っ込んで死んだ奴おる?』


『お前は俺か』


 コメント欄のアドバイスも絶賛戦闘中の彼女には見るヒマが無い。

 巨体を誇る【混沌のデーモン】に殴られるわ吹き飛ばされるわで、彼女が操る甲冑姿の女騎士キャラクターは血まみれになりながら、それでも健気に武器を振り、しかしまたしてもあっさりと死んだ。


『あぁもぉおおお~っ!! クソゲーだって聞いてはいたけどさぁ!!』


 憤慨しつつもけらけら笑う彼女はいいメンタルしてるぜ。


「攻撃範囲も被弾判定もめっちゃ広いもんな。

 回避に無敵ある普通の死にゲーと同じレベルで」


 苦笑せざるを得ない。

 なにしろどいつもこいつも、発生が早い攻撃、遅い攻撃、似たモーションで攻撃発生タイミングをわずかに遅らせるディレイ攻撃で、すべてにおいて上段下段垂直の三択をしかけてくるんだからタチが悪い。


『こんなカスダメ与えたってすぐ再生しちゃ、あ……! ッシャオラァ!! なるほど、そーいうコトね! わかったわかった』


「お、ナイス。チャンスだぞー。稼げ稼げ」


 一桁ダメージしか出ない足を攻撃され続け、しかし体幹耐性値が失われてダウンした巨体のデーモンの頭を滅多切りにする彼女。

 いくらダメージを与えても自然回復するデーモンの生命力は、しかし今度はまったく回復しない。さらに頭への攻撃は、足や尻尾を攻撃するより何倍も高いダメージが出る。


『さいせいしたっていいじゃない。こんとんだもの』


『だからダウン取って頭か心臓。コレよ』


『足だの尻尾だの殴ったってダメージ出ないしすぐ再生するけど、頭とかの弱点部位に与えたダメージは再生しねえから』


『デーモン戦の基本だよね』


『クソゲーではあるがこの瞬間だけは最高に気持ちいい』


 コメント欄も沸いておるわ。

 ちゃんと面白い部分もあるから頑張れ頑張れ。


 ちなみに、カオチャがクソゲーと言われる理由はいくつかある。


 ひとつには、こういう3Dアクションゲームにつきものと言ってもいいキャラクタークリエイトがほぼ無いことだ。

 ゲーム開始時にプレイヤーが選べる外見は男タイプと女タイプの二種類だけ。体格も髪型も変えられないし、初期ステータスも変えられない。昨今のゲームでは考えられない要素だ。

 まぁこれには理由があるのだが、彼女もそれは追々知るだろう。


 さらに二つ目。まだ序盤なので彼女は気づいていないが、同じく最近ではお約束とも言える【アイテムボックス】要素が貧弱なことだ。

 基本的には武器と防具と腰袋。持ち歩けるアイテムはこれだけであり、収集したアイテムは拠点となる場所に置いていかなくてはならず、戦闘中に色々なアイテムを使いたいのなら、あらかじめ戦うフィールドに転がしておいて、アイテムの上に表示される【拾う】と【拾って使う】のうち後者を選択する、などという不便なシステムに従うしかないのだ。

 かてて加えてそのアイテムが割れ物だったりする場合、敵の攻撃の衝撃で壊れて使えなくなってロストする、という鬼畜システムまであったりする。


 そして問題の三つ目。スタミナゲージの超絶不親切な仕様。

 たぶん多くの死にゲー愛好家たちにもっとも不評なのがこれではなかろうか。


 通常こういうゲームには、攻撃や防御、ダッシュやジャンプ、ステップやローリングなどのアクションを行った時に減るスタミナゲージとも呼べるものがあり、減ったスタミナは数秒待たなければ回復せず、連続して高速アクションは行えないようになっている。


 しかしカオチャは一味違う。


 これに加え、生命力と別枠で体力ゲージがあり、アクションによってスタミナゲージと同じように減少するのだが、これは自然回復量が極めて少なく、しかも体力が減るにつれてスタミナゲージの回復速度と、生命力自然回復量と、各種行動速度が遅くなっていく、という仕様があるのだ。


 おそらく屈強な戦士でも疲れ切ったら動けない、という状況を反映した要素なんだろうが、これがとにかく不便なことこの上ない。

 長丁場のレガシーダンジョンを抜けて、いざボス戦に挑まんとする時、生命力もアイテムも万全なのに、体力が枯渇していた、なんて状況がザラにあるんだから酷いもんだ。


 カオチャで常に見えるゲージは四つ。


 赤い生命力ゲージ。ゼロになったら死ぬ。

 青い混沌力ゲージ。ゼロだと技や魔法が使えない。

 緑のスタミナゲージ。説明済み。

 黄色の体力ゲージ。同上。


 まぁもう二つ、カオチャ独特の【毒ゲージ】と【出血ゲージ】というものもあるのだが、これらのあまりにも凶悪な【即死不可避】という仕様も追々知るだろう。


『ちょ!? いま弾いたじゃん!? キャンセルできないの!?』


「初期装備で攻撃キャンセルできねえんだわソイツ」


 敵の攻撃に対し、武器や盾での【弾き】で攻撃行動をキャンセルできる、または、攻撃判定が発生する前にこちらの攻撃をカウンターヒットさせてのけぞらせ、怯ませて行動をキャンセルできる、というシステムもあるが、実はどちらも敵の攻撃重量とプレイヤーの行動重量が違いすぎるとキャンセルが発生しない、なんて要素もあったりする。


 なお、カウンターヒットは発生するダメージが増加する。

 そして、重い敵は、基本的に超反応で相打ちを狙ってくる。

 よって敵は、カウンター攻撃されながら馬鹿火力のカウンターカウンターヒットでプレイヤーを即死させる、という状況が頻発するのもイライラポイントだ。


 ちなみに、盾による防御もあるのだが、やはり敵の攻撃重量によって発生するノックバックで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて大ダメージを受けることが多いため、あまり推奨されない。


『悪いことは言わん。レベル上げたら攻撃力上げる前に生命力上げろ』


『なおここのボス倒すまでレベルアップ開放されない模様』


『盛り上がって参りました』


 コメント欄も沸いている。そうなんだよなぁ。

 どうあがいても初期ステータスのままで倒さにゃならんのがきついのよ。さらに言うならこのデーモン、各地で頻繁に出くわす汎用型デーモンで、わりと強い部類に入る敵なのだ。


 そんなわけで、コイツについた呼び名はチュートリアルデーモン。

 最序盤で戦い、巨大エネミーとの戦い方を最初に学び取るための相手。

 幾人ものプレイヤーの心を折り、カオチャがクソゲーという低評価を受ける原因の大半を占める、悪名高いデーモンだ。


『よっしゃー!! 倒したぁー!!』


「お、もう勝ったか。配信者ってやっぱゲーム上手いんかねえ」


 こりゃ暫く楽しめそうだ。そんな期待を抱きながら、淹れたてのコーヒーの美味さにリラックスしつつ、膝の上の、留守中に届いていた宅配便を見た。


 なんの変哲もない木製の黒っぽい箱に、無造作に貼られた送り状。

 リンクスのロゴマークが特徴的なヤマネコ宅急便だ。


「にしても……なんだこれ。同名の別の会社か?」


 送り主は株式会社カオスソフトウェア。

 カオスチャンピオンを発売するためだけに作られ、カオスチャンピオン一作だけで自主廃業したはずの、伝説のゲーム会社と同じ名前。


 宛名書きには俺の部屋の住所。そして───

 

「───宮沢顕一ミヤザワケンイチ。俺宛てだよな」


 解せぬ。短く刈った髪をがりがりとかじる。

 わからん事がある時の俺のクセだ。


「ま、開けりゃわかるか。どれ」




 箱を開けた───瞬間、視界せかいが歪曲した。




「なッッッ?!」


 突然見舞われた、上下すら定かならぬ感覚。

 紫に煙る歪んだ視界。聴覚は健在。


『はぁ!? 転移トラップ!? やっと倒して抜けた先の宝箱がコレってどういうこと!?』


 配信者の声だけが、酷く鮮明に聞こえる。

 薄れていく意識の中で見る部屋は、ぐにゃぐにゃと歪んで認識できない。


 まず触覚が失せた。次に嗅覚が麻痺した。

 そして聴覚が無くなり、視覚が闇に包まれた。


 その後の記憶は───無い。




 ◆ ◆ ◆




 矢の雨にも負けず 刃の風にも負けず


 氷雪や炎の魔法にも負けぬ 頑強な体を誇り


 欲のままに生き 決して怯まず


 いつも不敵に笑っている


 そういう英雄に 貴方がなろうと


 嘘のように あっけなく死ぬ


 それが カオスチャンピオンというゲームです




 ~二十年前、とあるゲーム雑誌のインタビュー記事にて~


 カオスチャンピオン総合プロデューサー

 宮沢英治のコメントより抜粋




 ◆ ◆ ◆




見覚えがあるワードありまくりなんだけど、っていう読者さん、歓迎しよう、盛大にな!

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