009 必殺剣
〈風乃太刀、蒼疾風剣!!〉
「かぜのたち、ん? なんて!?」
ハルカは復唱しようとするも、後半、何ていったのかがわからない。
しかし、体は勝手に動く。テイクバックした瞬間、魔力が全身を駆け抜け、愛刀〈兎月村正〉に流れ込む。
すかさず横一閃すると同時に空を切り裂く衝撃波が飛び出す。
50メートル先にある藁人形が真っ二つになった。
「すごっ!!」
ハルカは技を伝授されていた。というより、体を乗っ取った師匠が勝手にやっている。
〈まだまだじゃ。やはり身体的問題が大きいようじゃ。日頃酒を飲み、カロリーの高いものを摂取している感じが、どうにも剣筋に影響する〉
「うるさいわ!ていうかなんで知ってんねん」
〈取り憑くとなんでもわかる。なんとまあ堕落した体じゃ。不摂生オブ・ザ・イヤー候補じゃ〉
「うっさい」
〈とにもかくも剣技を最大限発揮するには、やはり肉体強化じゃ〉
「えー、ダイエットとかむりやで」
〈心配するな。精神力はワシが負担する。鍛えて鍛えて超ナイスバディにしてやる〉
「目的変わってへん?」
〈光之太刀、赤閃光剣!!〉
いきなり師匠が叫び、魔力を込めて剣を突き出すと、鋒から赤い光線が放たれ、さきほどの藁人形の土手っ腹に穴が空いた。
「ちょ、いきなり、やめーやっ!!」
〈炎乃太刀 鉄火巻剣!!〉
「おいいおいおいいーーー!!」
刀から炎が噴き出す。
〈雷乃太刀 獅子王剣!!〉
「やめろやめろやめろーーー!!」
刀から稲妻がほとばしる。
〈ふう、やはり、まだまだじゃな……〉
「おい、師匠!!」
〈なんじゃ?〉
「勝手に必殺技を繰り出すな!!」
〈は? なんで? お主には負担がかかってなかろう?〉
「いや、体はウチのもんやし、のちのち師匠が体から離れたらどっと疲れる。いやいやいやいや、そういうのはとりあえずええ。問題は精神的なほうや」
〈どゆこと?〉
「必殺技や、詳細聞いてないのにいきなりぶっぱなすな」
〈ああ、驚いたか、すごいじゃろう〉
「驚いたわ。マジ驚いたわ。自分、いちいち技に名前つけとるんか。ほんでなんで英語っぽいネーミングやねん。たぶん頭の中に響いた感じでは、漢字にカタカナで当て字しとるやろ。厨二病か。厨二病なのか!」
〈厨二病がなんなのかはわからんが、これは正式な技名として『オールカラー剣豪大百科』に登録されているものじゃ〉
「なんでオールカラーである必要があんねん!!」
〈毎年、年度版が発売されるたび、更新されておるぞ。その技の発案者はほぼワシじゃがな。わっはっは〉
「自分が登録しとったんやな」
〈いや、登録自体は佐々木くんが毎年やってくれておった〉
「誰やねん、佐々木くん?」
〈小学生の時からの幼馴染じゃ。ワシが技を編み出すたびに、いい感じの漢字をつけて、いい感じにクールな読み仮名をそえて、いつも出版社にハガキで応募してくれておる〉
「佐々木くんが厨二病やったかー。ほんで応募して掲載される必殺技ってなんやねーん!!」
〈佐々木くんはセンスがいいからな。ほぼ没になることはなかった〉
「名前だけが基準なのかーーーー!!」
〈佐々木くんはほんとうにすごい。どんな技を編み出しても、即座にネーミングしてくれる〉
「いや、ダサいやろー!! もっと、こう、そのー、威厳がある名前にせーやーー!!お前、剣豪やろ、剣聖やろー!!」
〈え? うそ。かっこいいじゃん〉
「ジャ◯プみたいやろー。いや、それとも違うセンスな気がする!!」
〈でも、著作権は佐々木くんにあるしなー〉
「佐々木くんも、たぶんなんかの著作権をやっちゃっている気がする」
〈そっかー。でもなー、必殺技は技名を言わないと発動しないしなー、というか、盛り上がらんしなー〉
「それはわかる気がする」
〈なら、お主も叫べ。技がいまんとこいまいちなのは、お主が声をあげぬからじゃ〉
「お、おう……」
ハルカは顔を真っ赤にする。
人がやるのはいい。むしろ好き。だが、自分でやるのは恥ずかしい。そういうタイプだ。
〈風乃太刀!!〉
「蒼疾風剣!!」
やってみたら気持ちよかった。
※ ※ ※
夏、真っ盛り。
ハルカの剣術修行は続いていた。
忍者になるはずだったのに。
しかも、基本、神社や屋敷の掃除やら畑仕事やら、茶屋の手伝いやなんやらして、あとはひたすら筋トレ、有酸素運動。さぼろうとすると師匠が取り憑いて強制的に行われる。
それから師匠が仕上がりを確認するためにいくつかの剣技を発動する。いずれも『オールカラー剣豪大百科』に記載されているSランク剣技だ。
毎日の修行は体にこたえる。だが、ハルカの夏は充実していた。
体を動かし、五条くんがつくってくれるおいしいご飯が3食も食べられる。ただで。
ここにきて3週間がたつ。8月ももう終わりだ。
(悪ないんちゃう? この世界……)
スイカを食べながら、思った。
元いた世界から比べたら、親友もできた。知り合いも大勢できた。
なにしろ、使命(?)らしきものもある。
だけどいまは夏休みのように過ごしている。
スイカを食べたら、まだ日は暮れていないが、五条くんが風呂を沸かしてくれたので、入ることにする。
日中の汗を流す。最高だ。
脱衣所で服を脱ぐ。
赤朱鷺色の髪をたぐりあげ、ゴム紐で結ぶ。
引き締まった二の腕。力瘤をつくってみせる。
それよりも腹に確実な成果があらわれている。
ハルカは自分のスタイルにご満悦だ。
キレがいい、と言いたくなるようなシャープさ。
〈いやー、よかったのー。おっぱいはそのままで〉
「ほんまやなー。いやべつに、もうちょい小さなってくれたほうがええ気もするけど……」
〈そうかな。巨乳はロマンじゃよ。人類にとって大切なものじゃ〉
ハルカは全裸でいろんなグラビアポーズをする。
「人類って……ちょ待てこらーーーー!!! いつ憑いたんじゃあぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
ハルカは心の中で「拒絶」を叫ぶ。
そして、師匠の霊体は弾き出された。
油断も隙もない。
「なんやねん、まったく」
「いまさら、恥ずかしがらなくてもよくない? もう見慣れてるし、ワシ」
「慣れる慣れないとかないんじゃ、ボケ!! エロジジイ!!」
「師匠にむかってひどい……」
「師匠らしくしてから言え!!」
「そうじゃな……」
霊体の師匠は、反省したのか急に神妙な面持ちになる。
「じつはな、弟子よ。大事な話があってな」
「いまここでないとあかんのか? 服脱いで風呂入る直前やで」
「うむ。急ぎの案件じゃ、弟子よ」
「すぐに済むなら聞く」
「阿倍野ハルカ。そなたを弟子と呼ぶのは今後やめようと思う」
「えっ……?そんな。ウチ、落第なん?落第忍者◯太郎なん?」
ハルカはショックを受けている。
「ワシが師匠と呼ばれるのは、まあいい。しかし、師匠が弟子に向かって弟子と呼ぶのは変じゃろ……ではなんと呼ぶかな、とずっと考えておった」
「あー、ハルカでいいです」
「……じゃあ、ハルカス」
「なんでそれを思いついたんか知らんが、それは親友にしか呼ばせてへん」
「ならカス」
「その呼び方はもう、敵認定や」
「なら、ハルク?」
「ありがとう、めっちゃ強なった気分。でもお断りや」
「ハルキ?」
「あとちょっとでノーベル賞とれそうやけど、荷が重いからやめて」
「ハルコ?」
「誰?」
「だめじゃ、おぬしの名を呼んでやれん」
「ふつうに〈ハルカ〉でええゆーてるやろっ!!」
「むりなんじゃ。キサラギでは実名を〈諱〉として、呼んではならんことになっておる」
「うそやろ、初対面であだ名つけられんの? だからアヤメさん、アヤメルになったん!?」
「アヤメルはすぐに決まった」
「殺し屋やしな、そうやろな」
「しかたない、一周回って弟子にしておこう」
「もう、……ええわ。素っ裸だし、風呂はいってええか?」
「ああ、もうひとつあった」
「なんやねん?」
「弟子よ、明日、ノロイの討伐に向かう」




