016 居酒屋ロブ
阿倍野ハルカはご機嫌だ。
相棒のマリンといつものように居酒屋で飲んでいる。
最近のお気に入りは、ロブという異世界人の料理人がオープンした居酒屋。
あっちでは高級料亭の板前だったというが、こっちでは大衆居酒屋をやっている。
しかも、グランオートで異世界人が和食の店を出す、というのはきわめて異例のことである。
古王都には「雰囲気保護法」があるからだ。
ただ、異世界市にいちばん近いグランオートの広場からひとつ入った道には、そういった店がいくつか集まっている。コンビニもそうだが、あんまり規制してしまうと、他国に人や金、物が流れてしまうための配慮だと言う。この通りはそういったものが集まった唯一、雰囲気ぶち壊しの通りで、〈お目こぼし横丁〉と呼ばれている。
ハルカはここのカキフライが好きでいつも注文している。
「あっひ、あっふふふ!!」
猫舌のくせに急いで食べようとする。
「梅酒ホットおかわりー」
マリンもできあがっている。ちなみにマリンは事前に牛丼を食べてから合流している。
この店は丼ものも出すが、近所に牛丼屋があるため、遠慮して出さない。
マリンは週5で牛丼を食べるエルフだ。我慢できないらしい。
グランオート内のため、冒険者の格好がほとんどだ。ノケモノも廃エルフもいる。
間違ってもスーツ姿のサラリーマンはいない。
しかし、奥の座敷を除けば30人程度しか入らないので、店内はごちゃごちゃしている。
もうすぐ満席になるだろう。
「ほたるイカの沖漬けと、あと、あさりの酒蒸しと、冷やしトマト!」
「かしこマリー!」
この店の女給、マリーという女の子だ。彼女も異世界人らしい。頑張って名を売ろうとしている。
「マリンは?」
「あーしは、ポテト」
「ポテトばっかりやな」
「ん、まー反動?」
「なんの反動や」
「前世で食べられなかったの」
「食べられへんかったんやなー、ポテト食えんてどんな家庭や。 いや、ごめん、聞いたらあかんやつやな。あ、でも死んでへんから前世ちゃうでー」
「俺もポテトでいい。あと、からあげ」
この店はドラゴンが入れる。異世界市でペットOKの店でも断られたことがある。
それもあって、よく利用している。
「お前もいつもそればっかりやな。食に興味ないんか」
腕のいい和食の料理人の店だっつってるのに。
「うーん。あまりチャレンジして失敗したくないというか」
「いろいろ試さんと、なにが自分の好みかわからんのとちゃう?」
「いや、からあげは好みだが」
「それ自分、クラスのかわいい子しか知らん状態やと思わへん?」
「同じ話ではないが……いいんだ。俺は一途なんだ。たとえ、たったひとりとしか知り合わなくても、それが運命と信じられる」
「がっ!!」
ハルカはへんな声を出して飲みかけたハイボールにむせた。
「がっ! ぐへっ、がっ、がっっ!!」
「大丈夫ーハルカすー?」
ハルカは恋愛耐性がないのにラブコメ好きのためにうかつな話題をつくって自爆してしまう。
「なんでそんなに動揺してんだよ!」
「いや、なんか、なんか。勇者のくせに」
「そうだぞ。勇者のくせに」
マリンも同調する。
「なんで!! なんで俺責められてるの!?」
いつもの感じである。
「なによ。もう出来上がっているのね」
背後から声が聞こえて振り返ると、エルサがいた。
「よっ、来たな」
「まだ約束の時間の15分前よ」
「ウチら1時間前から来とるで」
「あいかわらずね」
「それより、桐島」
「ちょ、やめてよ、桐島って。――いや……いいわ、もう好きにして」
「え、なんでキリシマ? 焼酎?」
事情を知らないマリンが聞いてくる。
「まあ、あだ名みたいなもんやねん。ていうか、桐島。その帽子なんやねん」
見ると、いかにも魔女っぽいとんがり帽子をかぶっていた。
しかも、前面にどくろのレリーフのようなものが張り付いている。
「俺が贈ったんだ。ずっと倉庫に眠っていたんだが、ちょうどいいと思ってな」
「また勇者作チートアイテムなんか……ていうかもう、〈チート配りオジサン〉やんけ」
三人の会話の裏でマリンが焼酎・霧島のロックを注文している。
「そうなんだが、これはどくろを帽子に取り付けただけなんだ。昔に拾った古代魔法具なんだが、いろいろ使い道を考えていたらこのかたちがベストだと」
「ちなみにどんな機能なんや?」
「しゃべるわ」
エルサが答えた。
「は? 誰が?」
「髑髏が。おい、ドクロン」
「なんでございましょう、エルサ様」
「明日の天気を教えて」
「明日は降水確率100パーセントですが、早朝6時に2mmの雨、以降はくもりなので傘は必要ないでしょう(´▽`〃)ヾ」
ドクロンが歯をガチャガチャしながらしゃべっている。
「う。まあ……ええな。ええんちゃうかな」
正直、微妙だ。
「私もまだ使いこなせてはいないわ」
それから、一堂に妙な沈黙が流れた。
「いやいや、もっといろんなことができるんだぞ!!!」
〈チート配りオジサン〉はいまいちな反応に慌てた。
「そうでございます! 間違いなくエルサ様のお役に立てます! 必ずや!v(^_^)v」
ドクロンは嘆願するような涙声だった。
「勝手にしゃべるなぁ!」
エルサに怒られた。
「ひぃーっ((((;゜Д゜))) 」
「わるかったわね、最近、どんどんおしゃべりになっているのよ」
「言葉を学習しているんだ」
勇者は自慢げに解説するが、スルーされている。
「ま、まあええわ。ほんで今日はなんの用やったっけ? カボチャの彼氏?」
「彼氏じゃねーわ」
「照れてる。きゅんですやん。ふっふっふ」
「黙れ、変態バニー」
「桐嶋がいっしょにカボチャ頭の借金返済するんやろ? 彼氏やなかったらなんでそんなことすんねん」
ザキは呪いが解けなかった。
五大聖女のひとり、キュアカース様はがんばった。がんばったが、ダメだった。だけど料金は請求された。
エルサのほうは、ハルカが暴走したGPを斬ったあと、呪いはないと判断された。鑑定料だけとられた。
そして、カボチャ頭の返済のためのローンの名義にはエルサが加わっている。
エルサは答えずグラスを口に運ぶ。
「私に黒霧島焼酎のロックを勝手に注文したのは誰!? さらに、なんで、海ぶどうまで頼んでいるの!? すごい食べたかったんですけど!!」
「はーい、あーしでーす!」
マリンが勢いよく挙手した。
「さすが、マリン。敏腕バイトリーダー」
「もうっ!また話がそれたわね。用件を済ませましょ。おい、ドクロン」
「はい。エルサさま。じつはエルサさまが回復なされてから、召喚人同盟について追跡調査をしておりました。設立の経緯から、現在にいたる活動、古王国や異世界市との交渉など。非公式で行われているため、ほとんど知られておりません。まずは組織の解明に時間を要しました。いろいろと調べてわかったことは、現在、召喚人同盟は内部分裂をしているようです。しかも、エルサ様を襲った過激派はまだ末端で、より組織だったグループが別にいるようなんです (゜д゜) 」
「なんで、ドクロンに説明させんねん?」
「私はこの焼酎ロックを飲まなければいけないからよ」
「そして、過激派ではないのこりのグループもやっかいで、同盟の事実上のリーダーはナイトシティで巨万の富を築いた資産家のようなのです ( ̄∧ ̄) 」
「あいまいやな。リーダーくらい知られてへんの?」
「いえ、創設当時のリーダーは知られています。座間という男です。30年以上も前に転入してきたベテランです。いまの人には知られていませんが、たいへん活躍して異世界人のカリスマとして崇められていました。しかし、実態として彼はいまリーダーの座にはないようですΣ(´д`;)」
「なんか、ややこしなってきたけど」
「もうすぐ、その座間さんが来るわ。あなたに会いたいというから、呼んでおいたの」
エルサは顔を赤くして言う。
「なんやて?」
驚いたハルカは、ジョッキをたたきつけた。
「おい! 桐嶋、勝手なことを。お前そういうところっ、昔っからっ……!!」
ハルカは身を前に乗り出したが、ちょっとゲップがでそうになって口を押さえた。
「何よ?」
「席が足りんやろうがーーっ!」




