008 ざんねんな勇者
ハルカたちは市役所の要望通り、伝説の勇者と古王国の上級者向けダンジョンに来ていた。
「きみにはこの日本刀を。やっぱり女性が日本刀をぶん回すのがいちばんもえるよね。ちょっと扱いづらいが二刀流だ。まあ、初心者だから一刀でもかまわないよ。
魔力付与で筋力がなくてもぶんぶんいけるし、物理法則を無視した加重が出るから硬いものでもど派手にぶった斬れるさ。ちなみに一振りは伝説的匠が打ったレジェンダリーアイテムだ。銘は兎月村正。束頭に月と兎をかたどったキーホルダーもついてるよ。もうひと振りはどっかで買ったやつだ。忘れた。
そしてそちらのナイスバディのエルフさんにはギャップもえで禍々しい大剣〈デスブリンガー〉だ。これはもう剣圧だけで相手の骨が折れるよ。
しかしアニメにありがちな刃のデザインにしたら収まる鞘が作れなかったよ。持ち運ぶ時に自分を切らないように気をつけてね。はははは」
伝説の勇者はあろうことか「ぬののふく」と書かれたTシャツに、下はスウエットにサンダルだった。そしてなぜか鉄仮面をつけている。目だけが僅かにのぞいている。
「散歩か。日曜日か。冒険感出せよ」
「魔法の世界で金属の鎧なんて、実は無意味だってなぜみんな気づかないのだ」
勇者は厳かに答える。
「そうなんかもしれんけどなー」
勇者は20年ほど前に転入してきたベテランで、現在は40代。顔が見えないのでなんともいえないが、なんか目つきがあやしい、そのうえ下品だ。ねっとりとした視線は、チート装備の説明をしながらもひっきりなしに動いている。ハルカたちの女体を3Dスキャンしているかのように全身を、くまなく。
ハルカはマリンの姿を見る。濃紺のマフラーを首に巻き、シルバーのいわゆるビキニアーマーといういでたちだ。防具でありながら普段着よりも無防備。膝下のグリーブ、両腕のガントレットガチガチだが、それ以外はスカスカである。どうせ魔力防御だからデザイン重視なのだそうだ。つまり趣味でしかない。なんの必然性もない。
マリンは、まだいい。
ハルカの防具はボンテージなのかメイド服なのかよくわからないがウサギの耳がついているのでおそらくバニガールだ。この衣装、ドンキで買ってきたのではない、材質や縫製のよさ、いつ採寸したの?というくらいのフィット感。着ているのがわからないようなストレスのなさ、いやむしろ全裸でいるような心地悪さ。
相当なこだわりを感じる。
異様なこだわりを感じる。
というかそのこだわりをさっきからずっと話している。誰も聞いてはいないが。
「あーし、かわいくね?」
マリンは気に入ったようだ。
「ギャルとは生き方のことであるとはよう言うたな」
「まあ、語らせてあげましょう。そのうち終わりますよ」
今回の冒険はフィーナも参加している。
職業はヒーラーで、伝説の勇者パーティーの元メンバーだったそうだ。ちなみにころころ入れ替わるので第14期メンバーと呼ぶらしい。アイドルか。
いつもの服装ではなく、冒険者衣装に身を包んでいる。メガネもしていないからずいぶん印象が違う。厳かで品のある真っ白なローブ。金の刺繍に匠の技が感じられる。
ハルカは相対的に自分たちが露出狂であるのをひしひしと実感する。
「こいつに仲間がおらんのなんとなくわかったわ」
「まあ、女性冒険者に自分好みの格好をさせようとして断られ続けて、それを性能面のせいだと勘違いして、美少女専用SS装備職人になったのもさることながら、こういうときに会話がほぼ一方通行のところですよね」
「オタクはだいたいそんなもんやろ。ここはギャルが救ったるところやで」
際どいコスプレのままヤンキー座りをしているエルフに水を向ける。
「えーやだキモイ」
「といいつつ?」
「しゅきぴ。ってちがうちがう」
マリンとはいいコンビニになれそうだ。
「ハルカすのハーレムメンバーでいいじゃん」
「やめて。そんなんないから」
「うふ。これからですものね?」
「せやな。中村さんしかまだおらん」
フィーナがはっとして睨む。
「ウチをからかうからやで」
(マジラブコメやーん)
これは楽しめそうだ。
「まあ、どちらにしろ伝説の勇者さんの戦士としての腕は元メンバーだった私が保証しますから」
「最強パーティーやったんやろ?なんで抜けたん? わかるけど……」
「ちっ、ちがいます。中村さんのそばにいたかったからではありません!」
「え、まだ続いとったん!? むしろウチがこのラブコメに付き合わされてんのか?」
「付き合いません!」
「なんでやねん! あかん、なんでやねん言うてもうた!」
そこへ伝説の勇者が割り込む。
「お取り込み中すまないが、そろそろ……」
居酒屋で席を立ってうしろ通りますの型をしている。Tシャツ姿がさらに居酒屋感を増幅させる。
「そうですね。ダンジョンに向かいましょう」
「伝説のヒーラーよ、もどってきてくれて嬉しいよ。きみにふさわしい天女の羽衣がまだ試作中だけど、こんど頼むよ」
「わたしは伝説でもないですし、臨時メンバーです。そしてスケスケの装備はけっこうです」
「なぜスケスケスケベだとわかった」
「なぜわからないと思いました?」
「たしかにきみとは現場がいっしょのことが多いからな……え?好きなの?」
「キモ」
女性メンバーがハモった。
こんなのがこの世界の最強勇者とか。残念すぎる。
「ほな、ボッチ勇者、いこか」
「もうボッチではないぞ。伝説のパーティー第15期の始動だ!」
「伝説って、〈なんちゃって〉って意味でもうええかな?」
パーティーが向かったのは、すでに攻略されているダンジョンだった。大ボスクラスはいないが、レアで歯応えのあるモンスターと迫力あるバトルが楽しめるとのことだった。
「ふつうなら手強いレベルですが、装備もあるので、爽快に戦えると思いますので存分に楽しんでください。最奥までいけるはずです。わたしたちはいざというときのサポートをしますから」
「うむ。美女が舞う姿をうしろからとくと目に焼き付けていよう」
反応をしないのが正解のようだ。
※ ※ ※
しかし、その数時間後、ハルカとマリンは戦闘狂と化していた。
「キモーーーーーナニコレ、マジキモーーーーー!!
キモッ!キモッ!キモッ!キモッ!キモッ!キモッ!
キモッ!キモッ!」
気色の悪いモンスターが出たわけではない。マリンが大剣をふるうたびにぐっしゃぐっしゃと魔物を「ホフってる」コンボがとまらず、語彙がおかしくなっているのである。もともとおかしいが。
「ハルカす、チョー気持ちいいんですけどーーー!」
マリンが大剣をぶんまわしながら叫ぶ。笑顔もやばい。
「ほんまやっ! なんやこれ! ええやないかい!」
ハルカもでたらめな剣裁きだが、面白いほどに切れるので、どこぞの剣豪に見える。魔獣系のモンスターは素早かったが、彼女たちの狂乱ぶりに怯んで動きが止まっていた。
「力押しでいけてしまう相手とはいえ、ちょっとチート加減がひどくないですか」
フィーナは呆れてしまう。防具には身体能力を大幅にあげる効果がある。
「フルセットボーナスもあるからな。むしろバニーの耳を外してしまったら、ただの布装備になる仕様だ。いちおう弱点もつけておいた」
伝説の勇者は冷静に呟くが、ひどいスケベ顔と形容していい状態になっている。
「それだけ魔力補正が強いということですね。あまり無茶するとあとのギャップダメージがすごそうですね。ちゃっちゃと下層に降りましょう。たしか報告によるとまだ一体討ち漏らした中ボスクラスがいるのですよね?」
「ああ。なんだかトリッキーなやつでな。まともに戦おうとしなかったんで放置してある」
「そうですか。でもあなたなら敵じゃないですよね? 正式な依頼ですから確実に仕留めてくださいね」
一行は散歩するかのようにダンジョンをあるき、出会い頭のモンスターたちを襲いまくった。
主にハルカとマリンが。
入り口からしばらくは天然のダンジョンだったが、5階層ほど降ると、石造りの人工的な迷宮になった。このあたりからゴーレム的な魔法生物が増えてきた。
「あーあかん、ちょっと疲れてきた」
「あーしもー」
「今日は最下層まで行くのが目標です。回復しましょう」
フィーナが手をかざすと疲労が癒えてくる。
「スゴっ。これならいくらでもいけるで!」
「マジオールでいけるー」
「異世界ってブラック企業つくり放題なんとちゃうか!?」
ハルカはハイになってサービス残業を受け入れていた。
そんなこんなで最下層まで辿り着いた。2時間が過ぎていた。
ひんやりとする空気が流れている。物音は一切しない。
「これで最後か。どっからでもかかってきーや!」
「ホフってやんよ」
ふたりは確実に調子に乗っている。
その時、奥の黒い闇から、音もなくスーッとなにかが現れた。
ランタンのようなものを手に持ち、ローブを纏ったガイコツのアンデットのようだった。
これまで出会ったことのない、魔法をつかってくるタイプのようだっだ。
ガイコツ魔術師は宙に浮いていた。ゴーストのようにスーッとすべるように移動してくる。
「でやがったな、おりゃー!!」
ハルカとマリンは能天気に突っ込んでいくが、ヌルヌルと避けられる。そしてふいをついて魔法の衝撃を当てられて体ごとはじきとばされる。この冒険ほぼはじめての本格的なダメージ。
「気をつけてください。おふたりの防具で軽減できても危険です」
そう言うと、フィーナは詠唱をはじめる。
「対魔法防壁!」
魔法防壁によって衝撃波はくて止められて、ガイコツ魔術師は動きを止めた。
表情はないはずだが、何かを考えているようにも見える。
次の瞬間、ガイコツ魔術師はランタンをふりこのようにして振った。
「防壁が、消えた!」
フィーナが叫んだ。
「あーこいつ、上級魔法でも詠唱なしだぜ」
勇者がいう。戦ったことのある相手のようだ。
言ったそばから、突然、空間から槍のようなものが数本現れた。
ハルカたちめがけて飛んでくる。
「わっ!」
ハルカもマリンも手も足も出せずに、声を上げる。
しかし、どの槍も撃ち落とされた。
「なんだ、今日はやる気なのか? 逃げるんじゃねーぞ?」
伝説の勇者が剣を持って、ハルカたちの前に立っていた。
そして、ガイコツに突進する。サンダルで。
「うおぉぉーーー!!」
ガイコツ魔術師は避けつづけるが間合いを詰められると同じく魔法の防壁でガードした。さすがに勇者の剣をかわせなかったということか。だが、その防壁も勇者は打ち砕く。ガイコツ魔術師は打ち砕かれるたびに瞬時に防壁を張った。おかげで勇者はひとつも本体に当てられていない。おそろしいスピードで攻防が繰り広げられていたが、表情のないガイコツはまた首をかしげるようなしぐさを見せた。
次の瞬間、小さな爆発が起こった。
「グハァッ!!」
勇者は弾き飛ばされる。これほど高火力な魔法を無詠唱で仕掛けられると、タイミングや間合いが測れない。
「俺じゃなかったら死んでたな……」
勇者はつぶやく。
「阿倍野さん、千葉さん、手を出さないで! 想定外に強いモンスターよ!」
フィーナが調子に乗ってた二人組に警告する。
「わかっとる、こんなん無理や!」
その時、地面が揺れ始めた。
ふいに足をとられて、マリンは転倒する。正方形の石畳のいくつかが落下して、空いたマスにパズルのようにスライドしはじめた。壁も同様に動いている。
石壁も石畳も不規則に動く、足場がいつ動くかわからないギミックに気をとられ、戦闘に集中できない。
衝撃波の魔法も飛んでくる。
その時、ハルカの足元の床がスライドした。
「え?」
ハルカは宙にういているような感覚を味わう。
「ハルカす!」
ハルカは落ちていく自分を見届けるマリンと目が合う。でも、それは、ほんの一瞬だった。
※ ※ ※
「いけない! 勇者さん、阿倍野さんが!」
「わかっているっ」
勇者は武器を捨て、手で印を結んで詠唱しはじめた。
「勇者さん、こんなところで!」
フィーナは絶叫する。
勇者の体が徐々に大きくなって世紀末のごとくTシャツが破られていく。
足元から炎の柱があがり徐々に姿が変貌していく。
はっきりと真っ赤なドラゴンの姿になった。
しかし、ガイコツ魔術師は動じないどころか、動きを止め、なにやら魔力を集中しはじめた。
これまでにない力を発揮するようだった。
レッドドラゴンがその全容をあらわそうとしていた。
しかし、次の瞬間、ガイコツ魔術師は口をあけると、左手を突き出した。
魔力の塊のようなものが放たれたかと思うと、レッドドラゴンに直撃した。
魔力に拘束されたかのようにドラゴンは息苦しくもだえている。
そして、大きくなりかけていた体が逆にどんどんと小さくなっていく。
「勇者さん!」
フィーナは対アンデッド魔法を繰り出し続けていたが、まったく効果がないようだった。
魔力放出がやんだ。レッドドラゴンは人間よりもずっと小さなサイズにまで縮められていた。
ガイコツはまた考え事をしているようなしぐさをして、周囲をいちど確認したようなそぶりを見せると、一瞬で姿を消した。