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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 日向小次郎影虎
1章 ざんねんな異世界 編
7/70

007 ざんねんなギャル

「こっち」に来てから数日がたったある日。


 ハルカは、マリンといっしょに出かける約束をしている。

 服を買うのが目的だ。市からの支給品が無個性で地味なのを歓迎会で愚痴ったらそういう話になった。

 場所は転入者が出入りできるもうひとつの国「学園都市」だ。おしゃれなカフェやら、古着屋やら、オモウマイ定食やら学生街ならではの人気店が多くあるという。


「学園都市」には列車に乗って行く。「異世界中央駅」から急行で直通30分ほどだ。異世界が自ら異世界という相対的名称を名乗る不可解について、ハルカはもう考えないようにした。

 住民カードは交通系カードもかねていて、改札を通る。

 駅構内もいろいろ違っているところはあれど、やっぱりふつうだ。

 列車内も広告がすべて魔力ディスプレイなのを除けばいっしょだった。


 ハルカは道中の話題を考えていた。

 同世代といっしょに買い物にいくなんてどれくらいぶりだろう。緊張する。

 そしてやっぱり、マリンはやっぱり木刀をぶらさげているのが気になるが、もうファッションだと思うようにした。ふだんのマリンは口数は多くない。クールな見た目と同様、わりと大人っぽい声質。トーンも抑えめで、冷たい印象さえあるが、話にあまり内容がない上に、ギャル語調なので非常につかみづらい。飲み食いしている時や、ゲラっているときと酔っ払っているときはキャピキャピしてて中身と噛み合うのだが。


(人格と見た目が違いすぎるのって、やっぱり転生ならではなんかな)

 ハルカはめんどうなので転生という言葉を使っている。

(もしかしてあっちで男だったりして)

 考えた瞬間、大いにありうることだと思ってハッとした。種族が変わるほどだ、性別が変わるなんてわけもない。生き物でないものになるストーリーだってあるんだから、こっちのほうがぜんぜんリアルだ。基準がおかしいが。

 ハルカは考えれば考えるほど、マリンは元男なのではないかと思うようになってきた。まず、距離が近い。ボディタッチが多い。そもそも果てしなく陽キャというわけでもないのに、やたらとなついてくる。

(え、好きなの? ウチのこと)

 すぐに脳内ラブコメがはじまるのはハルカの悪い癖だ。

 しかし、中身の男が素性を隠してエロい目で見ていたらどうしよう。だけどいまのマリンは女。どんなふうに処理(?)されるんだろう。ハルカはもや、モヤモヤでパンクしそうになっていた。


(転生こわっ!)


 とはいえ、〈あっち〉の話はNGだから、気をつけないといけない。

「マリンて、ギャルやねんな?」

 これくらいならいいだろう。

「んー? たぶんそー」

「たぶん、とは?」

「ギャルって、〈つま〉なに?」

「ん? そういえばよくわからんな。見た目? 印象?」

「なら、あーしから見たら、ハルカすもギャル」

 両手ピストルで指さされた。

 たしかに。赤ピンクの髪をしている自分は確実にギャル判定だ。

「自覚がなかった。ごめんなさい。いや、ちゃう。なら話し方や、ギャル語」

「ギャル語とわ?」

「なんか禅問答みたいな。えーと、マジ、ムリ、キモとか?」

「みんな言うよ」

「たしかに! でも、流行とかあるやん?」

「エグち? きゅんです! あざまる水産?」

「なんか微妙に古い気がする」

「こっちきてから使わないから忘れたよ」

「なるほど、コミュニケーション前提やもんな」

「ゴブリンみが深い」

「言葉の意味はよくわからんが、あたらしいギャル語を生み出そうとしているのか!?」

 しかし、マリンは首を捻っている。

「勇者しか勝たん」

「だいたいそうやな」

「マジラビリンス」

「わけわかんないときに使えそうやな」

「マジリンス」

「そやな。短くせんと」

「マ」

「それは、たぶん、すでに、あるで」

「マジトリートメント」

「異世界はどこに行った?」

「バフり飯」

「強化された飯って!」

「デバフ飯」

「まずそう!」

「ホフってる」

「カジュアルに殺人すんのグロい!!」

「二回口撃」

「アホッ、ボケッ」

「MP尽きた」

 異世界ギャル語をこんなに一生懸命考えているんだから、やっぱり、マリンは男であれ女であれ〈ギャル〉なんだろう。


 とりあえずフリーターになった理由をあらためて聞いてみようと思った。

「んとねー。どっから話せば」

 マリンはあまり喋るほうではなく、マジ、キモ、ムリ、ヤバ、ウザイあたりをとくに意味なく使ってくるような語彙力で、なにかを説明するのがほんとうに苦手なようだ。ものすごくたどたどしく、脱線し、無駄な描写が多く、話が迷子なってしまう。〈マジリンス〉だ。

 ハルカなりにまとめると次のような感じになる。


 つまり、、、

 1 こっちに来てからまもなく、ナオヤという転入者に会って、付き合おうといわれたのでつきあった。

(早い早い。ビッチか。あれ、やっぱ女だったか。しかし令和の常識では決めつけられない!)

 2 ナオヤは軟弱で冒険に向いていないのでお金はバイトして稼ぐことにした。

 マリンもともなって冒険者をやめてバイト生活になった

(男が原因やったのか)

 3 ナオヤは勤務態度が悪くバイトをすぐにクビになり、マリンが週7で働くようになった。

(典型的なクズ男やん)

 4 ナオヤはいいもうけ話があると言ってマリンを古王国に誘った。

(嫌な予感しかしない)

 5 マリンは奴隷として売られた。


「っていう感じー?」

「はあああああぁーーーーーー!!!???」

「ナオヤ困ってたし」

「そっかー。いや、そっかちゃうわ! おおごとやで! そんでどうなったん!?」

「ん? すぐ警察来て助かったよ。あのね、こっちの世界ね、奴隷は違法なんだって」

「あっちでも違法でしたよ……」

 ハルカはエルフこっそりと教えてあげた。

 すねとハイエルフの美女は〈てへぺろ〉をした。めちゃくちゃ、やり慣れていない感じだった。


 ※  ※  ※


「学園都市入口駅」に到着すると、ビッグサイトのような広場と建物があった。

「お台場か!」

「有明じゃね?」

 どちらでもいいがそんな景観だった。

 商店のほうに近づくほど人は多いが、お目当ての洋服屋はメイン通りから外れたところにある。

 住宅街のようなところに入ると、人気は一気に減った。

「なんかこういう街並みもなつかしいな……」

 と言いかけた時、

「うっ」

 マリンがうめき声をあげた。

 右側から人がぶつかってきたようだ。

 それほどの衝撃ではなかったが、相手は尻をついている。

 学生服を着ているので学生だろう。

「マリン、だいじょうぶ?」

「うん。肩があたっただけ」


 ハルカは相手のほうを見た時、その視界にとんでもないものが入ってきた。

 齧りかけのトーストである。

「あいたたた……」

「お、お前はあれか? あれなの……か!?」

 ハルカは戦慄を覚えた。学園もの第1話シチュエーションだ。

「ちっ遅刻っ」

「おい、まてまて、もう11時や」

 しかもそいつは茶髪男子だった。

 そっちパターンもあるのか。

「だいじょぶ?」

 マリンは男子に手を差し出して声をかける。

「は、はいっ」

 男子は手を掴んで立ち上がるとあらためてお詫びとお礼をいう。

「うん、気をつけて……」

 心なしかマリンの普段のテンションではないとハルカは感じた。

 茶髪男子はトーストを置き去りにして走り去っていった。


「なんやねんあれ」

「ハルカす、これって運命?」

「んなわけあるか!」


 しかし、ハルカはまたしても戦慄を覚える。

 到着した洋服屋のとなりの雑貨屋にさっきの茶髪男子がいたのである。

「あ、エルフのおねぇさん……」

「さっきの……」

 なにかのドラマがはじまった。

「うそやろっ。お前学生とちゃうんか?」

「学生です。魔法学園に通ってます」

「うそ。魔法使えるの?」

「マリン、どした?」

 しかし、ハルカの声は届いていないようだった。ふたりはじっと見つめあっている。

「今日、ウチに来る?」

「えっ、いいんですか?」

(まてまて、早い早い!)

「だいじょぶ、親いないし、たぶんずっと帰ってこないし」

(親からしたら帰ってこんのはお前のほうや!)

「指輪、どれがいいですか?」

「買ってくれるの、うれぴ」

(マリン、目ぇさましてくれ!)

 しかし、人の恋路。ハルカはどこまで強めに踏み込んでいいかわからなかった。


 ふたりがきゃっきゃしながら指輪を決め、レジにもっていく。

 支払いの段になって、男は財布を忘れたという。

「困ったな、でももうこれはマリンちゃんのものだし」

「そうそうあーしのもの」

「じゃあ、マリンちゃんが支払いしないとね」

「あ、そっかー」

 おかしなことになってきた。いや、マリンがビッチであっても、このままでいいわけがない。

 ハルカは割って入る覚悟を決めた。

「でもあーしお金持ってないんだー」

「は? なんて?」

 いきなり空気が凍りついた。茶髪の態度が豹変する。

「愛してるって言ったじゃん!」

(いやっずっと見てたけど言うてへんで)

 奥のドアがガチャっと開き、男が出てきた。

(しまった、そういうやつか)


 しかし、出てきた男に向かってマリンは言った。

「ハローナオヤー」

 その声は低く、冷たかった。

「げっ、マリン!」

 マリンは腰に下げていた木刀を抜き払った。ナオヤはそれを見て猛然と建物をすり抜けて走り出した。

 マリンは追いかける。背後をかすめるような軌道で剣を振り下ろす。

 男は悲鳴をあげながらも逃げ続ける。

「あかん、マリン! やったらあかん!」

 茶髪男もその隙に逃げようとしたので、ハルカはとっさに足をかけて押さえ込んだ。

「誰か! 警察を呼んで!」

 通行人が集まってきて、ハルカは大柄な男性に茶髪男を引き渡し、マリンのあとを追った。

 交差点を曲がったところでふたりは見つかった。


 マリンがナオヤに馬乗りになって木刀を顔のすぐ脇に突き立てている。

 心配したが、無事だったようだ。


「ナオヤ、警察に行こうね」

 きわどい状況だが、マリンの声は落ち着いていた。

「わ、わかった」

 マリンは震えているナオヤは起き上がらせると、そっと抱きしめた。

「まじめに働こうね」

 マリンの目は慈愛に満ちていた。


 しばらくして警察がきた。

 二人は警察から感謝された。

「自分はなんもしてへん、この娘のお手柄や」

「そうなんですね。いやーこれでやっと学園詐欺第一話が検挙できました。ありがとうございます」

「なんやその特殊詐欺! 第二話とかもあんのか」

「けっこうな被害者がいたんですよ」

「あんなんひっかかるやつおるんかって、……おったな」

 ハルカはマリンを見た。そうか二度目だったのか。だから運命と。そして木刀を携えていたのか。

 交番で調書をとられ、事情もわかってもらえたが、木刀は没収された。


「ハルカス、ありがと。いっぱい買い物できたし、ナオヤもつかまえたし、超充実!」

 テンションの高い時のマリンは女の子らしい。

 罰金とられたというのにお礼に服までプレゼントしてくれた。だが、ハルカはほとんどジーンズなどパンツルックしか選ばないのにスカートばかり。あとなぜか黒いスカジャン。背中にサイクロプスが描かれている。楽しそうに選んでくれるので断れなかった。

「もうあんなクズと付き合うんやないで」

「え、でもクズなやつほどはじめはよく見えるって雑誌に書いてあった」

「いや、そんな黄金法則知らん。ていうかそれがほんまなら、第一印象で見抜けるやろ」

「えームズくない? クズじゃないパターンってあるの?」

「勘付いてるなら警戒せーや。そして奴隷になる前に別れよ」

「うーん。でもクズってわかってからさ、いいとこ見つけるのが勝負なんじゃないの?」

「天使か!! いや、むしろダメンズ製造機では……」


 口調はギャル、見た目はクール、フリーターで天使の廃エルフマリン――。

 本当は男か女かはもうひとまず置いておいて。


「可愛いかよ」

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