021 敗北者(2)
それから、俺は近衛騎士の任を解かれた。
モンスター討伐にも参加させてもえず、城の留守番だけが主な任務となった。
ちようどその頃、伯爵の体調が悪くなり、自室から出てこなくなった。
政務は家令が務めるきまりだったが、シュターケルが事実上取り仕切るようになった。
もはや領内一の実力者。異論をとなえられるものはいなくなっていた。
そして、あの日。
伯爵様が突如として亡くなった。
病床に伏せっていたとはいえ、あまりにも早すぎた。
それまで重臣たちといえど面会を謝絶されており、突然の報であった。
これにより、事実上の権力者となっていたシュターケルに疑惑の視線が送られた。
だが、シュターケルは広間に重臣を集めて、伯爵領を継承することを宣言した。
当然、重臣たちは反発する。
「異世界人がこの古王国で地位を築く、それが伯爵の考えだった。レダの法が認めなくても、訴えていくべきだ。それが我々が伯爵の遺志をつぐことになる。それに賛同できぬものは反逆者である」
と説いた。
当然、在郷の貴族や騎士は反発した。突然、この領地は異世界人と現地人とで真っ二つに分かれた。
内乱となった。内乱というよりは粛清だった。場内ですでにシュターケルに逆らう者は少数派だった。
力に勝る召喚人同盟の騎士は次々と反対派を粛清していった。
俺は当たり前のように召喚人同盟と敵対した。
なぜ?
自分でも考えていた。
シュターケルが気に入らないから?
わからないまま剣を振り続けていた。
平和だった城内に阿鼻叫喚の声がひろがる。
いつも下女が清掃している大廊下も死体だらけになる。
冷飯を食らわされていたから?
死体には同じ異世界人もいる。
おそらく同盟への参加を断ったやつだろう。
同盟の理念に共感できない?
わからない。
なぜ、いま俺はかつての同胞、同じ日本人と戦っているのか。
なんのために。
まったくわけがわからない。
ふと、シティアの顔が浮かんだ。
「ずいぶんとやってくれたな。伊庭あっ!!!」
気づくと目の前にシュターケルがいた。
本能的に躊躇せずソードを突き出した。
しかし、次の瞬間、意識が飛んだ。
魔法のようだった。
※ ※ ※
その翌日から拷問がはじまった。
拷問といっても、俺が話すべき情報もなく、俺が懺悔すべき事実もなく、ただただ痛めつけられる時間が続いた。
拷問役の鰐獣人のお喋りによると、城は完全にシュターケルと同盟に参加している騎士たちによって制圧されたようだ。対抗していた重臣と騎士たちは多くが殺されたか、降伏した。残った城内の者たちも許されたという。
さすがに殲滅まではしないか。
あまりいい情報ではなかったが、想定の範囲にはとどまった。あまり殺しすぎると、シュターケルも大義がたたないだろう。なにしろ、ムーンランス領は広い。城内だけでなく小領主はたくさんいる。それらをぜんぶ敵に回したくないだろう。
「残念な知らせだ。お前、処刑ではなく追放になったぞ」
鰐獣人は口惜しそうだった。
「これからだったのによ……」
城内が落ち着いて、いろいろな沙汰がいま決まったらしい。
「お嬢様がシュターケルさまと婚約して、正式に伯爵位を継ぐこと承認することを条件にいろいろ手打ちになさったそうだ」
「なんだと……」
切れた唇、喉は枯れ切っていたが、俺はそう発した。
「恩赦だよ。ありがたく思え」
いますぐこの鰐野郎を叩き潰したい衝動に駆られたが、手枷と鎖がもどかしいほどに邪魔をする。
※ ※ ※
シティア様に最後に会ったのは、その晩だった。
連れの侍女をひとりともなっているだけだった。
真っ赤なフードをかぶっていたが、その美しい顔はこの拷問のなかで何度も脳裏に蘇っていた。
まさか最期に実物をおがめるとは。
「よかった。牢獄塔がいっぱいで、こちらに閉じ込められていたのですね。もしあちらだったら私にはどうもできなかった」
シティア様はそう言って侍女にアイコンタクトする。侍女は鍵を取り出し、牢を開けて、つづいて俺の枷をはずす。
「シティア様、なんで……」
「獣人やモンスターが城内に多くいますが、一枚岩ではありません。まだ城内は混乱しています」
「俺は追放になったと聞きました」
「はい。ただ、おそらく領地を出たところで刺客に襲われるでしょう」
「は?」
「私との約定を形式的に守るつもりでしょう。だからここでは殺されませんが」
「約定とは?」
「私が彼と婚約する条件です」
「なんで……」
「これ以上、無駄な血を流せません。領主たちもとても彼に太刀打ちできないでしょう。シュターケルは古代魔法の道具を持っているとも聞きます。仲間にはモンスターテイマーもいて、場内にはモンスターがいます。かなりの戦力です」
「だからって……」
「領民のことを第一に考えろと言ったのはあなたでしょう?…」
「いや……」
自分の人生、捨てるのか。俺が言ったから?
「彼が父上の遺志を本当に継いで、異世界人の居場所をつくるつもりなら、協力します。王国の法が変えられるように力を尽くします」
「そんなわけがない!シュターケルが信用できるわけがない!!」
「それでも、いまのあなたには何もできません」
「……」
「特別な情けですよ。もう逃げ切ったなら、野球チームでもつくってください」
シティアの目には涙が溢れていた。
なんでだ!! なんでこうなる!!
「こちらが脱出路の地図でございます」
侍女が紙切れを渡してくる。
「この時間、洗濯場には誰もいません。さあ、早く」
「シティア様っ!!」
俺は踏ん切りがつかなかった。
「声を上げないで」
彼女は人差し指で口を押さえる。
まだ涙を流しているが、毅然として言う。
「さよなら」




