018 国王謁見
阿倍野ハルカは、焦っていた。
「異世界来たら、最初に会う奴やと思うねんけど。王様って。ししし、知らんけど」
「王様なんて調子ぶっこいてるイキリ野郎だよー。は? マジうざ」
マリンが普段とは別人のように口が悪い。
どうやら権力者を目の敵にしているようだ。前世テロリストか。
じつは国王は王都グランオートにいることはほとんどないという。北に離れた別邸でほとんどの時間を過ごしている。近衛兵を中心とした軍隊を駐屯させた騎士館や、迎賓館、プライベートなミュージアム、使用人たちの住居などが備わったひとつの小さな街になっている。ここには城壁があるもののグランオートのように二重に高くそびえたつものではなく、低く簡易的なものだった。それにかわって魔力障壁が常時かかっている。
ハルカたちは迎賓館の控室に通されていた。
「ふたりとも、そんなにガチガチにならなくていいぞ。古王国には王は一人じゃない。そのうちのひとりに会うだけだ」
勇者が緊張をほぐそうとあえていう。
「え? 王様がいっぱいおるの?」
「ああ……。あいかわらず何もしらないんだな。古王国で……えっと、いまなんて名前なんだっけ……、ああ、ナルニワだ。称号として王と名乗っているのは、グランオートのエリアを含む最大の領地をもつレダの王のほかにもいくつかいる。〈もう、わかっているとは思うが〉、エルフの王、ドワーフの王、商人の王、和風の王、中華風の王、リゾートの王の7つの王国がある」
「そういえば聞いていたような。あと、なんやねんリゾートの王って」
「あとでググれ。ほかの王国にも名前があるが、どうせ覚えないだろうからわかりやすいように特徴で言っておいた。レダは封建制なんで、ほかにも大公国とか、公国とか、伯爵領とか、子爵領とかも国っちゃ国なんで、いろいろあってややこしいし、他国といろいろまとめて古王国と呼ばれている。王制ががのこっているのはここだけだ。ナルニワの外の政治についてはのレダの王が代表であたることになっている。つまり、この大陸のことはレダの王に任せて、あとは不可侵条約が結ばれている。七王国の往来や商売は自由だし、通貨も統一されている」
「古王国はそんなにデカいんか」
「あっちでいうオーストラリアくらいあるぞ。しかも、モンスターが湧き出る魔界村も各地に点在していて、その他未到の地もかなりあって全容はわかっていないんだ。近代科学を持ち込ませない条約も結んでいるし、なにしろ、大陸全体にかけられた結界のせいで、空や海からは出入りができないうえ、陸の侵入可能な入り口が徹底的も管理されている。異世界市とつながるエリアもそのひとつだ」
「うわ、それやったら門田さんと門脇さんの役割めっちゃ重要やん。テキトーな荷物検査しかいつもしてないように思うが」
「あの人たちはフェイクだ。実際は楼門そのものがチェックする機構になっている」
「お飾りやったかー」
「あそこはいちばん平穏な入口さ。観光客も入るところだからな」
「ところで、勇者ちゃんはヒキニートなのにぜんぜんちゃんとしてるじゃん?」
マリンが、素朴な疑問を投げかけた。
「たしかに。ウチらの誰より大人な気がする。最近」
ハルカも同意。
「実際年齢倍離れてるからね! あと現役勇者時代はいろんなお偉いさんに会ってたからな。さすがの俺でも社交や処世術は身についたよ」
「それ、じゅうぶんに大人やん?」
「認めたくはないものだな。俺は子ども歴40年だ」
「どうしても、なりたくないんやな。おとなに」
「まあな。でも俺が変わってしまったとしたら、ハルカとずっといっしょだからかな……」
ドラゴンは目を伏せた呟いた。
「えっ!?」
(どどどどど、どっ!!!??)
ハルカは一気に顔から火を吹いた。
(お前と出会って、俺は変わってしまったんだ)
というセリフがハルカの頭をよぎる。
(どう責任をとってくれるんだ……)
シャツのボタンがいっぱいあいているイケメンのビジュアルが現れた。
(誰!?)
ハルカは脳内でつっこみを入れていた。
「世話が焼けすぎて大人のふりをしなくちゃならん」
勇者は呆れたように言う。
「そ、そか。そやな。ん? なんやてーー!」
われに返ってぷんぷんしはじめた。
そんな無駄話をしている間に、王宮の家令が、ハルカたちを呼びにきた。
いかにも礼儀にうるさそうな初老の男性。髪も髭も真っ白だが、屈強な戦士のようにガタイがいい。
「お待たせいたしました、こちらへどうぞ」
「はっはい!!」
ハルカががっちがちになっているのを見ながら、勇者はため息ブレスをはく。
※ ※ ※
レダは対になった白いドラゴンが盾を支えるクレストを王章にしていた。
謁見の間の左右には近衛兵たち。一段高いところの玉座に王が座っている。
さきほどの家令が側にあり、近衛兵長らしき人物が少し下がって控えている。
「……よく来てくれた。感謝する……」
国王はまずはじめにそういった。
国王は、いくつくらいだろうか。老人でもなく、血気盛んな若者でもなく、おじさんだった。ただし、かっこいい。鼻筋は通っていて、あごもシュッとしている。そして、渋くて威厳のある低音、落ち着いた雰囲気。強そう。
勝手にイメージしていた不摂生な肉体の、バカっぽい王冠をかぶり、たっぷりとした髭でしか権威を表現できないようなモブ王とはえらい違いだ。
(ていうか、あの肌色なに?)
そう。まず目につくのはその肌の色。薄く青みがかかったようなグレー。血の気がないというよりも、そもそも血が青そうな血色。
ロン毛の髪色もどちらかといえば金髪のようだが透明といってもよいような淡さ。
全体的に体温のない印象。しかし瞳はサファイヤのようにキラキラとしている。
黒と赤の祭礼服に樹木と鉱物を融合させたかのような王笏を携えている。
あと、飾りなのか本当に生えているのかわからないが、頭に角がある。
(人間ちゃうやんっ。あわあわあわあわ……)
ハルカは泣きそうになっていた。あらためて全体的に見ると恐怖を感じる。
まるで魔法にでもかかったように体が動かない。
蛇に睨まれたなんたら状態だ。
「……余はこのナルニワ国の七王国同盟の盟主、レダ国王、ルイス・サイファー・ディアボロス=ハイネル・レダだ。ハイネル3世と呼称される……」
国王は名乗る。威厳のこもった、ゆっくりと落ち着いた低音が室内に響く。
(いや、魔族やん、あきらかに魔族やん!?)
「……ちなみに。先代も先先代も3世だ。代々、3世だ……」
王は肩肘をついて、手の甲に顎を乗せたまま喋っている。
(というか、魔王やん!! やっぱりおったやん!)
ハルカはまったく話を聞いていない。3世が固定というツッコミどころもスルーしてしまった。ギャグだったのかもしれないが、永遠の謎となってしまう。
「……〈赤朱鷺色の髪の乙女〉よ、名乗らんからそう呼ばせてもらうぞ。貴殿たちに余のほうから特別な依頼がある。ギルドを通すと政治的にまずいものでな。直接、足を運んでもらった……」
といいつつ、国王は足を組み替えた。それだけで威圧感。
もうラスボスにしか見えない。
「ハルカ、いい加減に正気を取り戻せ! というかちゃんと話を聞きなさいっ!」
さすがに勇者はあきれてハルカの肩に乗った。
「はっ!!!」
ハルカはようやく我に返った。
「……〈赤朱鷺色の髪の乙女〉、と、伝説の勇者よ。これは非公式の依頼だ。座間からは聞いているな……」
「はい、魔王さま!」
ハルカは勢いよく答えたのち、すぐに失言に気づいた。
「やっばっっ!」
そのままパニクった。
「……転入者にはよく言われる……うむ、ほんとうによく言われる。言われるが、魔王ではない。竜族とか角族といわれるが、われわれ自身にも出自がわからない。私を含めた数える程度の王族の者だけの種族だ。GPをもつので〈祝福の民〉ではある。はじまりの魔導師からレダを引き継いでからは王国を守ることだけがその使命だ。世界征服も、世界滅亡も、他種族殲滅も目的ではないから安心しろ……」
「はい、魔王さまっ」
今度はマリンが言った。完全につられているようだがこちらは凛とした表情できっぱりと答えた。
魔王の頼れる幹部のようだった。
どっちにしろ間違っているのだが。
「……まあいい。もういい、魔王でいい。あとの説明はシュナイダーから……」
ここまで案内してくれた初老の家令が話し始める。
「ムーンランスという領地が異世界人に占領された話は知っておられますな?」
「ああ、知っている。辺境伯が急死されて、継承権をもつのが途絶えました。血のつながりがあるのは令嬢のシティア様のみ。継承権をもつのは男子のみだからな。そこへ異世界人のひとりである騎士がシティア様と婚約し、辺境伯を継ぐと宣言した。が、実態としては武力で制圧してそのように喧伝しているだけだろうと。あくまで異世界市のほうでやっているニュース解説だが」
答えたのは勇者だ。
「はい。その通りでございます。両者の婚姻についても、辺境伯の相続についても、儀礼や法律をまったく無視したものです。そもそも異世界人にはこの土地の者との結婚、この国の土地を所有することが禁じられています」
「ああ、ニュースで見た。討伐しようものなら、それだけの大義名分があれば十分じゃないのですか?」
「王国の大義は十分ですが、いまは、世間体といいますか、ポリコレとか?」
シュナイダーは若者のように疑問形で答える。
「は? ポリコレ?」
「はい。ご存じのとおり、王国の貴族は男子のみの相続と決められておりまして、シティア様に相続権はありません。そして、相続者がいないとなれば、お家は取りつぶしというのが決まりになっております。ネットのほうでは〈いまどきありえなくねー〉とか、〈差別してんじゃねーよ〉などさんざんに叩かれておりまして」
シュナイダーは凛とした初老のベテラン家令。指示がなくてもテキパキと動き、余計なことは口にしない忠実な臣下、の、ように見えたが、ぜんぜん違っておしゃべりのようだ。
国王がキッと睨んだような気がした。ちょっと舌打ちすら聞こえた。
「SNSやってんのか」
ハルカもあきれて言う。
「王国内では魔法ネットに制限や検閲がありますので、主に異世界市のほうで確認したポストです。私も異世界市を訪れた際にはリサーチし、もう、さんざん、言われているのをつぶさに確認しております。〈レダ国王 時代遅れ〉〈貴族滅びろ〉などで検索しております」
「自分から悪い情報とりにいっとるやん……」
そしてまた舌打ちが。たぶん国王。
「……法整備が遅れたのは認めよう。しかし、貴族というものは変化がすなわち特権の剥奪と考える連中でな。落とし所を見つけねば、異世界市の価値観で測れるように単純ではないのだ……」
国王はゆっくりとした低音ボイスで語る。
「そうでございます。そんなわけで〈#弱腰国王〉が賑わっておりますが、事情を知らぬ他国の輩のこと、誤解なきよう。あ、でも、この件に関しては国内から同様の声が上がっていまして、これだけの批判があると、単純な武力制圧はまずかろうということであります。〈なんだったら、あの謀反人が伯爵令嬢を救ったまである〉といわれておりまして」
フォローしてるのか、追悪口してるのか、わからない。シュナイダーは天然なのか。
また舌打ちが聞こえる。もう間違いなく魔王。
「ご存知の通り、異世界人とこの世界の人間は結婚をゆるされておりません。しかし、シティア様は異世界の騎士に恋をしていたため縁談を断り続けていたと噂されています」
「ああ、それは異世界市のワイドショーで連日やってたの見たな。ふたりは想いを遂げるため、法を犯して反旗をひるがえした、と」
勇者は言う。ハルカもなんとなく思い出す。
「……しかし、その乗っ取りをおこなった騎士シュターケルが召喚人同盟の一部過激派を率いているという事実は報道されていないのだろう……」
魔王は苦い表情で言った。
「確実にウラがとれていない、ということなんでしょう。それに異世界市は異世界人を束ねる役の国。ある意味都合の悪いことをおおっぴらには報道できますまい。せいぜい私が定期的にネットの掲示板に書き込むくらいです」
シュナイダーはどっちの味方なのか。
「……こちらから情報提供しているというのに……」
国王は口惜しそうだ。
「そういうわけで〈つんでもうた〉のでございます」
「……シュナイダー、人聞きが悪すぎるぞ……」
「たしかに王国としては手出しが難しいな。しかし、この騒動が起きたのはだいぶ前だと思うが」
勇者は思い出す。少なくとも3か月以上前のはずだ。
「はい。ムーンランス辺境伯領の内部でも、この件に関して反抗がありまして、主に騎士階級の離脱が多くあり、また、小領主の反乱もあってごたごたしておりました。なので、ちょっと様子みておこっかと、陛下が」
「ちっ」
もう聞こえるように舌打ちしてるやん。やめてあげろや。
「領主には自治権がある。本来王の出る幕ではない!」
国王は、ちょっと早口に、ちょっと感情的になった。
というかこれは何を見せられているのだろう。
「そうこうしている間に〈#腑抜け国王〉がトレンド入りしたのでございます」
「貴様にSNS閲覧を禁止するっ!!」
国王がついにたちあがった。
いや、立ち上がるとこそこじゃないだろう……。
シュナイダーは驚愕した。ショックだったようだ。思いがけず天然だったのか。
「ようするに、ギルド(市役所)でも国王軍でもない、自由に動けるウチらに依頼したいということやな?」
ハルカは愉快な茶番に完全に緊張がとけていた。
「左様でございます。そのようなポジションで、実力のある者を探しておりました。北の迷宮での冒険者60人の救出劇、昨今の闇チート摘発の噂は聞いておりました。しかし、直接、依頼となるとこれまたネットで叩かれますんで、座間様を通していただいたという次第です。ですから、このことは内密に。そしてネットで拡散はされませんように。におわせ投稿もご遠慮願いたいです」
「どんだけネットを恐れてんねん」
「まあいいじゃないか、ハルカ。――われわれはあくまで座間ショウヘイの依頼ということで本件にあたります。それで、具体的にミッションをお聞かせください。まさか、われわれだけでムーンランスを制圧しろという話しではありませんよな」
勇者がいてくれて助かる、とハルカは思った。
(ナイスマネージャー!)
と親指を立てた。
「もちろん。今回の依頼は、伯爵令嬢の救出でございます。シティア様をお救いください」




