028 月の騎士
国王軍によるムーンランス領内の召喚人同盟過激派の掃討は無事に完了した。
このことは、異世界市においても連日のトップニュースとなった。
ムーランスにおける騎士団長シュターケルによる虐殺、伯爵令嬢シティアの軟禁、そしてその救出からの、戦争。
1か月くらいやっているんじゃないかという、報道特番。
一連の事件で英雄になったのは、座間ショウヘイ。単身で姫を救出して、今回の危ういバランスを一気に打破した。異世界市はしばらくその名を耳にしなかった英雄に歓喜している。
座間は報道で、自分が現在、召喚人同盟とは関与していないこと、一部過激派が今回の事件を起こしたことで、永久に関わりを断つこと、召喚人と現地人のよりよい関係を改めて模索していくこと、その協力を求めた。そして、最後に犠牲者となった人々への哀悼を述べた。
国王ハイネル3世も座間ショウヘイに賛辞を送るコメントを発表し、異世界人(召喚人)との新たな関係を築くために異世界市での議会を通して、よりよい関係を前向きに検討すると約束した。
ちなみにハイネル3世はマスコミにはいっさい姿をあらわさない。
そのため、イラスト想像図で国王の顔を投稿するサイトが定期的に賑わう。それを本人が見ているかは不明だ。
国王は、この機に乗じて、諸侯をあつめ、まず女系の世襲を解禁することを提案した。
あれだけ耳目を集めた事件をうけて、ここに反対できる諸侯はいない。さらに、80年ぶりに国王軍の精強さを目の当たりにしている。
封建制の専制君主であるため、市役所対応とは違い、このお触れは即日発効となった。
翌日、シティアのムーンランス領継承も認められる。
これにより、彼女はムーンランス伯爵となった。史上初の女性領主だ。
ハイネル3世自らが後見役をつとめた。
※ ※ ※
月の湖。
月明かりの光が乱反射して、宝石のように輝いている。
ハイドラックスはぼんやりと水面を眺めていた。
治癒魔法で早く処置できなかったため、通常の治療を受けた。
腕は包帯を巻いて、吊るしている。
あれから数日間、隠れるように過ごしてきた。
これからどうしていいのかわからない。
復讐は成し遂げた。
であるのに、虚しさしかない。
ほんとうに、やりたかったことなんかじゃない。
とりあえず、の生きる動機だったんだろう。
なにをしていればいいのだろうか。
戦うことしか、できない俺は。
傷が癒えたらまた冒険者に戻ろうか……
月が雲に隠れる。
真っ暗闇になる。風が草木を揺らす音だけが聞こえていた。
だが、遠くで馬の足音が聞こえる。
ハイドラックスは身構える。
だが、馬なら、やってきたのは人だろう。
少なくともモンスターではない。
雲が動くと、また月が顔を出す。
しばらく、凝視していた。
馬の手綱を引いてやってくるのが、あの人だとわかった。
ドレス姿ではない、ギャンベゾンにパンツ、そしてブーツ。まるで鷹狩りにでも出かける姿だ。
髪はうしろで束ねている。
「やっとお会いできましたね」
「ばかな。伯爵ともあろう方が供のひとりも連れずに」
「私、ここにはじめて来た時、生きるか死ぬかの瀬戸際でした。それでもこの光景のあまりの美しさが忘れられなくて、ほとんど毎晩、来ているのです」
「馬に、乗れるようになったのですね」
「はい。剣術もいま稽古中です。頼りない領主と言われたくありませんし、前々から興味はあったのです」
「そうでしたね。あなたは、なんにでも興味をお持ちだった」
「そう。でもやってみたことはありませんでした。なんででしょう? お父様がなんと言おうと、なんでもやってみればよかったのです」
ハイドラックスは微笑んだ。
ずいぶんと、変わられたな。
「それから、はるかさんが、たぶん、ここに来ればいつかあなたに会えると言っていました」
「なぜ……」
「ラブコメ愛読者の勘らしいです」
「……私を探していらっしゃったと?」
「もちろん、反逆者シュターケルを討ち取った功労者に褒美を授けないといけませんから」
「それは、私ではありません」
「ムーンランス騎士団の盾が、シュターケルの遺体のそばに落ちていました。紋章が黒く塗りつぶされているものです」
「私は、二度も逃げた。あなたも、主家も守れなかった。蔑まれることはあっても、褒められることは何もありません」
ハイドラックスは俯く。顔を見ることができない。
「それは私も同じです。たくさんの過ちを犯して臣下を、領民を危険にさらしました。悲しい思いをさせました。とりかえしのつかないことです」
「いえ、あなたは……」
「守られる方だとでも? 〈男女平等〉の国からいらっしゃったのでは?」
「……」
「ごめんなさい。でも、もう言い訳は通じない、ということですよ」
そうか、俺はまだ逃げていたのか。
「私はあの日からやり直しているのです。後悔することがないよう。あなたもそうすべきです」
きみは、〈自分〉から逃げないことを決めたんだな。
「弱いなら、弱いまま戦えば良いと思うのです。力をあわせて」
ハイドラックスは顔をあげた。シティアの目をじっと見据える。
ここが俺の居場所、でいいのか?
いや、そんなもん、自分で決めるんだ。誰のせいでもなく、自分で決めるんだ。
再び目が合う。
通じ合っている。そう思えた。
シティアはこくりと頷くと、腰に履いていた剣を鞘から抜く。
精巧な意匠が施された鞘。ガードも宝石が散りばめられた黄金造り、ボンメルには家紋である月が形取られている。
祭事用の剣だった。
ハイドラックスは跪いて首を垂れた。
「汝、ハイドラックスを、ムーンランス騎士団長に任じます。勇気と、忠誠を」
「お誓い申し上げます」
月明かりに輝く剣身がポンと肩を叩いた。




