004 バイトをさがせ! 4
ブタ人間の軍曹によると、迷宮の森はどこの管轄でもないがゆえに定期的な魔物討伐は行われず、うっかり足を踏み込まないように言い伝えられている魔境とのことだった。
ちなみに軍曹は正確には召喚人で、こっちの世界に来る時のアンケート(?)で、種族名を「オーク」と書いてしまったという。オークはもともと樫の木のモンスターだったが、ブタ人間として表されるモンスターとして知れ渡っていて、こちらの世界でもそのような姿になってしまった。例に漏れず「本物」のオークともいろいろと違い、人語を理解し喋るし、ちょっと愛嬌のある見た目にはなっているが、相当にレアな存在であるため、この異世界に溶け込めず、当初は絶望していた。しかし、その後いろいろあって立ち直り、アカツキ共和国の軍属になってからはめきめきと頭角を現した――エアホッケーの世界で。「軍曹」というのは軍人としての階級ではなく、エアホッケー界でのあだ名だ。軍属の間にオリンピックに出場、金メダルに輝き、世界大会でも二度優勝している。しかし、元女優の獣人妻と離婚してから、廃人のようになり、いまでは情報屋を営んでる。
「おつ」
マリンはその長い話をクールな表情のまま聴いてからそう言った。
「おい、マリン。もうちょっとなんかあるだろ?」
「おつかれやま」
そう言うとマリンは軍曹をそっと抱きしめた。
「えーーっ!! そこまでしろとは言ってないんだけど! ていうか、それブタだし!」
たいへんな暴言だったが、軍曹はあまりのことに声も出ず、一歩も動けなかった。
しばらくやさしさのようなものがかぐわしい匂いが立ち込める。
「よし、では迷宮の森を案内するがよろし」
マリンは豚の頭を撫でながら言う。
「いや、俺は仕事もありますし、あんなところのガイドも務まらない非力なブタ野郎です。なんの役にも立ちません」
「そんなことない。どんな部位だっておいしいし」
「だから、それは食用のほうで……」
「場所は俺がわかるから構わんが、あそこに行くならそれなりの装備が必要だな。そして前衛、後衛ひとりずつくらいのメンバーがほしい……」
勇者が口を挟む。
「ああ、それなら斡旋できるぜ。腕は保証できる。ただ、金がかかる」
「そうだな。これはギルドのクエストでもないし。報酬がないんだ。まいったな」
「ムリゲー?」
マリンが首をかしげる。
「いやいや、斡旋領なんてとりませんよ。なんだったら雇用料もこの俺が一部負担してもいいです!」
「お前、チョロすぎるな」
「なんとでも言え! 俺はいま生きている!」
「はあ、、そのうえで聞くが、本当に腕は立つんだろうな。あといくらなんだ?」
「最低価格100万ゴールドの冒険者だ」
「おいおいおいおいーーぼったくりじゃねーか。ギルドの階級は?――ってそれ聞いても意味わかんないんだった!」
冒険者ギルドには階級があるが、わりと恣意的で、市役所の田中が適当につけた階級と名称のため、強いのか弱いのか、当の冒険者にもよくわからない、もはや誰もがスルーしているものである。ちなみに勇者は数十年前に「お前は最強だと第一印象から信じていた」という階級に昇格してから、バカらしくなって登録をやめた。
「そいつはわけあってギルドの仕事を受けていない。俺を含めた裏のクエストだけを受けている」
「反社!」
マリンが叫んだ。
「ああ、女神さま! そういう人間も救っていかなきゃならんのであります。お許しを」
「チョリース」
「OKみたいだ。よかったな、軍曹」
「おう。でも、さすがに費用の負担には限界がある。勇者、お前、無駄に金持ってるだろ。女神様にお布施しろ」
「いやいや、こっちもボランティアなんだが」
「100万ゴールドならあるよ」
マリンが事もなげに答える。
「いやいや、それはマリンが一生懸命働いて貯めたバイト代だろ」
「つーか、使い道ないし。いつ使うの? 今でしょ」
「いやいや、これはお店の問題だから、マリンが負担するいわれはないんだよ」
「とはいえ、そこが女神が女神たるゆえんか。ああ、女神さま!」
「軍曹がマリンの何を知っているというんだ」
「とま、その人雇えばよくね」
「よくないぞ、マリン」
「勇者よ、お前、女神さまの何なのだ。父親か」
「そんな気分だよ!!まったく」
「しかし、勇者よ。宝石ゴーレムがまだ討伐されていないのなら、あれは一体で億が稼げる。そのかけらだけでも少なくても元はとれるのでは。もちろん、表の市場では出せないので俺にまかせてもらうことになるが」
「うーむ。それは本来の目的と違うが、そういう可能性もあるか」
「ああ。俺の情報では、ゴーレム由来の宝石が裏市場に出回った情報はない」
「なら未討伐の可能性もあるか。しかし、それだと逆に捜索人の安否も……」
「いずれにしろ言って確かめるしかないな」
軍曹は斡旋した冒険者に連絡をとり、午後に指定の場所に落ち合うよう指示した。
「裏で生きる者だからな、」
※ ※ ※
紹介されたのはエルフの女性だった。
日本から転生してきた偽物の「廃エルフ」ではない、本物のエルフだ。耳は長くない。少し先が尖っている程度だ。エルフは人との交流を嫌うので、レダでは滅多にその姿を見ない。よっぽどのもの好きか、用事があって数日滞在する程度だ。もちろん冒険者などはほぼいない。
「アリスよ。よろしく」
女性エルフは名乗る。とても冷ややかな視線。愛想がまったくない。
「ダークエルフか」
勇者が言う。
「ダークって黒いエルフ?」
マリンは〈あっち〉にいた頃、ゲームやマンガを親に禁止されていたため、ファンタジーのお約束知識があまりない。とはいえ、この世界はちょっとズレているようだが。
「あんま黒くないけど」
その違いは黒い肌という知識しかないマリンはつぶやいた。
「まあ、そうね」
アリスはどうでもいいように答える。白いローブを身に纏っているせいか、際立っているが、褐色ともいえない程度の肌色だった。それよりは首に薔薇のような刺青が入っている。
「マリン、ダークエルフは元々ふつうのエルフだが、神を信仰したために追放された存在なんだ」
「神様信じたらダメなの?」
「ああ。エルフはそもそも神に近い存在といわれていて、自然精霊とともにあって、特定の神を信じてはいけないことになっている。その禁忌を破ったものがダークエルフといわれている」
この世界で信仰されているのは主に9女神だ。もともとは、この世界にある国々を1000年前につくった「はじまりの魔導師」と呼ばれる男の「愛人」たちである。
女神カザリン 淫魔だったと伝わる。レダ王国の祖とされる。愛と繁栄の加護を司る。
女神インバース 魔女だったと伝わる。魔術と破壊を司る。自らの国も滅ぼしてしまったという。
女神フィアナ 獣人だったと伝わる。軍事の加護をもつ。
女神ユウコ ヴァリス王国(現アカツキ共和国)でのみ信仰されている太陽神。
女神ニャンニャン 仙女と伝わる。知識、予言、神託を司る。
女神サクラ ヒトの剣士だったと伝わる。スメロギ国の建国神話に登場する。はじまりの剣聖の異名をもつ。
女神ラヴィ ドワーフの細工師と伝わる。建設、ものづくりの加護をもつ。
女神アリオノーラ ハイエルフだと伝わる。信仰する者は少ないが、農耕と狩猟の加護をもつ。
女神レヴィア 謎の聖女と伝わる。知識と医療を司る。
この世界は多神教だ。このほかにも神がいるが、それは「はじまりの魔導師」の登場以前で、土着の神として文化的に名残はあるものの、ほとんどの人は9女神のいずれかを信仰している。
ただ、「はじまりの魔導師」の妻を祀る宗教が一部存在している。「セーサイ教」を名乗り、各地で犯罪行為を行うため、ほとんどの国で邪教の認定を受けている。
「勇者ちゃん、あいかわらず物知りね」
マリンはドラゴンの頭をなでた。
「もう何回も説明してるんだけどな。そして召喚人ははじめに市役所で習うので、誰でも知っている話だ」
「マジ?」
「まじ。マリンはそういうの興味ないんだな」
「テストに出ないし」
「学生じゃないだろ」
ふたりのやりとりをじっとりと見つめていたアリスが口をひらく。
「あんたたち、初心者なの? いくら金をもらっても足手纏いはこっちもリスクよ」
「あーしは初心者に陰毛が生えた程度だけど、勇者ちゃんはベテ」
「毛でいいんだっ、陰毛っていうな!」
「そう。陰毛は生えているのね……」
アリスは言いながら俯いた。
「いやいや、なんで赤くなってる!!」
勇者がその異変に気づく。
「照れるなら聞き流せよ」
「ふん。まあ、いいわ。で、なに〈勇者〉って?。頭悪いの? 中学生なの? だいたいあんたドラゴンじゃない」
「いろいろあってな……かくかくしかじか!」
勇者は〈テンポ〉の魔法を使った!
アリスはいろいろと理解した!
「勇者、だと……!!?」
「なんだ、知ってくれているのか?」
勇者は照れながら頭をかく。
「ああ、知っているとも。われわれエルフは長命ゆえにな。あまりニュースバリューのない話題はかたっぱしから忘れるが、お前のことは知っている。魔法も剣もめっぽう強い。ふつうの人間なら制御できない古代魔法を習得している。この世界にある7つのグランドミッションをすべてクリアした」
「グランドミッション?」
マリンが口をはさむ。
「ちっ、無知のエセエルフよ。グランドミッションは1000年前よりあった最難関クエストだ。1000年間、挑んだものはことごとく失敗したが、こやつはたった数年ですべてをクリアした」
「マ!? 勇者ちゃんすごいじゃん!!」
「まあまあ、あんまり、そういうのは人に言ったりするの、 つーか、なんつーか、俺もあんまり言いたくないわけ」
「なぜに?」
「いや、別に。自慢するやつってダサいじゃん」
「おぬし、グランドミッションコンプリートのときに本を出版しただろーが。あれ、評判悪いぞ。事実はともかく自分アケアゲの表現がキモイと当時話題を独占したな。そして、1ヶ月でワイドショーは取り上げなくなったな。とくに女性冒険者との改ざんエピソードで裁判起こされてるだろ。しかも、女性読者に……」
「やめて!やめて! もうやめて!」
ドラゴンはアリスの口を塞ごうと近寄ったが、速攻で叩き落とされた。
「いやー、勇者ちゃんらしいねー」
マリンはほっこりしている。
「まあ、その姿でもそれなりに役に立つのはわかったわ」
「依頼しているのはこっちなんだが」
「そこで、ちょっと相談がある。迷宮の森には最近、宝石ゴーレムのほかに、スイートゴーレムも出ているらしい。それを狩りたい。宝石ゴーレムよりはずっと弱いはずだ。手伝うなら報酬は半額でいい。ただし、ゴーレムの素材はすべて私がいただくわ」
「スイートゴーレムってなんだ?」
「レアな甘味物質をもっているゴーレムよ」
「いろんなゴーレムがいるのは知っているが、そんなのはじめて聞いたな」
「あまり知られていないわ。どうなの? この条件」
「ああ、いいのだが、アリスは戦力になるのか?」
「僧侶なので、回復薬にはなれるわ。戦闘はあんたたちでやってちょうだい」
「え、僧侶なの? ああ、いや、神を信じてダークエルフになったのか。まあいい。でも、非戦闘員で100万ゴールドはぼったくりじゃないか」
「私は迷宮の森は何度も行っている。この〈導きのランタン〉があるから、かならず帰ることができる」
アリスは腰に吊るしていたランタンを見せる。
「なるほど。迷宮の森専属のガイドというわけか」
迷宮の森は行って帰ってこられるのは五割といわれている。ほとんど運だ。それでも得られる財が大きく、ギャンブル的に突入する冒険者が後を断たない。
「ブタ野郎にはあんたたちが目的を果たしても果たせなくても必ず連れて帰るように言われたわ。別料金で」
「ブタちゃん、いい人」




