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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 無銘、影虎
1.5章 ジョブチェンジ 編
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012 壱之太刀

「お母さん、久しぶり」

 五条は穏やかな瞳でノロイを見つめていた。

 確かにそれは母の姿だった。腹を刀で刺し貫かれ、鬼の形相をしていたとしても。


「なんじゃ、見逃してやったカラスか。なぜここに来た」


「お父さんが死んだあと、四十九日も待たないで、お母さんは僕に内緒でノロイの元に行った。書き置きだけ残して。短い間だけど家族でいてくれてありがとうって」


「なぜ、ここに来た」


「うん。来てはダメだとも書いてあったね。でもね、もう少し待っていてくれたら、お父さんに会えたんだよ。成仏できなくってね。僕たちのことが心配だったんだろうね。僕もなぜか霊を見ることができたんだ。きっとお母さんにも見えたはずだよ。家族だからね」


「ここに来たら、お前は食われる運命じゃと、言うたであろう……」


「僕はお父さんと200年も暮らすことができたよ。すっかり大きくなったでしょう。お父さんには剣術を教えてもらったよ。だからいまは先生って呼んでいるんだ。でも世界一教えるのがヘタなんで、実際のところ、僕のは我流さ」


 ノロイはじっと動かなくなった。


「麓の近くで茶屋をはじめたんだ。あのあたりはまだヒトが入れるからね。ぜんぜん儲かっていないから、僕はたまに異世界市というところでバイトもしているよ」


「だまれっ」


「まだまだ、いろいろ話たいことがあるんだけれど、いちばん伝えたいのは、僕も先生も、お母さんを取り戻すことを諦めなかったということだよ。だから今日はここに来たんだ」


「だまれ!」

 ノロイはクナイを放った。

 五条はさっと飛び退ける。


「さっさと帰るんだよ! ゴ、ジョウ……」


「えっ? いま僕の名前!?」


 ノロイは腹に刺さった刀を引き抜いて五条めがけて駆け出した。

 五条はとっさに受け止める。

「うわっ」

 凄まじい力だった。たくさんの殺意を浴びてノロイの攻撃力は上がっている。

「これは無理だ」

 五条はばっと翼を広げて、空に飛び上がった。

「お母さん。もう終わりだ」

「何度ももうすな。終わるのはお前じゃ。今日ここで食われるのじゃ」

「もう少しだから待ってて。ほら、父さんとも話してみてよ。記憶が戻るかもしれない」

「バカを申せ」

 すると、五条は地上のある場所を指差した。

 そこは、剣聖・不死家卜全が瘴気に絡め取られていた場所だ。

 ノロイはそこへ目をやる。


 だが、卜全はいなかった。

 あるのは数枚の護符。瘴気は消え失せていた。


「なに!?」

 ノロイは周囲を見渡す。さきほどの記憶の混濁もあって冷静ではないようだった。


「待たせたな」

 眼前に阿部野ハルカの姿があった。

 しかし、これは違う剣聖その人だ。

「迎えにきたよ、アヤメル」


 ノロイが気づいた時には間合いをとられ、その切先を見上げなくてはいけなかった。


「慈悲の心で斬るッ――――壱之太刀!!!」


 その剣筋はとてつもなくゆっくりに見えた。

 ノロイはそれをうっとりと見つめている。

 200年前の光景が脳裏にやってくる。

 走馬灯のように、温かい思い出が映し出される。

 殺意がすべて消えていく。


 そう、数千年溜め込んできた殺意。

 カラスに母を殺された一匹の白蛇。

 人になぶり殺された自分。

 祟る存在として神として祀られた。

 それからは人の殺意を食って怪異となった。

 あのころ昇華できなかった殺意をときはなち、それを食って糧とした。

 殺意が殺意を呼び、ただそれだけの存在になった。


 五条くんのご飯は本当に美味しかった。

 ボクちゃんもいつも優しかった。いつも冗談を言っていた。

 どれだけ優秀な暗殺者になっても得られるものなどなかったのに。


 すべてが消えていく。

 だけどとても心地がいい。


 壱之太刀はようやく地に辿り着いた。

 卜全は見た。その穏やかな微笑みを。

「ありがとう……」

 唇は動いていなかったが、そう、聞こえた。


 白い蛇が体から抜け、天に昇る姿を見届けたカラス天狗は、家族の元へ戻った。



 ※  ※  ※


 阿倍野ハルカが目覚めたのは七日後のことだった。

 肉体的な傷もさることながら、取り憑かれ状態で長く戦いすぎたのが響いたようだった。

 庵で目をさますと、師匠も五条くんもいつも通りだった。

 ご飯を食べながらことの顛末を聞いた。


「そっかやったのか。ウエッ、ウエッ……」

 ハルカはごはんを口に入れながら泣き出した。

「ハルカさんのおかげですよ。あんなにすごい力があったなんて」

 五条くんが言う。

「力だけではない。覚悟じゃ。そのふたつがノロイを圧倒した。なんにせよ、お主のおかげで勝てた。礼を言わせてくれ」

「マジメに褒められたっ。でも嬉しいっ」

 ハルカが顔を真っ赤にして言う。


「本当にありがとうございました。二百年たってようやく母の供養ができました」

「そやな……。長いことかかったな……」


 食事を食べ終わると、ハルカはあることに気づいた。

「今日、八月三十日やんけっ!」

「それがどうしたのじゃ?」

「夏休み終わりやんけ!」

「お主は学生じゃったのか?」

「いや、ちゃうけども。なんかおわりな感じやん?」

「宿題が終わっとらんのか?」

「いや、宿題とかちゃうくて、……ん? そやウチ、ここに何しにきたんやっけ?」

「剣術修行を兼ねたバケーションじゃろ」

「いや、ちゃう。違かったはずや……そうや、忍者になるんやった。まあ、でもええか。辿り着いただけで報酬は出るし、市役所の情報が間違ってたんやから、報酬は満額出してもらわんとな」

 ハルカはブツブツと呟いている。

「でも、ここを出るのも名残惜しいなー。あーそや、五条くん、鳥居の外出られるようになってるの?」

「入れたんだから、出られるでしょう」

「おい、まさか最初から? 騙しやがったな」

「すみません。あ、あと市役所のミッションですが、まだクリア可能ですよ」

「は?」

「忍者マスターがおりますので」


 ずっと気づかなかったが、霊体がもうひとつあった。

「はじめまして、ハルカさん。いつも主人と息子がお世話になっております」

 着物を着たしとやかな女性がお辞儀をする。

「あ、あ、アヤメル?」

「はい」

「あんたも地縛霊に?」

「そうみたいです」

「また家族三人で暮らせるんです。ありがとう、ハルカさん、うっ、うっ」

「五条くんそれもう何回目よ。ワシだって、ワシだって」

「いやだわーボクちゃんまで。うふふふふ」

「なんじゃ、これ」

 ハルカは畳にずっこけた。

(でも、まあ、よかったやん)


 ハルカは、明日一日、滞在を延長することにした。

 アヤメルに取り憑かれての忍者修行。

 まるで夏休みの宿題のように。

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