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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 日向影虎
1章 ざんねんな異世界 編
3/71

003 ざんねんなギルド

 翌朝、目覚めるとやっぱり髪が赤ピンクだったので、サイドテールにしてみた。

 毛量が、すごい。

 しかし、よく見ると昨日感じたほど別人の顔という感じはしない。こんな顔だったような気もする。というか、自分の顔、忘れたのかもしれない。


 呼び鈴が鳴った。


「阿倍野さん、おはよーございまーす」

 ドアを開けるとメガネをかけた女性がいた。髪は三つ編みに束ねて右肩におろしている。色はふつうだ。というか、自然だ。きのうシルバー人材の人が言っていた市役所の人だろう。


「おはようございます」

 ハルカはあいさつした。


「ずいぶん落ち着いたみたいですね」

「ああ、はい」

「昨日はしつけのなっていない犬みたいに興奮状態でたいへんだったって中村課長がいってました」

「感じわるっ。なんで陰口お伝えすんねん。まあええわ・・・中村さんて受付の?」

 じつは昨日、中村の夢を見た。思い出して顔が赤くなった。そんな夢だ。

「はい、異世界転入サポート課の課長です。忙しいので今日は下っ端の私が来ました」

「よろしく。えーと阿倍野ハルカです」

 なんとなく登録された名を名乗った。本名を名乗るのがはずかしい気がした。


「私はサポート課のデルフィーナ・レスフィーナですぅー」

「ん?」

「フィーナと呼んでください」

「え?」

「え?」

 名前も日本人と同じだとハルカは思い込んでいた。


 戸惑っているとフィーナが見透かしたかのように答える。

「私も転入者なんです。だから異世界ネームです」


「異世界ネームゆうんや……」

 ファンタジー風につけるのはゲームなら不自然ではないが、いまは違和感が半端ない。

 名前と年齢だけは自称(例の申請フォーム)で登録されるらしい。こちらの世界では確認する方法もないし、必要もないということだ。


 フィーナは3年前に転入して、冒険者をやっていたが、いまは市役所勤務ということらしい。

「だから先輩でもあります。なんでも聞いてくださいね」

「はい、よろしく……」

(なんやねん前職冒険者の市役所職員て)

 なんだか調子が狂う。


 フィーナはハルカの仮住まいにあがって、自分でお茶を淹れはじめた。

「阿倍野さんは関西の方なんですか?」

「いや、千葉や」

「あら、じゃあなんで関西弁?」

「あーうーん、大学が関西で。なじもうと思って練習してたんや。あんまし使ったことないけどな」

「いま、めっちゃ使ってますけど」

「つっこみどころが多いからやろ。知らんけど」

「うふ。おもしろい方ですね」

「ふぃ、フィーナさんは、あっちではどんなんやったん?」

「だめですぅー。あっちでのことを聞くのはマナー違反ですぅー。というか違法に近いですぅー。やり直したい人も多いので」

「ならウチにも聞かんといてぇや・・」

「うふ」

 口に手をあてておくゆかしく笑うが、わざとらしいセリフのようだった。

「うふ、不愉快。」

 とりあえずやり返してみた。


「ところで初対面の中村さんにいきなり告ったらしいですね」

「し、してへんわ! あいつが言うたんか。ダサイ男やわ」

「違います! 中村さんはそんな人ではありませんんー」

 フィーナは口をとんがらせている。漫画でしか見ないやつだ。

 しかも三つ編みがグルングルン回っている ように見える。

「あれっ?」

 ハルカは目をこすった。

「あまりにおっきな声だったから・・・。そんなやりとりのような気がして」

 フィーナはまだ話を続けている。

「中村さんに聞かんかったん?」

「聞けるわけないじゃないですか。そ、それで、どどど、どういう話だったんでしょうか?!」

 急に挙動が不審になった。

「うん……なんかゴメン。とんでもない誤解やから安心して・・」

 それを聞くとフィーナはケロリとして表情を変えた。

(安心せい!! ウチこう見えてラブコメ愛読者や!! 見えたでっ!! フィーナは中村さんに片思い、っと)

 ハルカは心にメモった。


 落ち着いたふたりは緑茶をすする。ゆったりとした朝の時間。

「意外と落ち着いてますね。転入したてのときは混乱したり、なかなか現実を受け入れられなかったりするものですよ」

「もっと異世界っぽかったらな。千葉から大阪にきたときと大してかわらへん」

「大阪を異世界扱いするとは」

「いや、ここが異世界やなさすぎるんやろ。ぶっちゃけいっしょやん。じつのところホンマは日本なんやろ?」

「おんなじところもありますし、そうでないところもありますよ。異世界転入者がすごくふえた時期に、あっちの知識やら技術などを好き勝手に伝えてしまって。結局、どんどんあっちに近づいてしまったというのはたしかにありますし、文明的にも同レベルです。しかもお察しの通り、日本からの転入者ばかりなので、もう日本と言われても言い返せないです」

「責めてるわけやないけど。未来の知識マウンティングはもうでけへんのやな。お好み焼きつくって、〈どや?うまいやろ!すごいやろ、日本の食!ひれふせ!〉ってやったろうと思うとったのに」

「そういうの、だいたいやり尽くされて、いまがあるんですよ」

「うん、やっぱりな」

「いま、この異世界市があるのはアカツキという島からナルニワ大陸に突き刺さるようにのびたヴァリス半島の先端にあります。ただ、ガイダンスにあった通り、異世界人が立ち入れる異世界市、学園都市、電脳都市はいずれもアカツキ国にありながら、強い自治権を認められています。ナルニワ大陸とアカツキ国をつなぐために中立をとっているということなんです」

「なんか、ややこしいな」

「まあ、百聞は一見にしかずですよ」

「ほんで今日はどこに案内してくれるんですか」

「冒険者エリア――ナルニワ大陸にいきましょう。まだ異世界な感じがしてないと思うので」

 まったく。このままじゃ異世界損というやつである。

「うん。じつはちょっと楽しみ」


 ※  ※  ※


「市役所やん」

 戻ってきた。

「古王国に行くには冒険者ギルドで登録しておかないといけないんです」

「市役所やん」

「中に冒険者ギルド課がありますから」

「課になってるやん」

 住民登録をした転入者サポート課は1Fだったが、冒険者ギルド課は2Fだった。

「こんにちわー」

 フィーナが手を振って挨拶したのは、筋骨隆々皮の鎧を身につけた隻眼の男だった。

 いかにも歴戦の強者といった感じだ。


「新しい冒険者か。まあ座んな」

 受付設備が1Fと同じだった。

「雰囲気ぶち壊しやなー。市役所にコスプレのオッチャンがいるんと変わらんで」

「新しい冒険者か。まあ座んな」

「なんでおんなじこと言うた。もうバリエーションないんか」

「お前が座るまで繰り返すことになっている」

「座ってへんのにもう規則マニュアル破っとるやん」

 ハルカは腰掛けた。

「冒険者ギルドへようこそ。俺はギルド長の田中だ」

「ファンタジー風の名前にせーや」

「田中さんはこっちの人なんです」

「すいません」


「さっそくだが登録を始めよう。住民カードを見せてもらえるか」

「あ、これね」

 昨日、渡されていた。ギルドマスターはなんかの機械にカードを差し込む。

 すると、ハルカの目の前にタブレットサイズのモニターが宙空にあらわれた。

「えっ?すごっ」

 なんかそれ系のアニメで見るやつだ。魔法の技術なんだろうか。

 まるで異世界。やっと異世界。


「なんだ無職か」

「初期設定で飛ばしてしまったみたいなんです」

 フィーナがフォローする。

「なら、いまから設定だな」

「お、いまからできるん。どんな職業があんの?」

 ハルカは目を輝かせた。

「見てみるか」

 田中さんはそういうとハルカのほうに向かって手のひらをかざした。

 するとこちら向きの別のモニターがあらわれる。

 おそるおそる触れてみるとまさにタッチパネルだ。しかも日本語だ。

 職業のリストのようなものが出ている。


「職業の隣にあるんはなに?」


「その職業につくためのジョブポイントだ」


「なるほどー」


 スクロールさせてみる。

 村人 500jp

(村人は職業ちゃうやろ)

 狩人 400jp

(なにで生計たててるんかな)

 農夫 400jp

(村人は働いてないんかい)

 旅人 1000jp

(これもずっと出かけとったらなれるやろ)

 戦士 2000jp

(こっからにせーよ)

 僧侶 5000jp

(へー僧侶のほうが高いんや・・)

 盗賊 6000jp

(・・は、犯罪者のほうが上なんや)

 魔術師 7000jp

(出た。異世界ならではやな)

 奇術師 7000jp

(ん? マジックじゃなくてトリック?)

 手品師 7000jp

(いや、マジックやけれども・・)

 医師 35000jp

(急に高いっ。たしかに狭き門)

 騎士 60000jp

(医師よりも騎士か・・)

 棋士 60000jp

(騎士と一緒なんか・・)

 弁護士 90000jp

(騎士よりも高いんか・・)

 ひよこ鑑定士 90000jp

(弁護士と一緒なんか・・)

 忍者 290000jp

(桁違いっ!)

 芸者 300000jp

(もっとうえ!)

 編集者 700jp

(わからん・・)

 無職 350jp

(リストにいれんな!)

 勇者  10jp

(・・・・)


「勇者おつ・・・」

「希望者が多くて価値が暴落しちゃったんです」

「勇者だらけなんか・・」

「いえ、いまはみんな転職してるからほぼいません」

「しかしリスト多すぎやな。全部に目ぇ通されへんくらいあるわ」

「まぁ、阿倍野さんはまだ見学だし、なんでもいいんじゃないですか?」

「なら無職のままでええやん」

「それが無職だけはだめなんです」

「え?でもリストにあるやん」

「無職は異世界市の外には出られない決まりなんです」


「いったんなんか選ばないかんのか。なら旅人でええわ」

「ジョブポイントが足らないですね。この間まで新人に限ってキャンペーンで10000jp以下のものがポイント消費なしで選べたんですが」

「なんのキャンペーン?」

「新春フレッシャーズキャンペーンですね。もうすぐ新緑5月病をふきとばせキャンペーン、そのあと初夏のジューンブライドガチャ・・なんだかんだ一年中やってますけど」

「凪期間なんや・・ていうかガチャっていわんかった?」

「逆にすごいです。タイミングが、逆に」

「そしたら、逆にいま何ポイントあるんや?」

「初期で50jpだ。あとは活躍次第で増やせる」

 田中さんがかわりに答えた。

「勇者一択やんけ」

「いえ、賢者もありますわ」

「何ポイント?」

「同じですよ」

「あーこっちも暴落したんか・・わからん。どっちがええの?」

「勇ましさをとるなら勇者ですね。賢さなら賢者です」

「知ってた」

「阿倍野さんのイメージなら勇者ですね」

「よし、賢者にするわ」


「うむ。ではギルド会員証を発行しよう」

「おっ……あれ住民カードやん」

「異世界市ではカードはこれで一枚で済むようになってるんです。健康保険証も兼ねているからなくさないでくださいね」

「……ですよね」

「それじゃ行きましょうか」


 そうして市役所を出て向かったのは地下にあるバスロータリー。ちなみにB1が職員の食堂だったので、バスロータリーはB2にあたる。

 たしかに冒険者エリア「ナルニワ大陸」行きがあった。見るからに戦士や魔術師がいる。ハロウインパーティーに向かうコスプレ集団のように見えた。


 バスは出発してから40分以上、地下トンネルだった。この上は山であるらしかった。地上に出るといきなり海が広がった。海峡をわたる橋の上だ。

「アドベンチャラーズブリッジでございまぁす」

 フィーナがバスガイド風に言った。

「略してチャラブリです」

 メガネをくいっからのドヤ顔。恐れ入る箇所がわからない。

 20分ほど走って対岸に着く。バスロータリーのまわりはいきなり鬱蒼とした森だった。

「さあ、ここからは徒歩です」

 フィーナが言った。

 そこからは林道を徒歩で約15分。

「そろそろ見えてきましたね」


 そこは見晴らしのよい場所だった。眼前に広がるのは城壁に囲まれた都市、点在する砦のようなもの、大きな湖、遠くには塔がそびえたっていた。全景が視界に入りきらないほどの広大さ。

「や、やっ」

 阿倍野ハルカはここにきてはじめて胸の高鳴りをおぼえた。

「やるやないかーーー!!」

 フィーナがそれを見て微笑む。

「すごいでしょう! 私もはじめてきた時は感動しました」

 眼下の土地に降りるにはエスカレーター、とはいっても文明のそれではない、魔力で動いていると思われる自動昇降階段によってであった。


 冒険者エリアに降り立つと城門はすぐだった。

 チェインメイルを装備してハルバードを手にする門番が二人いる。

「おい、もしかしてドワーフ! あれも異世界人?」

 ハルカは興奮している。

「いえ、お二人はジモティです。門田さんと門脇さんです」

「だとしたら絶対名前で選んどるやろ。そんでドワーフって言ってすみませんでした」

「いえ、ドワーフですよ。エルフもドワーフも獣人ももともとこの世界にはいる種族です」

「もう、マジ混乱する……」

 ハルカは頭を掻きむしった。

「異世界ですから。慣れませんよね」

「この異世界は常識なさすぎるんやっ・・て異世界の常識ってなんや!?」

 ぶつぶつと言いつつ住民カードを提示すると無事、街に入れた。


 街中はかなり広い。

「ここがナルニワ最大の王国、レダの王都グランオートです」

「王都かーアガるぅー」

 石造の街並み、木製の看板。少し離れた大きな広場からは楽隊の演奏が聞こえる。

 近代建築はひとつもない。

 やっとイメージに違わない景色に出会えた。

「ちょっとそこのお店にはいりましょう。冒険者が街に入ったらまず立ち寄る場所です。ここでクエストとか受けたりするアレなんですよ」

「ほう、ありがちやけどええな……あれ?」

 街の広場に目立つ建物、看板に「冒険者になろう亭」と書いてある。


「どうしました?」


「ここが冒険者ギルドでよかったやろ」


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