005 ざんねんなエルフ
オートマタという初心者の練習用かのような最弱の魔法生物とのことだった。
はじめてのモンスター、というよりあっちではろくにスポーツの経験もないハルカは、突進してくるにおそれをなし逃げ回り、つぎつぎとモンスターを引き連れるようなかっこうになってしまった。オートマタは逃げるものを追う習性があった。
冒険者たちは慣れた武器捌きで少しずつ獲物を仕留めていった。
ドロシーは魔力の無駄だとさぼっている。
ぜんぶで10体仕留めた。
「いやーお手柄。大収穫だなあ」
「だー、だーっ、げーっ」
息も絶え絶え、仰向けになったままうごけない。
体力が「あっち」にいたころと変わらない。というかひさしぶりに全力で走った。
「見てベノム。モンスターは倒してもドロンと消えないわ」
「え? 当たり前やろ。いや、そうかたしかに消えるイメージや」
「魔法生物は厳密には生き物ではないから問題ないけど、ふつう死体は放置すると腐敗して臭いわ。大量に倒すととんでもないことになるわ。現代っ子は結構いやがるわ」
フィクションのご都合的なところが、中途半端に反映されていない。つくづく残念な異世界だ。
「そんなわけで死体回収のアルバイトもあるわ。時給は結構いいわよ」
「イヤデス」
「それから、モンスターを倒したあとはこの『魔力ちゅるちゅる』で」
と言ってドロシーは小瓶を出すと、なにやらキラキラしたものが猪から出て吸い込まれる。
「これ、魔力なの。冒険者はこれを換金して稼ぐのよ。ただし、下級の魔物からはほとんど取れないわ」
「強い奴からはいっぱいとれるちゅうことやな」
「あと人間やらエルフからはよく取れるわ」
「それはあかんやろ」
「そうよ。この世界では殺人罪に問われるわ」
「あっちの世界でもそうやったやろ」
ちなみに街中に魔力スタンドみたいなものがあちこち置いてあり、自分から注ぐこともできて、ちょっとした小銭にはなるらしい。
「献血みたいな感じか」
「そう。この世界では魔力はいろんなものの動力源になってるから、ないと成り立たないのよ」
と、その時、ふとももをもぞもぞとした感覚が走った。
「うわっ」
慌てて起き上がり、手で払うとなにか落ちた。
「あ、ゴブリンよ」
「えっ?」
見てみるとねずみくらいの大きさの動くものが。よくみるとたしかにお馴染みのデザインだ。
「サイズが思てたんと違う!」
「そうね。しかもエロいのよ、これ」
ドロシーは蔑むような目をして、杖をふるうと炎が出て一瞬で焼き尽くした。
「わ。魔法」
「すばしっこいし、換金できる要素がほぼないし、見ただけでぞっとするでしょ。すぐに駆除した方がいいわ」
「ゴキブリみたいやな」
「そうそう。名前をいうのがいやな人多いから、Gとも呼ばれている。街にGスレイヤーっていう使いきりの駆除専用のアイテムが売ってるわ。魔法使い以外ならだいたいみんなそれ使ってる。効果は同じよ」
「こんな感じでゴブリンと出会うことになるとは」
「そのうちなれるじゃろ」
その後、野犬のようなモンスターと遭遇し、ハルカはまぐれあたりで打ち倒したが、死骸を見て気持ち悪くなってしまった。
ハルカの続行不能で体験クエストを終了にして戻ることになった。
※ ※ ※
「どうです。気に入りましたか ?」
フィーナが出迎えるなり聞いてきた。
「いや、ウチには向いてへんわ、たぶん」
なにしろ体力がない。ふだん運動もしない一般人がいきなり肉体労働などできようはずもない。それと死骸が気持ち悪い。現代っ子には無理だ。
「それじゃあ、行政エリアに戻ってバイト先にいきましょうか」
「バイト?」
「阿倍野さんは無所属の無職ですから、働かないと。しばらくは市の斡旋先で働いてもらうんです」
「無所属やけど賢者やで」
「そうでしたね。まあ、無職みたいなものです」
「ひどっ。なんか騙された」
そうして連れて来られてのはとある工場だった。
「ここで働いてもらいます。ちょっと現場の方に話してきますね」
そうして連れてきたのは妙に艶かしい女性だった。なぜか汗をかいている。
化粧っ気はない、髪も簡単に束ねているが、へんな色気がぷんぷん出ている。
胸元の露出がひどい。
「阿倍野さんね。わたしはヒトミ。ご覧の通り地元民よ」
「ウチ地元民と異世界人の区別つかないんすわ。ヒトミさんは冒険者じゃなさそうですね」
「そうね。私は団地エリアの住人よ」
「団地妻おった!」
ヒトミに案内されてついていくと、割烹着のような白い作業服にキャップと手袋をつけた集団が黙々と作業していた。
いかにもな工場のベルト流れ作業のようだ。やったことはないが。
「あなたの持ち場はここよ。マリンちゃん、新人さんよ。教えてあげて」
「ちーす」
マリンと呼ばれた人物は、長い耳がとびだしていてモブのように作業着を着ていてもエルフだとわかる。エルフは王都でいっぱい見かけた。
「はじめ――」
自己紹介しようとしたが、マリンと呼ばれた女は手のひらを向けた。すると空中にギルドでみたデバイスがあらわれた。
「阿倍野ハルカ。あ、タメじゃん。ハルカ、よろー」
なんでわかったのか。だが、ハルカもマリンがギャルなのがわかった。
「もしかして、それでなんか見てるん?」
「え?そだよ?」
またか。サポート課はそういうのを説明する役目ではないのか。きょとんとしているマリンにレクチャーしてもらうと、住民カードを手にもって手をかざせばデバイスが開くし、要求すれば近距離の相手のプロフィールが見れるという。
千葉マリン エルフ 女 21歳 傭兵 居住区 団地エリア……
「ほんまや、同い年や。ていうかエルフって人間と寿命違うんとちゃうん?」
「ハイエルフだから人間といっしょらしいよー。あと年齢は自分のマジ年齢?」
「ジブンもよーわからんでこっち来てもうたんやなぁ……」
ネーミングセンスとか、年齢はなぜか正直に書くところとかがなんとなく親近感がある。
「ていうか、ハイエルフってむしろめっちゃ長生きちゃうかった?」
ハルカは、ラブコメ好きだが、ファンタジー知識もそれにりにはある。とはいえこの世界はいろいろズレてるが。
「……んとね、タップしたら説明出るよ」
マリンはそう言ってプロフィールの「エルフ」の文字を指でタップするようジェスチャーする。ウインドウが開いて説明が出てきた。
「辞書機能か、もうスマホやな……」
【エルフ えるふ】尖った耳が特徴の妖精。自然を愛し、精霊をあやつることができる。主に森に暮らしており、人間の文明や都市が嫌い。甘いものが好き。非常に長寿。長いもので千年以上生きると言われるが、寿命の短い人間の観察ではよくわからない。長寿のためか生殖能力が低く、出生率も低い。ほぼ出会うことのないレア種族。耳は長くない。「生エルフ」「天然エルフ」とも呼ばれる。
【廃エルフ はいえるふ】異世界人がエルフとして転入したもの。長ーい耳が特徴。生エルフに対してたいへん数が多いためこのように呼ばれている。最新の比率では1対700といわれる(なお、ドワーフの比率はこの逆)。人生で出会うエルフはだいたいこれ。見た目以外は人間とたいして変わらない。「養殖エルフ」「和風エルフ」あるいは「耳長族」とも。
「マジ!? ヤバッ!」
ハルカがエルフについて学んでいると、千葉マリンがゲラゲラ笑い出した。
「なに?ハーレムって? キモっ、チョーうける!」
「え?」
まさかと思い自分のプロフィールを確認するとたしかに「異世界での目的」欄に「ハーレムをつくること」と書いてある。そして横に「全員に公開」のタブが。
ハルカは素早くタップして非公開に切り替えた。
身長、体重、スリーサイズとか、とにかくいろいろと。
「いーじゃん、かっこいいって〜」
マリンはまだゲラっていた。
「さっき、キモっていうとったやん……」
ハルカは着替えを済ますと、マリンから業務のレクチャーを受ける。とはいってもベルトコンベアーの流れ作業、スプレー缶のような製品にフタを被せ、テープで仮止めをするというだけのとてつもなく簡単な作業だった。
今日の疲れもあったが何も考えずに黙々とやり続ける。
作業をすすめて、慣れてきたあたりで、商品のことが気になり始めた。
「ちなみにこれなんなん?」
マリンに聞いてみた。
「これ? Gスレイヤー」