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謎の男 ムツキシリーズ

No. 1

作者: すみのもふ

「麻里恵さん」


 会社支給の制服の下にタイツだけだと、この冬空の下では寒い。どんなものにも強気で吹き抜ける風は、あたしの体ごともっていってしまうのではと思うほど。


 会社の裏口で後輩社員に呼び出され、もじもじとした様子からみるに……というか、今日というホワイトデーの日に人気のない場所に呼び出されたことから察するに、これからされることはほぼアレだ。アレしかない。


「あの……っ……俺……」


 篠崎くんに告白されることは、誰だって嬉しいことだと思う。

 なぜなら、彼は我が社で営業のエースだし、人間関係良好でほとんどの人から好かれている。浮いた話は聞かないし、今まで付き合った人数は一人だとか。それも、付き合った期間は三年間。軽くなく、一途そう。


 そんな篠崎くんを密かに狙う女性が会社に少なくとも五人いることも知っている。


 だけど、あたしはそこには入っていない。あたしには、高校の時からずっとしたっている人がいる。大好きで、離れられない特別な存在がいる。


「麻里恵さんのことが好きなんですっ……!」


 だから、いくら篠崎くんがいい人でも断らなければいけない。


「付き合ってください!」


 睦月むつきに代わる人なんていないから。



ーーー…


 出会いは、高校の図書館だった。予約の末に手に入れた本の返却をしようとした時に、睦月が現れた。


『お前だったんだ……? それ、借りてたやつ』


 背が高くて、声が低くて、上履きが赤だったからすぐに一つ上の先輩だということが分かった。


 急に知らない人から声をかけられて反撃が遅くなってしまったあたしだったが、数秒してからハッと自分を取り戻し、言い返す。


『だったら、なんですか?』

『遅ぇんだよ。早く読めよ』

『あの……期日以内ですが』

『そういう問題じゃねーよ』


 面倒くさそうな態度のくせに、彼の口から出てくる言葉からは“その本が早く読みたい”という気持ちが伝わってくるから、不快にはならなかった。あたしもその気持ちが分かるから。


 返却手続きしている間も話しかけてきて、返却手続きが終わっても、予約のシステムについてや人気作品についての文句をあたしにぶつける先輩。


 なにがしたいのかよく分からなかったけど、それでもあたしは話を聞いた。文句に愛を感じたし、容姿がタイプだったから。


 長めの前髪から覗くうるうるとした瞳が色っぽく、顔のパーツのバランスがいい。そして、透き通る肌に出る喉仏と鎖骨に甘噛みしたくなる衝動に駆られる。

 この男になら、ワンナイトで捨てられてもいいから抱かれたい。そう思った。



 それから、九年。あたしと睦月は関係が続いている。あたしは大好きな気持ちが肥大し、睦月なしでは生きられなくなった。


「ごめんなさい」


 篠崎くんに頭を下げられ、チョコを差し出されても揺らがない。


 あたしの心臓は、睦月に捧げたの。



 でも、あたしは睦月と付き合っているわけではない。あたしは睦月のストックの一つで、都合のいい女。

 付き合おうと言われたことがない、友だち以上恋人未満な関係なのだ。


 それでもいい。だって、睦月の側にいられるから。

 睦月といられるなら、あたしはどんな努力も惜しまない。



ーーー…


「あんたがマリエ?」


 お気に入りのショップで今日の特別な服を選んでいると唐突に話しかけられた。

 同じくらいの年齢の女性で、あたしのように特別な日のために着飾っている。


 でも、その装いに似つかわしくない穏やかでない表情だった。


「どちら様ですか?」

「ムツキくんの件で、といえば伝わるよね」


 その時、あたしは思った。この人は、“切られた”人だって。

 睦月は、いらなくなったらすぐポイ捨てしちゃうから。


「なにか御用ですか?」


 睦月に捨てられた人に構っている時間はなく、洋服選びを続行する。ため息まじりにそういうと、腕を乱暴に捕まれて正面に向かされる。


「こっち見なさいよ!」


 嫌々見下ろすと、睨みつけられた。


「なによ、その目!」


 ショップのスタッフが助けに入るか迷っている。他の客は、好奇の目をしていた。



 おそらく、目の前の女はSNSからあたしにたどり着いたのだろう。なぜなら、SNSにはここのブランドの服を着た写真を投稿しているからだ。知らない人があたしを見つけるにはそれしかない。待ち伏せされたのだろう。


 睦月に捨てられたからといってあたしを狙うなんて、そういう醜さが捨てられた原因だとは思わないのだろうか。それに気づくことさえできない器なのかな。


「あんたムカつくのよ!」

「離していただけますか?」

「うるさい! あんたのせいなんだから」

「警察呼びますよ」

「どうせそのうち捨てられる運命なのよ!」


 捨て台詞を吐いた女。それは、あたしにとってなにもダメージにならないものだった。


 なぜなら、あたしが今もこれからもナンバーワンだから。オンリーワンになりたいとあぐらをかいている女にはあたしは負けない。


 睦月にとっても、あたしは特別な立ち位置なことは確かだ。その根拠はなにかというと、なんでもない日にプレゼントをくれるから。この間は冷え性なあたしにシルク百パーセントのレッグウォーマーをくれた。


 完璧な睦月の女になって、睦月とずっと一緒にいる。油断なんてしない。睦月にもらったレッグウォーマーもあるし、風邪なんて引かない。一瞬の隙もみせない。



ーーー…


「麻里恵、ハッピーホワイトデー」


 睦月からの高級チョコ。甘党の睦月が選んでくれた睦月のナンバーワンチョコ。



ーーそれはあたしがナンバーワンという証明だ。






おわり

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