【幕間】 教官のお仕事
はるかはまだガイダンスを受けなければならない。
市役所の会議室にやってきたが、またひとりだ。
「本日は歴史についてのレクチャーだ」
教官は入るなり言った。
「この世界をつくったのが異世界人というところまで話した。どうだ、続きが気になって夜も眠れなかったのではないか?」
「いや、なるほどなって納得したから夜しか寝られへんかったわ」
「それで、この世界のはじまりの謎が解けたのか?」
ドSな目つきで問いかけてくる。
「そんな宿題ありましたっけ? まあ、たぶんやけど、最初の異世界人が日本人やったんやろな、と。ほんでオタクとはいわんまでも、ゲームとか漫画とかが好きなやつやったんちゃう?」
「そう、日本人といわれている。なかなかやるな。お前何者だ?」
「えっ、、賢者? いやフツーに考えたらそうならへん?」
「だが、最初の転入者――〈はじまりの魔導士〉と呼ばれている人物があらわれたのは約1000年以上も前。あちらの世界では平安時代というのだろう? 役所で転入者にその時の西暦と元号を聞きとりしていて、時間の流れはほぼ一緒なのが確認されている。調査をはじめたのが10年前だから、データとしてはまだ足りないが」
「なら魔導士は時空も超えたんやろな。それか平安時代にRPGがあったかどっちかや」
「新説だな。お前何者だ?」
「賢者やけど、何か?」
「まあ、なんらかのアレで時間がずれていたといわれているな。それで最近ちょうどイイ感じに合ってきたと」
「こっちの研究者雑! なんらかのアレってなんやねん。アレって。優勝でもしたんか」
「ちなみにこちらはいま魔導歴994年だ。魔導士が古王国を建国して王に即位した年が起点になっている。その前の歴史は史料もなく残念ながらわかってない。伝承されていない魔法は古代魔法と呼ばれていまだに解明が進んでいない、転入者がなぜくるのかもわからない。あるのは伝説か神話の類だけだ。確実な歴史としては、はじまりの魔導士が王になって以降だ」
「そのあとはわかるんか」
「ああ。日本語に言語と文字が統一されたのもこの頃と推測されている。それに異世界人が定期的に転入するようになっている。すべて日本からだが、理由はわからない」
「え?日本で募集してるからちゃうの?」
「違う。勝手にくるのだ。古代の魔法陣からな。お前もそうだ」
「そうやったんか」
「素っ裸で飛ばされてくるので、まず服を着せて、目が覚めるまでリラクゼーションルームで休憩することになっている。目覚めた時になるべくリラックスできるようにな」
「素っ裸やったんや。いまさらハズい。あと、そういえば女神みたいのがおったような」
「そうだな。あれはアルバイトだ。毎年、女神オブザイヤーに選ばれた学生が務めることになっている。異世界人のお好みだか、お約束らしいから、仕方なく用意している。まったくふざけた話だ」
「ならバラすな、中途半端な夢見せんなっ」
「昔はそれこそ神殿だったんだが、老朽化で現在の建物に建て替えられている。その後、異世界市ができてからはインターネットと魔力式擬似インターネットを接続していて少なくとも転入する人物を把握し、管理できるようになった。20年くらい前の話だ」
「魔法ってインターネットと繋がれるんか」
「正直インターネットの話を聞いて、〈魔法みたい〉とこっちの人間は思っているぞ」
「う、たしかに、ウチも電話がなんで遠くの人と話せるの?レベルや」
「魔力ネットの技術は大昔からあったが、インターネットのように利用したじめたのはそちらからの影響だ。いずれにしろ、ネットがそちらで普及したことが加速度的に転入者が増えた原因と考えられている」
「モンスターも転入してきてると聞いたけど」
「魔物は同じく魔力がある別の世界〈魔界(仮)〉からきているから、日本から人間がくるよりも単純に入ってきている。だが、管理はされていないから統計データはない。ちなみにモンスターが湧いてくる古代魔法陣が集まる場所は〈魔界村〉と呼ばれている」
「いろいろつっこみたいところやけど、そこを叩き潰せばええんちゃう?」
「いや、魔法陣は出現場所を限定しているものと推測されているから、なくなると侵入してくるかわからなくなってしまう危険性がある。そもそも古代魔法はいまの我々にはつくることも壊すこともできない。古王国の街やダンジョンにある転移ゲートも古代魔法だ。便利だから新しく設置したくてもできん」
現代っぽいものが普及している一方で、魔法のほうは衰退しているということか。
「ともかく、異世界人がじゃんじゃん来るようになったというわけだ。それで私は転入者から無作為に尋問――聞き取り調査をして日本の最新事情を把握することを目的とした日本トレンド研究部会に所属している」
「なんのために。いやまて、尋問っていうた?」
「転入者が最新知識マウントで商売の独占などをされないためだ。残念ながらそういう悲しい過去がある」
「食べ物とか?」
「食べ物とかだ。食はつよい。うまいものを食わせておけばみんな従う。チョロい」
「いや、偏見! でもありそう」
「だからもう出し抜かれないようにするんだ。タピオカミルクティーも知っているぞ! ふはははははは、どうだまいったか!」
また風間が興奮しはじめた。異世界人に個人的な恨みでもあるのか。
「それブーム終わっとるやん。ここまできたら、オリジナル開発した方がいいのでは!?」
「いいものは取り入れる。我々は守りから攻めに転じたのだ。料理人の転入は歓迎している!」
「歓迎してた! それにそんなに都合よく呼べるんか」
「そうだな、それは問題だ。だが、傾向は把握している」
「ほう。さすが」
「人生に行き詰まったり、30過ぎて童貞だったり、ニートをこじらせたり、ブラック企業ですり減ったりすると暴走トラックに襲われるという事故があいついだ。暴走トラック運転手は無条件で異世界送りにする装置と化したのが第一次トラック転生ブームだな」
「トラックの話好きやな。てゆうかトラック関係ないんちゃうかった?」
「それからさっきも言ったように異世界人たちは、あっちの進んだ文明の知識や技術をどんどん持ち込んだ。ちやほやされるからだ。だが、誰でも真似できるものでは通用しなくなり、前職の経験を活かすことが推奨された。とくに技術職がいい。一芸に秀でてないと売れないからだ。第一次職業物ブームだ」
「ネタ勝負なんやな」
「売れないやつはいじめられた。追放されたんだ。第一次追放ブームだ。でも追放されたからこそ、見返してやった時の爽快感がたまらないといわれた。読者に」
「また読者いうたな」
「だがやがて、異世界人たちはそんな逆境すらいやがるようになった。山も谷もない穏やかな日々を望み、とにかく隠居したがった。そのわりにはハーレムでわちゃわちゃしていた。第一次スローライフブームだ」
「二次があるまで一次をつけんでええ」
「不幸にも命を失い、あるいは見ず知らずの土地に来て……」
風間はいったん目を閉じ、一呼吸おくとカッと目を見開き、またつくえをバンバンやりだした。
「お前ら、いったいなにしにきてるんだあぁぁーーー!」
「自分、こないだからちょいちょいラノベの話混ぜとるやろうぅぅーーー!!」
「私は日本の動向を把握していると言っただろう。最新刊もチェックしている」
なぜか自慢げだ。
「いっこだけ聞かせてくれ。『異世界もの小説』好きなん、嫌いなん?」