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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 無銘、影虎
2章 最弱とチートと復讐と 編
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026 地上へ

 ハルカは目を覚ました。

 あたたかい陽光を肌に感じる。

(あれ、外に出られた?)

 勢いよく上体を起こして状況を確認する。


「ハルカさん!」

 姫の声がする。

「ここは?」

「まだ闘技場ですよ」

「えっでも」

 光の先を目で追うと、ハルカ頭上に穴があって日差しが差し込んでいるようだった。

「夜のうちには気づきませんでしたが、穴が空いているようですね。よく見ると植物が育っています」

 シティアはのんきなことをいう。そして水筒を差し出す。

「ハルカさんのリュックに入っていました。私も少しいただきました」

 ハルカは水を飲むと一息ついた。

「ビーフジャーキーもあんで。食べよか」

「はい」


「ウチ、やったんやな」

 オーガの死体が目の前にあった。

「はい。お見事でした。でもいくつも怪我をなさっていて、私の治癒魔法も尽きてしまいました。外に出たらちゃんと治療を受けてください」

 そういえばあちこちが痛い。筋肉痛のような部分もあるけれど、脇には鈍痛の感覚が残っている。

 そうだ、脇にもろパンチくらったな。

「どのくらい寝とったんかな?」

「私にしてみれば永遠のような時間ですが、陽の角度からすると、ハルカさんが魔物を倒したのが深夜で、いまは昼過ぎといったところではないでしょうか」

 なら、12時間以上は寝続けていたようだ。


「ほな、しばらくしたら出口探すか」

「はい、それなんですが、ここがモンスターと奴隷を戦わせる闘技場なら、なんとなく私たちが来た方がモンスターの控え室みたいな場所なんじゃないかと」

「ほう」

「だとしたら、奴隷の剣闘士の控室が反対側にあるのではと」

 それで探してみたら見つかったそうだ。ただし、崩れて落ちた岩が邪魔で通れないと。

「すみません、やってみたのですが、非力な私では一個もどかせなくて」

「そっか。じゃあ一緒にやってみよう」


 それからハルカは身体強化を使って、一番大きな石をどかした。それでもそうとうきつかった。

 あとは、姫と協力してどかしていった。

 トンネルのような構造が続いていたが、しばらくすると、行き止まりになり、スライド式の掛梯子があった。

「上に行けそうやな」

 地上に近づいている。そんな期待感があった。


 梯子を上り切ると、まだ洞窟だった。しかも細い道がいくつも分かれている。

「あちゃー……」

 ハルカは心がくだけそうだった。

 迷路とかパズルとか算数とか数学は昔から苦手だ。


 しかも、松明の明かりがところどころあるのがわかる。

「魔物がいるな」

 灯りのあるほうに行きたくなるが、行けば魔物に会う。

「わからん。姫様、選んで」

「いえ、私には」

「大丈夫、責めたりせーへんから」


「いえ、私はいつも間違ってきました」

「なにを?」

「シュターケルではなくハイドラックスを騎士団長にすべきとお父様に進言すべきでした。お父様もそのつもりでしたのに、私が彼を手元に置きたがったから。……それから、シュターケルが反乱を起こした時、争いをやめさせるためにシュターケルとの婚約を受け入れました。そして、あの人だけでも生きていてほしいと、手を尽くしました」


「うーん」


「でも、すべて誤った選択でした。結局、シュターケルは停戦は受け入れたものの、粛清と称して、多くの人間の命を奪いました。結果として、私の選択はあの者に利するばかりでした。あの時、私が領主として毅然とした態度でみなを導き、立ち向かえていたら。あの人の手を取り、ともに戦いましょうと言えていたら……」

 姫は拳を握りしめて自分への怒りに震えているようだった。


「あんな、姫さん。ウチら異世界人はみんな似たような思いをもってこの世界にきてるんや。〈あっち〉では人生やり直すために異世界というものがあると、もうそれが常識みたいになっててな。そんで、たぶん、そんなやつらがいっぱい〈こっち〉にきてんねん」

 ハルカは言葉を選びながら姫に伝える。

「でもな、〈こっち〉に来たところで、人は変わらんねん。やり直しなんて、実際のところでけへんねん。赤ん坊から生まれ直すわけちゃうしな。そしたら、なんでわざわざこんな世界にきたんやろ、って思うやん?」


 ハルカはまるで以前の自分と会話しているような気分になった。


「ウチの大事な友達が言うてたんやけど、〈やり直し〉ちゅーのは、ゼロにもどすことやないんやと。もう二度と後悔しないという誓いなんやて。どや、ええ言葉やろ?」

 ハルカは親指を立てて姫に向き直った。


「はい。肝に銘じます」

 姫は祈るように胸の前で手を組んでいた。大粒の涙が見える。


 自然と口からでた言葉だったが、おもいのほか届いたようだった。

(ウチも、いちばん大事にしている言葉や……)

「ま、まあ、そういうやり直しなら、いつでもできるで、ちゅう話しやな。……だから、可能性に恐れることなんか、ない」

「ありがとう、ございます……」


 「失敗だけが経験値や。成功は自信と勇気になるけどな……これはなんかの本で読んだ」


 「はい」


 結局、道はハルカと姫がじゃんけんで決めることになった。

 道中、やはりモブリンと遭遇する。

 回復したとはいえ、満身創痍のハルカにはキツすぎる。

 姫のほうはMP切れだ。


「はあ、はあっ……」

 ハルカは呼吸が乱れまくっていた。


「ハルカさん、私も戦います。短剣ダガーを貸してください!」


「わ、わかった……。でも正面からいくな。うちが相手してて、背中がガラ空きになったやつだけにしてくれ。あと生き物を殺すのは、モンスターであっても慣れてないと難しい。躊躇だけはせんといてくれ。命取りや。これは、冒険者の基本のキらしい……」

ハルカの動機は収まらない。


「はい!!」


 また数時間がたったかもしれない。

 姫は結局一匹も倒せなかったことを自責している。

 しかし、それどころじゃない。

 もう限界だ。


(あかん、もうだめや……)

 壁にもたれかかる。


(なんか、もう自分の体やないみたいや。あと変な匂いがする。死臭っちゅうやつか……)

 強烈に鼻につく臭い。しかし、モブリンどもがはなつ異臭とは違う気がする。


(なんや、めっちゃくさい、くさいっ)

 気になりはじめると、どんどん異臭が鼻を刺激する。

 思わず、鼻をつまんだ。

 姫も同じことをしている。やっぱりひどい臭いだ。


「くっせぇーーーーーっ!!」

 ハルカは叫ぶ、そして、思い出す!


「くさや!!!!」


 まりんが捨てたファミレスの伊豆大島キャンペーンのくさや。

 Gといっしょに焼いたらさらに臭って、湖のダンジョン接続口あたりで置き去りにした〈くさや〉!


「姫さん、こっちやぁーーーー!」

 ハルカは駆け出していた。



 ※  ※  ※


 ハルカは出口にたどり着いた。

「やった、やったぞー、まりーん!」

 ハルカは涙を流した。止まらなかった。

「ほんとに、ほんとうに、ありがとうございます……」

 ハルカと姫は肩を組み、互いに支え合っていた。


 また夜を迎えていた。湖には月光が照らされていた。

(私が見たかった月の湖。こんなところで……)

 シティアは膝を落とした。

(拾ったこの命、二度と後悔しないと誓います!!)


 その時、獣のような鳴き声が聞こえた。

 かん高く響くその音の先を見ると、蛇のような首をふたつもち、翼をばたつかせている化け物だった。


「なんやあれ……」

 恐怖に顔がひきつる。飛行型モンスターは小型でも厄介だ。

 なのに人よりもひとまわりは大きい。


 ハルカは立ち上がる。

「なんべんでも、やったる!」

 しかし、目がかすむ。立っているのがやっとだった。


 翼の魔獣がハルカに狙いをつけたようだ。

 一度高く舞い上がり、滑空してダイブしてくる。


 ハルカはボロボロになった盾を構える。


 その瞬間、轟音がとどろいて、あたりに閃光が走った。

 雷鳴のようだった。


 驚いていると、もう一度、いかずちが走った。

 その衝撃に目を避ける。

 次に見たときには魔獣が堕ちて黒焼けになっていた。


 そのあと、また翼を羽ばたかせる音が聞こえた。

 ハルカが空中を見上げると、大きな鷲がホバリングしていた。

 グリフォンとよばれる、馬と同様に「人類の伴侶」と呼ばれる生き物だ。


 グリフォンにはライダーがまたがっていた。

 真っ白なプレートアーマー。左手に手綱をもち、右手にソードを握っている。

 月あかりを浴びて白銀に輝いている。


「信じていたよ。よくやった」

 ライダーはヘルムのバイザーをあげて顔を見せた。


「ショウ、さま……」

 ハルカは安心し切って、その場に倒れ込んだ。


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