003 バイトをさがせ! 3
マリンは暗黒騎士の鎧の転送設定のため、勇者の館に二泊したのち、レダ王国の都グランオートに戻った。
裏クエストの情報を仕入れるためだ。
バイトの洗井ちゃんが本当に裏バイトのためにレダに来たのなら、まずそれがどういうクエストだったのか、聞き込みしなくてはならない。
「つーか。闇バイトってどこで見つけるの? ネット?」
「バイトじゃなくて、クエストな。冒険者ギルドが斡旋しているものやレダ王国の公認クエスト以外のものをそう呼ぶ」
「何が違うの?」
「まあ、レダ軍や近衛師団が出ていかなければならないような案件だな。他国や王室に関連するような政治的なやつだ。それから、レダにしろ、異世界市にしろいずれかの組織で違法になっているものが絡んでいる時だ。奴隷売買、違法薬物、危険な古代呪物、あとは密猟に関するものかな。今回のはたぶん密猟だろう。ナルニワの外に流通させてはいけないモンスター素材の類さ。いちばんポピュラーだ」
「洗井ちゃん、皿洗い上手いけど、冒険者としてはめっちゃ弱いって自分でいってたけど?」
「ああ、そういう場合はモンスター討伐をする〈タタキ〉ではなく、何人かで流通させる〈ハコビ〉をやっているかもな。あるいは依頼人から金を受け取るだけの〈ウケコ〉か……」
「犯罪っぽいね」
「犯罪だっつーの!」
「ヤバたにえん。洗井ちゃんには来週からシフト入ってもらいたいのに」
「命の心配してあげて」
「まずは、洗井ちゃんがなんの〈タラコ〉をさせられているか調べないと」
「……そうだな。まずは俺の知り合いに詳しいのがいるから、会いに行こう」
「へー、勇者ちゃん、裏社会にも詳しいんだね。え? 反社?」
「ちがうわっ。冒険者なんて危ない家業を何十年も続けていたら、そんな知り合いくらいできるもんだ」
「え?反社?」
「勇者だ」
「勇者で反社?」
「それでいい。もういいそれで。もうっ」
「うん、わかった。反社ちゃん」
「それはダメ。ぜったいダメ」
小さな赤いドラゴンは頭を抱えて口から火を漏らした。
※ ※ ※
王都グランオートの大広場には南北のメインストリートのほか、その左右に貫かれている4つの大通りがあり、それぞれ特徴的な商店が立ち並ぶ文化圏を形成していた。
そのうちのひとつ、最も古くからある一番街を西に進み、商店の数や人通りが少なくなってきた頃にいくつある路地の一つを抜けると、まるで顔色の違う建物群が立ち並ぶ小さな広場に出る。そこに入った途端、いくつかの視線を感じる。よそ者を見張っているかのように、目を合わさないが、視線だけはひしひしと感じる。
「なんか、チョー見られてない?」
マリンが緊張感なく勇者に問いかける。
「シーっ、そういうのいいから! これだから最近の娘は!」
ドラゴンは口を指でふさいで慌ててる。
そして、愛嬌を振りまきながら、監視している連中に頭を下げる。
「さーせん、さーせん」
とマリンは口に出しながら勇者の真似をする。
「そういうのもいいから!」
目的地はそんなド◯街みたいな場所のさらに路地に入ったところの隠し扉のような壁を押して地下に入ったところだった。
「秘密基地みたい!! あーし、秘密基地に憧れてたんだ! マジあがるー!!」
「はいはい、静かにして!」
階段を降りきると、小さなエントランスに扉があった。勇者は扉をノックすると言った。
「俺だ。軍曹。開けてくれ」
すると、中から初老の男の声がする。
「おお、勇者か、久しぶり……」
ガチャリと扉を開けると、軍服のようなものを着たブタの獣人が現れた。
「って、お前誰だー!!!!」
同時にブタ男は後ろ手に隠していたウォーハンマーを勇者に向かって繰り出す。頬にクリーンヒットして、ドラゴンは地面に叩きつけられた。
「勇者ちゃん!!」マリンは叫びながら咄嗟に剣を抜き、ブタ男のハンマーを防いだ。激しく鉄のぶつかる音が響く。
「なんだお前は! なんで赤いビキニアーマーなんぞ着ている!? なんのコスプレだ!? しかも耳長の廃エルフだと!? なんだ、これからコミケなのか!! おい、どういうことだ!! めっちゃ美人じゃねーか!! さては冒険者じゃないな! なんでこんなところにいる!? めっちゃ好みじゃねーか!! え?なに? 女神? 女神降臨!? ちっくしょう、舐めやがって! 足を舐めればいいのか!!」
マリンは、何言ってんだコイツと思いながら、剣を握る力だけは緩めない。
「こんな美女がなんで俺の部屋に来る! それになんだそのビキニアーマーは、ドチャクソ俺好みじゃないか! こんなのマジでつくるのは俺の知るかぎり〈伝説の勇者〉くらいしかいないぞ!! そもそもスネは守っているのにフクラハギががフリーなのはなぜだっ……」
ブタ男が長文を一方的に語って息が上がったところをついて、マリンはその腹に蹴りを入れた。
「ぶひっ!!」
ブタ男は期待通りの音を漏らして、部屋の内側に転がっていった。
「や、やめろ……マリン、そいつは、軍曹は俺の知り合いだ……」
勇者がフラフラと立ち上がりゆっくりとホバリングしてマリンの肩にたどり着いた。
※ ※ ※
「お前、〈勇者〉だったのか……。なんでそんな姿になっちまった」
軍曹を名乗るブタ人間はそれからあらためて二人を招き入れ、まっずい茶をだした。
「まっず!」
マリンは口から吹き出すと、素直にそう言った。
「すみません、女神。俺のとこにはこれくらいしかなくて」
「いい、もう慣れた。飲む」
「ああ、女神さまっ……」
「まあ、たしかに慣れると飲めないことはないな」
勇者も言う。
あらためてマリンを紹介する勇者。そしてドラゴンになってしまった経緯も説明する。
「なら先に言っておいてくれよ、勇者」
「すまん。完全に忘れてた。もうこの姿になってから3か月以上経っているし、割と快適でな」
「どのへんがだ」
「飛べるから歩かなくてもいいし、靴の中に砂利が入るような不快なことも起きないし、服着なくてもいいし、髪洗わなくてもいいし、手も洗わなくていいし」
「お前はその姿になる前から風呂なんてごく稀にしか入ってなかっただろ。あと、手洗い、うがい、歯磨きはその姿でもしたほうがいいぞ」
というブタ男をじっと見つめているマリン。
「女神よ、こう見えて私は清潔なのです。こんなチビドラゴンよりずっと!」
たしかに書斎のようなこの部屋は綺麗に片付いている。
「そうだぞ、マリン。ブタが汚くて臭いと思うのは偏見だ」
「言ってないけど。思ってないけど。ただ、ブタ、食べるし。お店でも出してるし。正直、どんなふうに見たらいいのかと思って、すこし、混乱してる、というか迷いが生じている……」
「ああ、女神さまっ!」
軍曹は手を合わせて瞳を潤ませている。
「生姜焼きなのか、トンカツなのか、角煮なのか、豚しゃぶなのか、トンポーローなのか、腸詰なのか、ベーコンなのか、お好み焼きなのか、はくさいのミルフィーユ鍋なのか……」
マリンはぶつぶつと呪文のように唱えている。
「あの、女神!? 神! 俺、ブタですけど、食用ではないであります! 市場に出回ってはいないです!」
「限定レアポーク!?」
「地産地消もしてません!」
「マリン、そのへんにしておけ。この世界は共通言語が通じる相手は人間だ。捕食関係にはない」
「あいまいすぎん?」
「こわっ! それはたしかにそうだが、こーわっ!」
「女神に食していただけるのなら、それはそれでいいかもしれない」
「早まるな、軍曹!」
「だって、だって!」
「こんな軍曹の姿をはじめて見たな。どんだけ性癖に刺さってしまったのか」
「なんで軍曹なの?」
「簡単に言ったら、元軍人で軍曹だったからだ」
「本当の名前は?」
「女神。俺は名前を捨てたんです。わかってください……」
「り」
「なぜ俺が名前を捨てたかと言うと……」
「り」
「ちょっと話が長くなるかもしれません」
「ときとば」
「軍曹、その話はいらないみたいだ」
「そ、そうか。ではまたいつの日にか」
「すまない」
「それで、今日はどんな情報が欲しいんだ」
「かくかくしかじか、だ」
「ああ、わかった」
そう言って軍曹は本棚の書類ファイルを探し出した。
マリンは勇者と軍曹の会話を聞いてポカンとしている。
「かくかくしかじか?」
「ああ、これは〈テンポ〉という魔法で、いろんな説明を省きたいときに使う。これまで得た情報は相手方に共有することができる。上位互換で〈スキップ〉というものもあるが、逆に物語がわからなくなる可能性もあるから注意したほうがいい」
「かたじけ茄子」
「あったぞ。これが裏でまわっていた依頼書だ」
軍曹が戻ってきた。そして一枚のチラシのようなものを提示する。
「さすが、早いな」
「これくらいはなんでもない、んですよ、女神……」
途中からマリンに色目をつかう。
「宝石ゴーレム?」
「ああ、最近目撃情報鵜があってな。このモンスターはギルドの冒険者からは討伐不可だ。ただ、裏のやつらが先に見つけてチーム編成したようだ」
「倒されたかどうかわかるか?」
「わからん。だが、宝石ゴーレムの利権は冒険者ではなく出現地域の占有物になる。レダ王国のなかでも大公量、伯爵領、子爵領、いずれにしてもその地の領主のものになる。だからこそ密猟されるのだが、今回の出現場所はどの貴族も領有していない場所らしい」
「それは?」
「迷宮の森さ」
「それは、また……」
勇者が渋い表情をつくる。
「どゆこと?」
マリンには事情がわからない。
「違法にはならなくても、初心者冒険者なんかが入っていいところじゃないということです」
軍曹がそう答えた。




