【幕間】 フツーの勇者
俺には特徴がない。
もちろん、特長もない。
長所も短所もない。
なにもないのが短所であり、長所であるというロジックを使うしか、個性が表現できない。
勉強もできたっちゃあ、できたし、頭がいいかっつったら、そうでもない。
運動は得意ではないかもしれないと思ったが、自分よりも下は結構いる。
そればかりか、学校で体験したボルタリングでは意外な才能を発揮してしまった。
そうそう、モテなかった。
ぜんぜん、と言いたいところだけど、中学のときにラブレターをもらったことがある。
うれしい、というより、恐ろしくなって、その事実はなかったことにしている。
あの時の〇〇さん、ごめんなさい。まだまだ子どもだったんです。
フツーにクラスでいちばん人気の子に恋していたので、〇〇さんのことぜんぜん知りませんでした。
あとで卒業アルバムをみてしみじみ後悔したのを覚えています。
それから、フツーの成績でフツーの大学に入り、フツーに就職した。
事務処理は得意だったかもしれない。決められたことを確実にこなす、フツーのことだけど、できない人は結構いた。でも、そんなやつらは意外と大きな仕事を成し遂げていた。
大きな失敗をするやつが、大きな成功を掴む。
そういうものなのだろうかと思い始めた時、自分の凡庸さが憎くなってきた。
後輩ができたけど、自分のような凡人がなにかを教えてやれるはずはないと思った。
間違っていても、うまく叱ることができないから、後始末だけをこっそりやっていた。
後輩は、よく聞きにきてくれるから自分が知っている限りのことを教えた。
そいつは、自分の教え方がいちばん丁寧でわかりやすいと言ってくれた。
褒められるのは好きだ。そして頼られるのも気持ちがいいことを知った。
仕事をしていていいことがある、というのはそういう時だった。
ある時、後輩が大きなミスをした。
上司に叱責されている。
とりわけ教育担当としてついていたわけではないが、頼られる存在として、なにかフォローができないかと俺は焦っていた。
「でも、柿崎さんがそうしろって」
後輩から出た言葉に俺は驚いた。
ひどく落ち込んだ。そんなことを言われる筋合いはないし、そんなことを言う人間が信じられなかった。
平気で人を貶める。そんなことは俺は決してできない。
でも、わかっている。
俺はただ、誰にも嫌われたくないだけだ。
なんでもない人間は、好かれることもないだろう。でも、組織や社会で生きていく限り、嫌われることはあり得てしまう。本音を言うと、どちらもいらない。
仕事をしていて嫌なことがある、というのはそういう時だった。
仕事のくぎりがついて、明日は有給をとっている。帰りのコンビニで値がはる季節限定のスイーツに思わず手を出す。その瞬間の幸せ。
仕事のミスに気づいて、それを報告しそびれて、その晩なかなか寝付けず、明け方にようやく眠って、最悪の結果を先取りする悪夢を見て、寝坊する。その瞬間の不幸。
そんな小さいことを繰り返す。
「フツーってなに?」
あの娘は言った。
俺にもよくわからなかったよ。
でも、この世界に来て、君に出会って、でたらめな日常を過ごしていたら、わかったことがある。
泣いたり、叫んだり、辛かったり、楽しかったり、感情が揺さぶられること、人生は結果じゃなくて、良かったり悪かったりを繰り返す。ただ、それだけだ。
裏切られたり、落ち込んだりすることは、これからもずっとある。
でも、同だけの喜びも楽しみがある。
どちらかが多すぎる、と言う人を俺は知らない。
それがフツーだと思う。
だったら、その振り子を大きくすることで変われることはある。
フツーのまま、しょんぼり過ごすことも、成長することも、勇者になることだって、できる。
強くもなく弱くもなく、まんまの俺でこれからも生き続ける。
思い出すなら、涙じゃなく、笑いとともに。
こんな俺でも成し遂げられた。
君を助けることができた。
さあ、いっしょに家に帰ろう。




