014 特命
「なるほど、なるほどー。
それで、霊眼が発動すると、ニンジャマスターやらソードマスターやらの力が一時的にとはいえ、使えるようになるのだと。さすがは〈外道バニー〉だ」
市役所の会議所。ハルカは風間に今回の一件を報告していた。風間の視線は冷ややかだ。
「いや、ズルしてるみたいに言わんといてや」
「何をいう。フツーの転入者は異世界来たら当たり前のように無双したり、モテモテになったり、なんだったら顔までイケメンになったりだというものを期待して、いや、当然のように考えているものだ。そしてそれを現実が踏み躙る。絶望する。早々に諦める。努力したくないからな。そして、ブラック企業に勤めていたのに結局こっちでも社畜になる。結局、それが居心地がいいのだろう」
「ひどい言いようやな」
「ともかく、転入者が新人で活躍したりすると、嫉妬がひどいからな。ネットはすぐに大炎上だ。おまえはすでに〈外道バニー〉として有名だしな」
「だからズルしてへんて」
「彼らからしてみれば、給料一ヶ月分ガチャをぶんまわしたのに、ひとつもSSRが出ない大爆死。それに比べたらお前は10連だけでUR3枚だ」
「運はいいのかも知らんけど。課金はしてへん」
「ま、命まで狙われるようになったんだから、チートは控えるんだな〈外道バニー〉。チート隠しは定番だぞ。まだまだ人気がある。読者の」
「……」
ハルカは、あえて風間を突っ込まない。ここに来てから〈阿倍野さん〉ではなく、ずっと〈外道バニー〉と揶揄され呼ばれている。
「せやから襲ってきたのはセーサイ教徒やと言うたやろ」
「そうだったな。まあ、お手柄だ。なかなかしっぽを出さないやつらなのに、そんな堂々と現れるなんて」
「ほんまやで、こっち側で見るとコスプレイヤーと勘違いして油断する」
「ま、ともかく今後は目立たず、噂にならずがいちばんだ。そのために中村は隠密の〈特命〉の業務を与えたのだろう」
「忍者になったからんとちゃううん?」
「アイツはあれでもきちんと考えている」
「そっか」
バイトがいまいち続かないハルカにティッシュ配りの仕事をくれたり、よく考えたら、いろいろ気にかけてくれているのかもしれない。まぐれで活躍したとはいえ、冒険実績はほとんどない。そももそ冒険も億劫でなかなか行かない。酒飲みだし、朝起きれないし、小心者のくせに口が悪いし、千葉県出身なのに関西弁だし……。
こんな女になんで、なんで、そんなに、かまうの?
もっと素敵な冒険者がたくさんいるじゃない。
なんで? なんでなの……?
「ハッ、まさか……教官……」
ハルカの顔がパッと色づく。
「どうした?」
「中村さん、う、ウチのこと好きなのかもーーー」
ハルカは目頭を抑えると机に突っ伏した。
「あるかーボケェーーーーッッッ!」
バンバンバンバンッ!!!
風間は教卓をたたきはじめた。
※ ※ ※
なぜ、ハルカが風間に呼び出されたかというと、このたびハルカが市役所から業務委託を受けた〈特命〉の担当官が風間なのだそうだ。
「教官は〈日本流行なんちゃら〉の所属ちゃうの?」
「兼任だ。お前ひとりしかいない部署にいちいち人員配置できん。しかし、ほかにないケースなので、きっちりとした担当をつける必要もある」
「なるほど」
「〈特命〉についてだが、業務はその時々で変わる。その企画立案、計画書作成、予算調整、各部署への連絡、市に提出する報告書の作成、それから他国にも関わることなので外交なども私が引き受けることになる」
「うわ、大変やな。役人て……」
「まあ、私は有能なので気にするな。ああ、それと、さっそくだが、市にかけあって、ひとりスタッフを用意した。紹介しよう」
さっきからずっと傍に控えていた女性が一歩前に出る。
「山田アンナと申します。よろしくお願いします」
山田は自己紹介すると遥かに笑顔で会釈した。とても感じのいい女性だ。
「よろしく」
「まあ、もろもろのことはすべて山田がやるので何かあったら彼女に言ってくれ」
「なんか結局、そのひとに丸投げしてへん?」
「私は私にしかできないことをやるのだ」
「どうせマンガやラノベ読んどるだけやろ」
「大丈夫ですよ阿倍野さん。風間さんはいろんな部署やプロジェクトを掛け持ちしていますけど、そのすべてで私がお手伝いさせていただいておりますので」
「山田さんが有能やったのかー」
「では、今回の業務委託についてご説明させていただきます」
山田はバリキャリみたいな第一印象だ。ロングヘアを清潔かつ上品に結っている。毎朝大変だろう。自分を律する軍人のような気配すらある。風間の印象もまったく同様だったが、いまはすっかり変わってしまった。
「まず、阿倍野さんには特命権限として、以下のものが付与されます」
山田が資料を一瞥すると顔を上げ読み上げる。
「この異世界市をはじめ、レダ王国、ゴートシティ、学園都市において、特別捜査権があり、各地域の警察またはそれに準じる機関への出入り、および協力要請が可能です」
「すごい。なんか本格的や」
「また、レダ王国のグランオート内にある異世界市が保有する施設が無料で使用可能です。図書館、医療施設、スーパー銭湯などがあります」
「それもすごい。けど、職員用のスーパー銭湯があったんや。知らんかった。ていうか、中世ヨーロッパ風の街並みにスーパー銭湯って。あそこ〈雰囲気保護法〉とかいうのがあるんちゃうかった?」
「特典はまだまだあります」
山田はスルーして続ける。
・異世界市マスコットキャラのアクスタ
・異世界市内観光バス割引券
・異世界市内商店街の福引券が1枚足りなくても引いていい権
「なんかの入会キャンペーンになっとるな」
「まだ、ありますよ」
「あとで聞く」
「まあ、そんなことより、お前がセーサイ教に目をつけられ、いや目を狙われていることは想定外だった」
「本は厳重に警備しているから問題はないだろう。問題はお前だ。護衛をつけるほど予算はないし。自分の身は自分で守ってもらう。ついてはしばらくはナルニワに住居をうつせ。異世界市では武器の所持が認められていないし、許可なく攻撃魔法の使用ができない。だが、ナルニワなら問題ない。住居も用意しよう」
風間が口を挟む。
「まじで? 家賃浮くやん」
「いや、ただというわけにはいかないので、一部だけ負担してもらう」
「いくら?」
「1万Gだ」
「1万円か、安っ!」
「格安だ。転入者が定住するには相場の数倍払わないといけないからな。稼げない冒険者は宿に素泊まりするか、異世界市でバイトしながら暮らすのが普通だ」
ということは、レダに豪邸を持っている〈勇者〉はやっぱり金持ちなのか。
「あ、そうや。ミッションは、その、助っ人を呼んでもええのかな?」
言った途端、風間の表情が険しくなった。この軍人ぽい威圧感、ハルカは苦手だ。
「ミッションは基本的に単独調査だ。隠密業務と言ったろう?」
「そ、そうでした。でで、でもたとえば、敵と戦うのが明確なときとかは……?」
すると、風間は山田とヒソヒソやりはじめた。
「たしかに、そういうことも想定しておかなければならないだろう。しかし、その人員の作戦中における行動は異世界市に責任が及ぶ。だから我々がその人物について正確に把握しておかなければならない。いや、それだけでなく正式に特命課の支援メンバーとして登録し、契約書を交わす必要がある。そうだな、アンナ?」
「はい。少々、厳しい審査と手続きが必要となると思います。当該人物の数ヶ月にわたる行動確認などを経て、最終的に風間の決裁が得られるまで、お時間が必要なことはご承知おきください」
「は、はい」
「ちなみに、当てはあるのか、どんなやつだ?」
「教官も知ってる、〈伝説の勇者〉です」
「わかった。承認しよう」
風間が言うや否や、山田が魔力タブレットを取り出して差し出す。風間は首から下げた承認キーで素早く捺印した。
「承認されました」
「おいおい! さっきの説明と違うぞ。まあ、知り合いやし、いまさら調べることもないか……」
「まあな」
「な、なら……あとひとりお願いできるかな?」
ハルカは千葉マリンについて説明する。風間はまりんと面識はない。
「どういう仲だ?」
「えーと、冒険仲間兼飲み仲間みたいな?」
「承認しよう」
風間は再び素早い動作で承認印を押す。
「早っ早っ、軽っ! え、いいの?」
「よき」
「判断基準がわからん! あ、でもマリンはバイトいっぱい入れてるから時々やと思うで」
「ならば特別隙間支援者(SSS)として登録しよう」
「風間さん、そういった職格は存在しません」
山田が報告する。
「では、本日をもって新設する。規定および条件等の約款は正午までに用意しろ。午後には上に申請する」
「承知しました」
「ちょっと権限強すぎひん!? ちょっとバイト雇おうかなーっていうだけやで?」
「役所とはそういうものなのだ」
「へえ……」
「もう、いないか?」
「いや、とりあえず充分です」
「友達少ないな」
「友達申請の話やったんかーい!!」
「あと、今後身元を秘すために、チーム内ではお前をコードネームで呼ぶことにする」
「はあ、どんなん?」
「外道バニー」
【2章に戻る!!】




