017 レジェンド
「はい、こちらにどうぞ。すみませんが、靴を下駄箱に入れて上がっていただけますか」
マリーが案内してくれる。
店の奥の引き戸を開けると掘り炬燵式の座敷があった。
「お、はじめて入ったな。結構ゆったり広いやん。とりあえず、マリンはこのへんに転がしとくか」
マリンはすでに寝ぼけている。いつもこんな感じだが、バイトに遅刻したことは一切ないからすごい。
全員が席につく。8人掛けだが、マリンは転がっているし、ドラゴンには席がいらない。
ハルカ、エルサ、そして座間。結局こんなに席はいらなかった。
「あらためて、はじめまして。オレは座間」
挨拶をする。
じつはこの席に移動するまでサインを求める人だかりができて収集つかなかったから、ようやく話ができた。すごい人気だ。マジでレジェンドだった。
そしてサイン書き慣れている。
「メジャーリーガーか」
座間はいわゆるライダースーツだった。グランオート広場までなら観光客も多いので、いわゆる王国ファッション、冒険者ファッションでない者もけっこういるが、真っ黒のライダースーツは意外と溶け込んでいる。彼は上を脱いでTシャツ姿になると、プロフを開いた。
この世界での一応礼儀作法だ。
ハルカたちもプロフを出す。
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座間ショウヘイ
職業 戦士
アウトドアグッズ販売店 SECRET BASE 代表
中古バイク販売店 ザマオート 代表
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彼はもう30年以上も前に転入している。異世界人の転入が増加しはじめた頃の第一世代といってもいい存在だ。年齢でいうと、50歳を過ぎているが、30代といわれても不思議じゃない。精悍で、凛々しい男前だ。なんかオーラがある。
「座間さんは、いちおう召喚人同盟のリーダーなんですよね?」
「そういうことになっている。だけど、同盟設立当時から、オレの活動実績はない。いわゆる名誉会長的なやつだ」
「俺もこっち歴は長いが、つい最近まで召喚人同盟というのはほとんど聞いたことがなかったな」
勇者が言う。
「そうだな。実際、設立当初は召喚人の互助会みたいにしてはじまったんだ。みんな心細かったし、どうにかして帰る方法を探る目的で活動もしていた。たぶん、〈伝説の勇者〉が活躍していた頃も、数十人程度のサークルくらいの活動だったと思う」
〈伝説の勇者〉と呼ばれた伝説の勇者は顔を赤らめた、ように見えた。
レッドドラゴンなのでわからないが。
「お、お、俺のこと知ってるんですねっ」
勇者は緊張のあまり早口になる。
「ああ。世間ではいろいろ色物のように言われてたけど、努力する才能がないとあそこまでにはなれないからな。オレはうれしかったよ。そんなにこの世界に一生懸命なってくれて」
ドラゴンはいまにも火を吹きそうだった。
「座間さんは、この世界が好きなんすね。帰りたいと思ったことは?」
ハルカが尋ねた。
「最初のうちはあったさ。なぜ自分がこんな運命であったのかも、知りたかった。でも、結局、どこで生きてても自分は自分。あっちでアメリカに移住したとしてもきっとそう思うだろうから、それからは自分と世界を受け入れようとした。こっちは面白いよ。冒険者やりながら経営者にもなれたんだから」
「あ、冒険者引退して経営者になったわけではないんですね」
「かなり初期からどっちもやってた。いまでもどっちも引退してない」
「に、二刀流っすか!」
正直、ハルカは異世界での未来を悩んでいた。いまは力もついて、異世界市役所の面々に頼られて、やりがいがある仕事ができていると思う。冒険者は結局あぶない橋を渡っているので、ずっと続けられるかわからない。なら、ふつうに就職するかといわれれば、なんか違う気もしていた。集団内の人付き合いができないうえに、ぐうたら根性の自分にできるのかサラリーマンなんて、と思う。あっちにいても同じ問題だ。そしてどっちも選べずに、異世界市からの依頼がある時だけ冒険に行って、それ以外はだいたい漫画を読んでるか、マリンとだべっていた。完全なモラトリアム状態だ。
「起業して冒険者続ける!! それや!! ウチ会社つくるで、トモ!」
「はっ!? なんだ急に!」
勇者は突然トモと呼ばれて頭を抱えた。
「ショウ様。ウチを弟子にしてください!!」
「なにかを教えるのは構わない。でも弟子とかはいらないんで。ははは」
「はい!ありがとうございます!!」
「変態バニー、話が逸れてるわよ。酔っ払いはとりあえず黙って話を聞いていなさい」
エルサはいったが、ハルカは上の空で、ニコニコしながらハイボールを口に運んでいる。
「申し訳ありませんね。酔っ払いが。それじゃあ話を戻しますが、同盟はなにがきっかけで、いまのような組織になったのかしら?」
エルサが言う。いつの間にかマリンを膝枕している。
そして頭をなでなでしている。
「副代表に新たに戦場ヶ原という男が就任したんだが、これがかなりやり手で、ナイトシティを中心に幅広くビジネスで成功して、その資金が同盟に流れていった。それで同盟の活動の中身もかなり変わっていった、ということらしい」
「あなたも知らないのですね」
「オレはずっとバイクで旅をして、釣りをしたりキャンプをしたり、ときどき、会社の会計をチェックして、業務連絡を地方から飛ばすくらいで、同盟のことはまったく関与していない。はじめからそういうポジションだった」
「その話、ちょっと聞かせてもらいたいわ。ウチにいるカボチャ頭に……」
「カボチャ頭? きみ、ちょっと酔っているね。水を飲んだ方がいいよ」
「それで、貴方様がエルサ様を通して、変態バニー様をお呼びだてしたのはどういった了見なんです。早くおっしゃってください!! (#`Д´) 」
とつぜん、ドクロンが口を挟んだ。
「すみません。私が言っているのではありません。こいつが勝手にしゃべるんです」
エルサが能面になって帽子を指差し、弁明した。
「うそやろ。変態バニーってお前しか言わんやろうっ」
ハルカがグラスをたたきつける。
「私は独自のアルゴリズムで驚異的な言語学習を可能にしているのです! ( ̄ー ̄) 」
ドクロンはマウントをとりにくる。
「……」
エルサは壁を見ながら黒霧島を飲んでいる。
「まあ……。ともかく、阿倍野さんが異世界市の特任で動いているのは知っている。正直、召喚同盟の活動にオレの名前も使われているみたいだし、見過ごせないんだ。力を貸してほしい」
「というと?」
ハルカは、前に乗り出す。
「具体的にオファーしていただけますでしょうか。どの力をお貸しすればいいのでしょうか。報酬はどれくらいなのでしょうか。達成期限など条件はありますでしょうか?( ゜Д゜)ハァ? 」
ドクロンが一気にまくしたてる。
「だまっとれぇ!!」
ハルカはドクロンにチョップをくらわそうとしたが、エルサが真剣白羽取りで受けた。
「このおしゃべり髑髏はいいとしても、私の二次被害も考えてちょうだい」
「連帯責任やろ」
「なんだか、君たちと話しているとなかなか話が進まないな。じゃあ、すべて答えよう。報酬は金銭とオレのもっている不動産の一部だ。期限は設けないが、すぐに取り掛かること、毎週一度チャットで進捗を報告してほしい。あまりに緩慢なら解約する。それはこちらの一存にさせてほしい。あとで契約書のドラフトを送るので、詳細はそれで確認してほしい」
「しっかりしてはる! これが経営者というやつなんか……。なんでプロフは戦士のままやねん……」
「これに意味がないのはみんな知ってているはずだけど。でも、〈オレは戦士〉だといまでも思っている」
「せやな。ほとんど自己申告やもんな。ここまでしっかりしているなら安心やんな。わかった、受けます」
「いや、ハルカ早いぞ! まだ依頼内容すら聞いてないぞ。だいたい酒の席で仕事を受けるな!」
勇者は言った。
しかし、あっちではこういうノリの商談があったことも思い出してもいた。
1週間しかサラリーマンはやったことがないが。
「まあ、ええやん♡」
――あ、だめだ。酔っ払っている、と勇者は思った。
「ハルカ、しっかりしろ! エルサも仲介人なんだから!」
勇者はエルサに助けを求めた。
――あ、だめだ。途中参加なのにもう寝ている。
「そういえば飲めないって言ってたな。なんで酒を注文したんだ……」
「そういうわけなんで、私が代わりに承ります」
勇者に残された選択肢はほかになかった。
「〈伝説の勇者〉は、阿倍野さんとはどういう関係なんだ?」
座間も結構飲んでいたようだが、まったく冷静だ。
「どどどどど、どっ!!!??」
他人に家族以外の関係性を問われたのは人生初かもしれない。勇者はこれ以上ないくらい動揺した。
「そう、その〈ど〉だ」
レジェンドは優しく微笑みかける。
「ま、マネージャーみたいなものであります!」
「そうか。まあ、そのほうがいいかもな。君の方が話が早そうだ。それから、異世界市の依頼とは別だし、今後も彼女にはそういう依頼が増えるかもしれない。どちらにしろ、依頼内容はあとでチャットに送るので君のIDを教えてくれ」
「はい、わかりました! 女たちにはあとでよく言って聞かせます!」
勇者はこんな役回りが自分にやってくるのは、まったく予想していなかった。
「ああ。それで、依頼なんだが、先に言っておくと、とりあえず、レダの国王に会ってほしいんだ」




