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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 無銘、影虎
2章 最弱とチートと復讐と 編
36/72

011 透明人間

 数日間、俺はグランオートを彷徨っていた。


 とくに意味もなく。

 フラフラとした足取りで歩いては、またどこかに腰をかけて数時間が経つ。

 そんなことを繰り返していた。

 誰もそんな俺を気にかけない。


 なぜなら、俺は誰からも見えないから。


 あれ以来、透明化が戻らない。

 俺も〈ハズレ〉スキルだったようだ。


 街に戻ってから、〈冒険者になろう亭〉に駆け込んだ時、自分がまだ透明なことに気づいた。

「誰か、助けてくれ!」

 そう叫んだが、冒険者たちは一斉に警戒し、武器に手をかけようとした。

「違う、違う!!」

 言葉を発すると、さらにどよめき、ついに剣を抜く者があらわれた。

 このエリアでの抜刀は緊急時以外認められていないから、よほどのことだ。

 俺は踵を返して逃げ出した。

 一度、自分の部屋に戻るが、エルサのことを考えると居ても立ってもいられない。


 あの娘は誰も気にかけてくれないあっちの世界から、こっちにきて、また誰にも気にかけられないまま人生が終わってしまったかもしれない。


 こんなことがあっていいのだろうか。

 俺も似たようなものかもしれないが。

 だけど、彼女は少なくともあっちでできなかった、「世界における自分の存在」をやり直そうとしていたはずだ。正しいか間違っているかは関係なく、〈夢〉があった。

 どうすべきかを探していたはずだ。


俺なんかとは違う


 こんなに胸が苦しくなったのははじめてだ。人が生きているということをはじめて考えたのかもしれない。

報われない、望みが叶わない、そんなことは人生にはたくさんあるだろうと思っていたけれど、それが世界だと思っていたけれど。


俺がそれに立ち向かったことは一度もない。


一度もなかったんだ。ここに来てからも。


 それに気づいて絶望的な気持ちになってしまった。


自分のようなやつが生き残って、彼女のように、異世界に来たからとはいえ、遅かりしてとはいえ、いまさらとはえ、なんであれ、なにかに立ち向かおうとした者の人生が終わるのはおかしくないか!!?


ふざけんな!!!!! くそ異世界!!


 こんなときでも腹は減る。

 かといって食堂にも入れない。

 店で買い出しもできない。


 もう面倒になって、露天で果物を盗んだ。

 手に掴んだ果物は消えることなく、宙に浮いた果物に驚いて声をあげる。

 いまいましい。俺は果物を投げ捨てて、その場を走り去った。


 もう一度、エルサを取り戻すにはどうしたらいいだろう。

 俺一人では無理かもしれない。

 かといって仲間をつのることもできない。

 もうまともに考えることもできなくなっていた。


 途方に暮れてまた歩いていると、ひとりの通行人と目があった。


「えっ!?」

 やっぱり目があった? そんなわけ・・。


「え!?」

 相手も言った。


 完全に目が合っている。

 黒いスカジャンを着た赤ピンクの髪の女。古王都らしくない格好のやつはグランオートまでならよくいるが、なんだかんだで、いろいろと悪目立ちするので、わりと度胸があるんだろう。

 しかし、立ち止まって周囲に注目されている女は、俺に注目しているようだった。

 なによりも、〈右目が光っている〉こわい。


「あんた……幽霊?」


 話しかけてきた!

「え、俺?」

 自分の顔を指差す。


 女は大きく頷く。

「その反応、幽霊とはちゃうな」


「幽霊みたいなものですが」


「いやいや、いやいや――とぼけんなっ。このチート野郎がっ!!!」


 女は猛然とダッシュで向かって走ってきた。


 なんだ、やばい感じだ。

 俺も駆け出す。


「ちょい待てえ!こらあああ!」


 慌てていたのと、とつぜん動いたのであちこちにぶつかる。

 ポルターガイストのように突然、物が撒き散らされる状況に、往来から恐怖の悲鳴のような声があがる。

 ちくしょう、見えているなら、路地に入っても撒けない。

 なら、広い場所の方が駆けやすい。

 角を曲がり、大通りを出る。


「逃すかあ!ボケェええ!」


 俺は全力でかけた。力はもうわずかにしか残っていないが、無我夢中だ。こんなにボケとかコラとか言われたのははじめてだ。

 ここで俺が捕まったら、誰もエルサを助けに行かない。

 正念場だ。


 しかし、女との距離は少し縮まっている。


「くそっ、エルサっ、エルサぁあ!」


 俺は足がからまりそうになるも、必死で逃げた。

 そうして、さっき万引きした果物屋で、カゴに足をかけて派手に転んだ。


「観念せぇっ!」



 ※   ※   ※



 気づいた時にはベッドに横たわっていた。牢獄ではないようだ。

 転倒したのはもとより、空腹と疲労でしばらく意識を失っていた。

 どうやら運ばれてきたようだ。

 目が覚めてあたりを見回す。

 一度来たことがある。古王国にあるギルドの医療施設だ。

 ギルドだから異世界市が運営している。


「気ぃついたんか?」

 大阪弁の女のが聞こえた。あの時追い回してきた女だ。


「あ、ええ……」


「ウチはこういうもんや」

 魔力デバイスでプロフを出してきた。


 ——————

 阿倍野ハルカ

 21歳 ヒューマン

 職業クラス 忍者ニンジャ

 異世界市冒険ギルド課嘱託職員

 特命「闇チートスキルに関する捜査および逮捕」

 ——————


 生まれてはじめて「忍者」に会った。

 赤ピンクの派手な髪色の忍者はアリなの?

 本当に忍んでいるの?


「闇チートの調査をしている」


赤ピンクの髪で、チート狩をしている人物は聞いたことがある。

「もしかして、うわさの外道バニー……」


「いや、正しくは外道チートスキル殲滅バニーガー……ちゃう、そのあだ名も誰かが勝手に言うとるだけやねん。恥ずいからやめてくれ」


「バニーさんには俺が見えるんですね」


「いや、ときどき見えるだけや。見えてはいかんもんが見える呪いらしい……ていうか誰がバニーさんや」

 よく見ると、さっきはしていなかった眼帯をしている。


「いまはどこにいるかわかるようにニット帽かぶせてあるからな」


「はっ」

 なんか暑いと思ったらいろいろ着せられているうえに帽子にマスクをつけられている感覚だ。

 その時、俺は気づいた。全身にいろいろ着込めば俺は人間と認識されたのではないか。

 怪しいのには変わらんが。


「自分が最初に身につけてた装備品はいっしょに透明になっとるようやで。ほれ」

 といって放り渡されるが、たしかに重さと感触はあるが、目には見えない。

 どうやら皮の胸当てのようだ。


「永久に透明にできる魔法なんてないから、それはそれですごいから、なんかに使えると思うたが、これをほかの人間が裸で身につけたら、見た目はただの裸や。なんもおもろいことなかった」

「はあ……」

「それより詳しく話聞かせてもらおうか」


 とりあえず、チートを手に入れた経緯と、仲間が殺されて身を隠していたところまでを話した。


「どいつもこいつもチート、チート。なんで努力を否定すんねん」

 バニーさんは「おこ」のようだ。


「バニーさんは努力されたんですね」


「そうや、自分で努力して手に入れた力やから、まがいもんやない自信がある。それこそ永遠に終わらんかのような厳しい忍者修行を積んだんや。……1か月とちょっと」


「短い! わりと手軽! 修行というより研修!」


「時間やない。濃さや」

 腕組みして見下ろされているせいか、ぐぅのねも出ない。


「まあ、それはおいといてー。なんでギルドに言わんかったんや?」


「捕まると思って」


「アホやな。闇チートで配ってんの、ほぼ呪いやで」


「やっぱり、呪いなんですか」


「まあ、最近の調査でわかったことやけど。強力なチートほど呪いは強くなる」


「というと?」


「しょぼいので言ったら〈暗黒魔法〉やな」


「それはしょぼいんですか」


「自分の周囲3メートルの光が消せるんやけど、戦闘では使われへん。自分の視界もおしまい。解除できなくなったら、お先真っ暗や」


「人生オワタですね」


「あと自分が受けた痛みを攻撃してきた相手に返すチートもあったな。痛みはぶつけられるけどダメージはそのままやったみたいで、そいつ〈無駄無駄無駄無駄あっ!〉て言いながら病院送りになってもうたわ」

 ほんとにろくなのがないな。


「ほんで、透明化のスキルは三人目や。前の二人は女風呂で逮捕されとる」


(やっぱり笑)

「ちなみにその人たちはどうなったんですか?」

 俺のように透明が解除されなくなったんだろうか。


「能力を身につけてすぐでまっさきに風呂に行きよって捕まったから、すぐに解呪されたな。ああ、いちおう、能力を使った違法行為がなければ、まあ、なんかしらのペナルティはあるけど、捕まりはせんで。もちろんチートは強制解除や」


「えっ、解除できるんですか?」


「ああ。五大聖女のひとり、キュアカースという人のところに行って、解呪の儀式せなあかんけどな。すごい聖女なんで、めっちゃコッチが高いらしい。残念ながら自己負担や」


 バニーは指でわっかをつくっている。若い世代とは思えないマネージェスチャー。

 いくらかは知らないが、なんかとんでもない高額に思える。

 異世界に飛ばされて、ちょっとした詐欺に遭ったようなものなのに、救済措置はないのか。


「五大聖女ってなんですか?」

 なんか聖女は製薬会社に勤めて薬をつくっている職業と聞いたような気がするけど。


「知らんのか? まあ知らんか。失われた古代魔法が使える究極ヒーラーたちや。それぞれ得意な治癒魔法があってな、たいていのもんが治せるというんで、もう一部では神様扱いや。

 それぞれ、キュアポイズン(絶対解毒)、キュアカース(絶対解呪)、キュアパラライズ(絶対可動)、キュアダークネス(絶対夜明)、キュアネガティブ(絶対頑張る)ゆうんや。巷では5人あわせて……」


「い、いや、いいです。ユニット名は。いいです。なんか、なんつーか」


「そうか。まあ、ちなみにけっこうな呪いなんで身につけてから三か月以上だと解除できなくなった例もある。ジブンどれくらいや?」

 俺は思い返してみる。二ヶ月は経っていないな。


「あっ! エルサは!」

 俺は布団を跳ね除け、ガバっと上体を起こした。


「…………エルサ?」


「お願いです! どうかエルサを助けてください!!」

 俺はバニーさんの手を掴んで懇願した。


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