023 墜落
まりん、エルサ組はシティアの居室に近づいていた。
衛兵がふたりいる。予想通りだ。
「エルサちゃん、やっちゃって!」
「はいはい。あまり大きな声出さないでね」
エルサは小声で諭す。
「はいっエルサ様!!ヽ(´ー`)ノ」
ドクロンがびしっと答える。
(いや、とくにオメーなんだわ!!)
エルサは、帽子を叩きつける。
エルサはドクロンに自分の指示なく発言を禁止してて(24回目くらい)、スタンクラウドの準備に入ろうとした。しかし、詠唱が聞かれては隠密にならない。スタンが有効になるまで騒ぎにならない保証はない。エルサは詠唱をはじめるのをやめた。
「ちょっと、ごめんなさい。考えてなかったわ」
「えっダメなの?」
「エルサさま、エルサさま……(´д`;) 」
ドクロンがひそひそと話しかけてくるが、早くも命令違反だ。
「なに?」
「そういうときは記述式にしてください(・∀・)」
記述式というのは中空に魔法陣を描いて魔法を完成する方法だ。詠唱よりも時間がかかるので、あまり推奨されていない。
「やったことないわ」
「大丈夫です。私が映写しますから、ただなぞってください(^▽^) 」
そういうとドクロンの口からプロジェクターのような光が出て、魔法陣が現れた。
エルサはそれを指でなぞる。
魔法が完成した手応えがある。
「ばっちりですキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!」
結局のやかましい声。
しかし、衛兵ふたりともレジストに失敗して、倒れた。
「すごいじゃん、ドロちゃん」
「はじめて役に立ったわね」
「はじめては言い過ぎでわ。でも光栄でございます!(´▽`〃)ヾ」
エルサは今度は記述式で感知の魔法をかける。これも距離が近いほど精度が上がる魔法だが、近づきすぎると詠唱を聞かれるという問題があった。高レベル魔術師なら問題にはならないが、エルサの技術はそこまでではない。
「ひとり。どうする? 姫ならラッキー。そうでなくてもひとりなら倒せそうだわ」
「うん、やるよ」
「わかった。じゃあ、いくわよ」
エルサは解錠の魔法で扉を開けた。
バスタードソードを両手に握ってまりんが踏み込む。
エルサもつづく。
しかし、その頭上から何かが落ちてくる。
それは黒板消しのように粉を撒き散らす。
とたん、ふたりは急激な眠気に襲われた。
「ほんとにひっかかった。ご苦労さん」
中にいた兵士が嘲笑う。
「わーひどい! こんなの新学期にありがちなイタズラじゃないですが。私見たことはありませんが!!ヽ(`Д´)ノ」
ドクロンは抗議したものの、主人はもう眠りについてしまった。
「参りました。どうぞ命だけはお助けください(>_<) 」
※ ※ ※
ハルカと勇者は拷問部屋に辿り着いた。
ハイドラックスの予想通り、入り口は誰もおらず無防備だ。
ここは要人を監禁して置く場所ではないのだろう。
とはいえ、その常識を逆手にとってここにシティアがいる可能性もある。
「なかは二人だ。魔力は……弱い気がする。少なくても魔術師や、手練れの剣士ではないと思う」
勇者も感知の魔法が使える。というより、ほとんどの魔法がある程度使える。
「勇者だから」らしい。
しかし、初級〜中級くらいでで、本当に得意とする魔法は毒魔法や回復遅延、麻痺、倦怠感、腹痛、天気痛、五月病、その他体調不良などを含むデバフ効果のものばかりだ。
「まあ、ひとりが囚われなら二対一。どっちも敵でもサシで勝負や」
「だな。施錠もされていないようだ。あと罠感知もしてみたが、大丈夫みたいだ。物理的なやつだとわからないが。黒板消しが落ちてくるやつとか」
「スライドドアじゃないから大丈夫やろ」
それは鋼鉄のいかがわしい扉だった。ひとたび閉じ込められれば、一生出ることが叶わないような。
ハルカは勇者にアイコンタクトをして、ゆっくり扉を開ける。
目の前に伯爵令嬢らしき人の姿が見えた。
あたりやった!!
「あ、あなたは?」
「姫さん、ウチはドロボーや。すまんが盗まれたってくれ……」
ハルカは決めセリフを吐きながら、ゆっくりと姫に近づく。
「だ、ダメぇ!!」
姫が叫んだ。
「え?」
途端、床が勢いよく落ちていった。ハルカと令嬢をのせたまま。
ふたりの悲鳴も闇の中へ遠ざかっていった。
「ハルカぁっ!!」
勇者は叫んで追おうとしたが、喉元に何かがつかえた。
槍の穂先のようだった。
見れば、メイド姿の女が扉の背後から現れていた。
「あなたは別の場所にご案内します」
勇者は後方に飛び退いてファイヤブレスを吐く。
メイド女はなんなくかわしてみせた。
メイドなどではない、歴戦の戦士のようだった。
素早い突きの連続が襲ってくる。
勇者は左右にスウェイする動きができない、後退しつづけるしかなかった。
そうこうしているうちに床が元の位置に戻ってくる。
二人の姿はなかった。
「ハルカぁっ!!」
勇者は叫ぶ。
「残念でしたね。底は二度と出られない地獄ですわ」
メイド女がいう。いつの間にか兵士が数人集まってきていた。
「はめられたか……俺がいながら、なんてことだっ!」
※ ※ ※
落ちた床は地底につくと回転して二人を投げ払うように落とした。
さほどの衝撃ではなかったが、ハルカは着地した時にぶつけた左腕を気にしていた。
「姫さん、姫さん、大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫です」
衝撃でどこかを強く打ったはずだ。それでも大丈夫というなら、箱入り娘のお嬢様ではないのだろう。
「落ちたんやな?」
「はい。ここは、おそらく、ハルカ昔に使われなくなった。罪人の迷宮です」
「罪人の迷宮?」
「はい。ご覧の通り、戻る術はありませんし、危険なモンスターが多数徘徊しているはずです」
「モンスターが出入りできるんなら、出られるんとちゃう?」
「いえ。モンスターも最近になってここに落とされたのです。落とされた人間を狩るために。シュターケルはここに自分に従わないものを次々と落としました。凶暴なモンスターといっしょに」
「そっか、はじめからはめられとったんやな。すまん、お姫様。うちら助けにきたつもりやったんやけど、しくじってもうたようや……」
「いえ、私のほうこそ。王国の威信を傷つけるような結果になってしまって。あなた、お名前は?」
「阿倍野ハルカ。〈ハルカ〉でいいです。異世界人の冒険者や。シティア姫、まだ失敗とは限りません。出口を探しましょう」
ハルカは姫に手を差し伸べた。
シティアは起き上がると、ちょっと待ってと一言いって、ハルカの左肩に手を当てる。暖かい光があらわれる。
「治癒魔法ですか?」
「はい。貴族の家に生まれた女性はたしなみとして小さい頃から聖女の修行をさせられます。初級レベルなら盾の魔法も使えます」
「それは助かります」
強がってみたものの、ハルカはこれまでにない恐怖に支配されていた。
ゴールのわからない暗いダンジョンで、いつもの仲間がいない。
不安要素しかない。




