004 ざんねんなチュートリアル
阿倍野ハルカは「冒険者になろう亭」で体験クエストに参加することになった。
斡旋されたパーティーは戦士のローン、魔法使いドロシー、ドワーフの戦士ドワールの三人だった。
みな先輩異世界人とのことだ。
フィーナとはここでいったん別れる。
装備一式もレンタルされる。しかし、無料キャンペーン中ではなかったので有料だった。住民カードについているクレジット機能で借金する。引き落としは翌月の25日だ。
長剣と盾、鎖帷子を用意された。
「賢者の意味とは……」
「きみ賢者なんだって?」
戦士ローンが言った。目の下にくまのあるなんだかくたびれたおっさんだ。強そうに見えない。
「ああ、どんなスキルのあるかも知らんでなってもうた」
「賢者はね、賢いんだよ」
「知ってた」
「まあ、でもいまは魔法やら使えないみたいだから、ふつうに剣で戦ってね」
「は、はい」
「それときみのことはなんて呼べばいい?」
「ハルカでいいです」
「それだとちょっと雰囲気にあわないかな」
「いや、門番のひと〈門脇〉やったやん」
「呼び名だけでも、ちゃんと考えようよ。ねぇドワール、なんかいいの考えてよ」
「いやや、そいつもめっちゃ考えてへんやん。ドワーフでドワールっって、バザールデゴザールか!」
「うむ、そうじゃな。ハルカ・デゴザールはどうだ」
「もうパクってるやん」
「いいね。せっかくの異世界ネームだからもじったほうがいいよね」
「却下」
「ハルカスはどうじゃ?」
「それぜったいやめてほしい……」
ハルカは赤くなった。
「じゃあ、カス」
「あかんやろ、ふざけんな」
「ハルカをいじられたくないみたいね」
ドロシーがいう。
「じゃあ、阿倍野からとってベノムはどうかしら」
「悪役やんけ」
「うーん。でも世界観にはあっているわ」
「いや、もう好きに呼んでくれてええ。チュートリアルでお世話になるだけやからな」
「わかったデゴザール」
「ええじゃろう。カス」
「よろしくね。ベノム」
「せめて統一してくれへん? どれもいややけど」
ちなみにローンはあっちで借金を抱えていたかららしい。
「もうにっちもさっちもで、トラックにはねられて異世界に行きたいと思っちゃってね」
「やめろ」
「でも、死ぬと異世界に行けないんだって。あれデマなんだって」
「いや行けるも行けないもマジな話として聞いたことないわ」
「まさかネット申し込みだったとは。冗談かと思ってうっかりローン・カンサイって名前にしちゃったよ」
「やっぱりみんな知らんできてるやん」
「でも、こっちに来られてほんとによかった」
「完済はしてへんけどな。踏み倒しただけやんな」
「ぼくは刀剣マニアでね。ここで本物を手に入れてしかも実際に使えるなんて、ほんとうに最高だよ。もちろん使うだけじゃなくてコレクションもしてるよ。オーダーメードでもかなり作ったかな。魔力を付与することもできてね。カスタマイズが奥深いんだ」
「そっか。たのしそうやな」
「こっちにきたらブラックリストもチャラになってまたカード使えたからね」
「異世界来てなんで同じ轍踏んどんねん」
「ローンは借金するか他人から金をせびるかの二択で生きているわ」
ドロシーが忠告する。
「めっちゃクズやん」
「そうよ。クズよ」
「まあまあ、ふたりとも。あっちでの人生のことは極力聞かないのがマナーだよ。っていうか違法だよ。みんなスネの傷はひとつやふたつではないからね」
ローンが真面目に語る。しかしもはや信用できない。
「ほかにもあるんかい。聞きたないけど」
「そのぶん経験は豊富なんでもっといろいろアドバイスできるけど」
「学ぶことあらへんわ……おい、授業料とる気やろ? 」
「賢者のスキル、使ったのか?」
※ ※ ※
ハルカは数十分、武器の使い方などを教わったが、「まあ、そんな感じでテキトーに」と切り上げられてしまった。
そしてお試し体験クエスト一行は反対側の門から街の外に出る。きょうはレベルの低いモンスターで雰囲気を味わってみるとのことだった。
「なあ、そういや。この世界ってモンスターおんねやな?」
「そりゃそうさ。あたりまえだろう?」
「市役所の人やないやろな?」
「まさか。モンスターはかなり危険だし、冒険もガチだよ。油断していると命を落とすよ」
ローンは真面目に答える。
「そっか。ごめん。ずっとテーマパークみたいやったから」
「死者数も毎日交番に掲示されてるよ」
「せやからそういうのやめろや」
「まあ、実際、見てみればわかるよ。私たちがいるから安全だけど、遊びに行くのとはちがうのよ」
ドロシーもいう。
「でも、異世界市にはおらんけど、ここにはおるっちゅうのはどういうこっちゃ」
「あーなるほど。そこに気づいたか。さすがは賢者デゴザール」
「賢者だけにしてもらってええかな?」
「モンスターはここにしかでないよ。1000年前〈はじまりの大魔導師〉がこの大陸全体に結界を張ったんだ。モンスター討伐を一手に引き受けるためにね。以降も魔術師協会が結界をメンテナンスしていて、簡単には出れないようにしたのさ。だからチャラブリの向こうの異世界市やアカツキ国は安全なんだ。冒険者たちでがんばって討伐しているし、夜になると魔物の力が増すので、ときどき近くのエリアに出てしまうこともあるけど、せいぜいゴブリンが団地エリアに出るくらいだよ」
「そういやそんな忠告されたな」
「ああ、ゴブリンは団地妻が好きだからね」
「まじか。団地なくしたほうがええんちゃう?」
「それも街のほうにいる元冒険者が警備員になっているから退治してくれる。じつはモンスターも転入者で、もともとこの世界にはいないんだ。だから生態もあまりよくはわかっていない」
「へ?」
「昔、異世界人によって技術が発展して銃火器で処分した時代もあったけど、軍事費が財政を圧迫してね。元手のあまりかからない転入者が剣と魔法で戦ってくれた方がコストが抑えられるんだ。だから異世界人の多くはモンスターを退治するのが仕事なのさ。魔物の素材は売れるし、供給の増えた魔力もこの世界では電磁波関係の機器のかわりに利用されているから、増えすぎて困っていた転入者をうまく活用しているんだ。理にかなっているだろう?」
「たしかに。うまいことできてるな。だが金は払わん」
「その疑問はふつう最初に聞くものだし、市役所のパンフにもかいてあるはずじゃ、賢者カスよ」
「ああん、もう!勇者にすればよかったーー!」
「あまりベノムをいじめちゃだめよ。ほら、さっそくモンスターよ。ベノム、私が指示するまで後方待機!」
「おっしゃ!」