012 奪還作戦
「ほんで、何ザキさんやったっけ?」
バニーさんは俺の名を覚えてくれない。
「ザキです。山崎でも高崎でも田崎でも韮崎でも三崎でもありません」
「そっか。なら、ザキさん。ウチの仲間を紹介するわ」
ここはダンジョンC203にいちばん近い村の冒険者集会所。
いまは利用客が少ないのでわれわれだけだった。
バニーさんは軽装戦士の装備をしている。チュニックに革のグローブ、脛当てという姿だ。武器はトゲがついた長柄のモーニングスター(戦棍)、円形のスモールシールド(小楯)。そして黒い眼帯をつけている。はじめて会った時はとくに隻眼でもなかったが。ファッション? あと、なんでバニーガールと呼ばれているのか。
あの日、バニーさんは二つ返事で俺の願いを聞いてくれた。
「正式なクエストをギルドに出してくれ、と言いたいところやけど、ウチの管轄みたいやな。そのエルサって女、運がええで。ウチが出張ったら間違いない」
ほかにバニーさんの仲間は三人。
「このちっちゃいドラゴンは〈伝説の勇者〉の成れの果てや」
バニーさんはちっちゃいレッドドラゴンを指さしていう。
「成れの果てって!」
うわ、しゃべった。しかもいい声。
見た目はわりとかわいいのに。
「どうもはじめまして、〈伝説の勇者〉です」
「あなたの伝説は存じ上げませんが、よろしくお願いします。勇者さん」
とりあえず敬っておこう。なぜ名乗らないのか。
でも勇者って50ポイントで誰でもなれるクラスじゃなかったっけ?
「ま、まあ。そうだね。ぜんぜんいいよっ!」
「ちなみに、この世界では、伝説と勇者と賢者と聖女とチートはインフレを起こしすぎて、まったく特別なもんではない。ただの枕詞や」
バニーさんがさらに水を差す。
「その通りだけど、せつなっ。俺の栄光が・・」
「こっちのエルフはマリン。傭兵や。今日は特別にバイトを休んでもらった」
こちらはバスタードソードという標準的な戦士の装備だが、なぜかビキニアーマーを着ている。
フードマントをしているがチラチラ見える。スタイルがよすぎてチラチラ見てしまう。
「ちょりーす」
そして、クール系の超美人なんだが、なんかぎこちないギャルピースしてくる。
「わざわざバイト休んでもらってすみません」
俺は頭を下げた。
「作戦とは関係ないが、マリン、ピアスあけすぎや」
確かに。
片耳20個ぐらいぶら下がっている。
重すぎてその長い耳が垂れ下がっている。
「えーかわいくない?」
「あと、そのルーズソックスはなんのためや?」
「下半身冷やすといけないんだって」
「なら、そもそもミニスカやめろ。そんでその用途で使うやつおらんやろ」
「え、マジすかっ!」
「それはたぶんギャル用語ではない。それから、つけ爪はさすがに戦闘の邪魔やろ」
「えーこれ、まさかのメドゥーサ柄なんですけど。かわいくなーい?」
「いろんな意味でまさかや」
この人、本当に戦えるのか。
しかし、エルフさんはバニーさんに言われた通りにピアスとつけ爪を外しはじめた。
「あと、こっちのメガネはフィーナ。市役所の職員で元冒険者。回復士や」
「見届け人兼助っ人です」
「あ、よろしくお願いします」
これで自己紹介は一通り終わったようだ。
「……で、なんで俺はこんなかっこうなんです?」
なんとなく黙っていたが、やっぱり言っておこう。
「いや、仲間から見えんかったら困るやろ。まちがって〈やってまう〉かもしれんやろ」
「マントはわかるんですよ。マントは。なんです? このハロウィンみたいなカボチャ頭は?」
「パンプキンヘッドや」
「英語にしただけですよね」
「それしかなかったんだ。すまない」
勇者様が言う。
いや、顔を覆うだけならヘルムでもなんでもほかにいくらでもあるだろう。
「せっかくかぶせるんだから、特殊効果のあるものがいいだろう。きみまだ駆け出しだし?」
「そうなんですが。どんな効果があるんです?」
「精神攻撃無効だ。あらゆるののしりに持ち堪えてきた逸品だ。カボチャ頭ってそう言う意味だぞ」
知らないけど。むしろ、いまの言葉に傷ついたんですけど。
「それで、いちおうギルドのほうでの調査結果ですが」
フィーナさんが言う。
ダンジョンC203はごく一般的な坑道タイプのダンジョンだが、地下2階に居住空間がある。
あまりモンスターも住み着いたことがなく、クエスト対象にならないので放置されている。そういうところには悪党が隠れ家に使うのだという。それはすでに俺も知っていた情報だ。
「市役所の怠慢ちゃうんか」
バニーさんが口をはさむ。
「違いますぅー。古王国の治安は異世界市の責任じゃありませんー。なんだったら、ギルドがわざわざ定期的に見回りクエストを発注してますぅー」
フィーナさんが口をとんがらせて言う。
「あーそうでっかぁー」
ちっちゃい子の口喧嘩みたいになってる。
「じつはその見回りの冒険者のパーティーが人間に襲われたんです。無事に戻りましたが、かなり高レベルだったそうです」
「人数は?」
「その時は、ひとり、だったようです。地下居住区の入り口にいたので、守衛ではないかと」
「ひとり? 冒険者はパーティーやったんやろ?」
「油断した、今度会った時にはぎったんぎったんにしてやる、と言ってましたぁ」
「見事な捨てセリフやな」
「そんな守衛、俺たちがもぐったときにはいなかったです」
あの時はすんなり地下にもぐれた。
「そうですか、では場所が漏れたことで警戒したのかもしれません」
「せやったら、もうおらんのとちゃう?」
「いえ、情報では人は増えているようです。なにか企んでいるかもしれません」
「おいおいっ、そこはちゃんと調べておけよ!」
ドラゴンが唾を飛ばしながらつっこむ。
「勇者ちゃんなら大丈夫じゃね?」
エルフギャルがいう。勇者をちゃんづけしているのか。
「ままま、まあな」
レッドドラゴンが赤くなっている、ような気がする。もともと赤いからわからん。
それでも伝説の勇者さまによると、フィーナさんには3年ものキャリアがあるし、バニーさんとエルフギャルさんはルーキーでありながらとてつもない実力者だと言う。
とてもそんなふうに見えないが。
「ザキさんは勇者といっしよにいちばんうしろからついてきてくれ。戦闘になっても無理はせんでくれよ」
バニーさんが指示する。
「わかりました」
この戦い。俺は無理して連れてきてもらった。本来なら、解呪の儀式を受けて、いくつかのペナルティを受けて、謹慎している身だったが、透明スキルが役に立つかもしれないと、一度限りで同行が許された。これもバニーさんが役所を説得してくれたらしい。
(あまり戦力にならないことはわかっている)
それでも人任せにしたら、もう大事なものを失う気がした。
バニーさんはそれをわかってくれた。
俺は、三度目となるあの廃屋敷に向かう。
道中、モンスターがなぜか多かった。
モブリンというモンスターだ。一つ目のサイクロプスに似たモンスターだが、背格好は人間と同程度、武器などの装備を身に付け、社会性をもっているが、生産性がなく、集団で人間を襲い、奪うことだけを目的としている、ある意味、もっとも人間から嫌われている。魔力が少なく、報酬が少ないが、害が大きいため倒すと補助金が出る。つまりゴブリンだ。
そのモブリン10体程度と遭遇した。
「出たな。ハルカ、やってしまおう」
勇者はいう。
「ああ、いくで」
バニーさんはいうと、指で何か形をつくった。
もしかして忍術!?
「閃光!!」
えっなんだ、まぶしい。目眩しか。
瞼の裏側に赤や緑の残光が滲んでいる。
およそ2分後、ようやく視界が戻った。
バニーさんとマリンさんの足元には倒れたモブリンがいた。
あの目眩しの間にすべて片付けたのか。すごい。
「あー、今日もよくホフった」
エルフギャルがさわやかな感じでいう。
そしてよく見るとバニーさん以外みんなサングラスをかけている。
「そういうことなら、言っておいてくれたら」
「せやった。すまんすまん。これがウチらのやり方でな。敵のターンをつくらんでいっぺんに仕留めるんや。ほかにも罠やら幻覚やらで混乱させてから1ターンで仕留める。あるいは逃げる」
バニーさんは勝ち誇ったようにいう。
「それが忍術なんですね」
「そう、無手勝流の免許皆伝なんや」




