003 闇チート
別の日、「冒険者になろう亭」でコーヒーを飲んでいると、紫色のローブをまとった人物に話しかけられた。いかにも魔術師。
「あなた、ちょっといいかしら?」
ローブの人物はフードをはずした。若い女性だった。なんかジトーっとした目をしている。そして、見下している。コワイ。
勝手に向かいの席に座ると、話し始めた。
「最近来た転入者よね?」
なんだかわからんが、うなずく。
「その様子じゃ。この世界に幻滅したようね」
どんな様子だったんだろう。
でも、まあ、その通りかもしれない。
これじゃあっちとなにもかわらんなあ、と思っていたところだ。
あっちでも特にやりたいことがなかった。生活のために仕事をこなし、休日はのめり込むほどでもない趣味に時間を費やした。
年齢的にも折り返し地点、なんとなく先が見えてきた俺は、異世界に来てもなにも特別な存在ではなく、やりたいことすら見つからず、流されるままに日々を過ごすイメージしかない。
「たしかに思ってたのとは違いましたね。世界観とか」
「そうっそれ! この異世界、期待外れもいいところのクソなのよ」
急に女が大声を出すのでびびる。なんかあったのか。
「でも、気分転換ぐらいにはなってますよ」
「何言ってるのよ! せっかく来たんだから楽しまなきゃ!」
ああ、なんか、あっちでも何度か聞かされたセリフだな。
「いや、『せっかく海に来たんだから』のテンションで言われても」
「そうよ、ここが海ならあなたは死んだ魚よ!」
「へっ!? それをいうなら、〈死んだ魚みたいな目〉でわ? 」
なぜ俺は自分を貶める説明をしなくてはならないのか。
「どっちにしろ死んでるのに変わらないわ、あーいらつくっ!!」
なんて一方的で気が短い女だ。
「で、なんの用です?」
「手助けをしてあげるわ。あなたの異世界ライフ」
「市役所の方ですか?」
「私も異世界人よ」
女はエルサと名乗った。
異世界歴は半年以上、職業は魔術師だという。
そして懐からなにかを取り出した。色のついた気体が中でうごめいている怪しげなアンプルだ。
「これね。大きな声じゃいえないけど、チートアイテムよ」
「間に合っています」
「夜店のおもちゃとは違うわ。正真正銘の古代魔法よ」
この世では古代魔法は現代人には再現できない超強力なものとされている。
ほんとにいたのか。闇チート屋。
とはいえ、あのグダグタな光景を見せられた俺はまともにとりあうつもりはない。
「えっ? チートって神様とかからもらえるやつでは?」
いちおうとぼけてみる。
「そういうのがないのよ、ここは。だいたい神様ってそんなに気軽に会えるの?」
「そう言われてみれば」
「これをあなたにあげる。実はどんな魔法、あるいはスキル?っていうのかな。わからないんだけど、古代魔法の力を秘めているわ」
「え? ガチャなんですか?」
「そうよガチャよ」
「そういうのだいたいハズレですよね?」
「ハズレかと思ったら使い方しだいでチートは定番だわ」
「パターンですね」
「そうよパターンよ」
「で、なんで俺に? お金ならないですよ?」
「いいの、これはタダ。召喚人同盟という組織があってね。この世界をすこしでも転入者――同盟では召喚人と呼んでいるけど――によい環境にしようとしている組織があるの。言ってみれば市役所のやっている冒険者ギルトとは別のギルドよ。召喚人だけで構成されているの。メンバーになる条件としては召喚同盟のクエスト以外は受けないこと。それだけ」
無料ガチャ。
はっきり言ってめちゃくちゃ怪しい。
どうやって断ろうか。
「あなた断ろうとしていない? 海に来てまでダウンジャケットを脱がないつもり?」
「俺、ダウンジャケット着てたんですね……」
「そうよ。自分の殻という名のダウンジャケットよ」
「脱ぎ捨てろと?」
この人、本気でうまいこと言っているつもりなのかな。
「そうよ。少しも寒くないわ」
「……」
「いいわ。私のスキルを見せてあげる。その強さを見てから考えるでもいいわ」
そう言われてなんとなくついて行くことにした。
※ ※ ※
コボルトという人型犬の魔獣が出没する森のエリアだ。
コボルトは雑魚ではあるが、初心者はわりと苦労する。野犬ですら怖いのに、武器持って襲ってくるから。
しばらくすると気配と足音がし、犬の唸り声が聞こえたかと思うとすでに取り囲まれていた。エルサは俺に盾で防御するのに専念していればいいという。
そして、短剣を取り出した。
え、魔術師じゃないの?
コボルトは犬に似た魔獣だが二足歩行で武器をもっている。間合いをとりながら、一匹がエルサに襲いかかる。エルサは振り下ろされた剣を腕で防いだ。
そのまま受け止めたのである。
冒険者半年レベルのGPは脆い。ひとつ間違えば大きな傷を負う。
ヒーラーがいない状況でそれは愚かな行為でしかなかった。
しかし、エルサは傷一つ受けないどころか、衝撃も感じていないようだ。
想定外の事態に戸惑っているコボルトの喉にエルサの短剣がぐさり。
次に襲いかかったコボルトはエルサの足に噛み付いたが、これもなんのダメージも与えられず、そのまま仕留められた。数匹を倒すと、残りは離散していった。
「すごい……」
「どう? もっと派手に見せてあげてもよかったのだけれど」
「無敵のスキルってことですか?」
「言ってみれば物理無効。試してはいないけど魔法攻撃もたいてい無効のはずよ」
つまり、エルサの古代魔法チートはGPが無限にあって失われないということらしい。
たしかにゲームならゲームでなくなるくらいの性能だ。
もし同様のものが手に入るなら冒険者としては低レベルでも楽になるだろう。
どうせハズレでもとくに問題はない。
少しだけ興味がでてきた。
「チートスキルは違法って聞きましたけど」
もうぶっちゃけ聞いてみよう。
「やっぱり知ってたのね。あなたお役所のまわしもの?」
「いえ、違いますけど」
「お役所はね、召喚人が強くなるのと困るのよ。まだ来たばかりだから知らないでしょうけど、私たちは差別されているの。たとえば、召喚人には選挙権、被選挙権、土地の所有、現地人との婚姻……などが認められていないわ。完全な差別よね」
それは、市役所のガイダンスでも聞いている。が、あまり気にしていなかった。
そもそも政治に関心があるなら、選挙に行く。
なるほど、俺たちは結局、異邦人ってことか。
でも、いいじゃないか。お上に守られて平穏に暮らすなら、「あっち」でもできるけど、明確に体制と対立するなんてここならではかもしれない。
そう思ってしまった。
グレーぐらいの生き方ならやってみたい。異世界の恥はかき捨てかもしれない。
いや、しかし、やっぱりスローライフができるならそれに越したことはないか。
「あっちの世界みたいにおとなしく暮らすのってばかばかしくない? どっちにしろすることがないなら、私の冒険に付き合って。ちょうど仕事をするメンバーを探しいていたの」
付き合って?
なんて甘美な響きだろうか。
体育倉庫に荷物運ぶの付き合って。
上司に仕事のミスを報告するのを付き合って。
残業に付き合って。
女性から言われた人生三大付き合ってに比べてもかなり魅力的だ。
そうだな、こんなに若い子からお誘いを受けることもないし、などと考えてみたが、もう受け入れるための言い訳を探していることに気づいた。
「いいですよ。ほかにやることもないし」
その後、アンプルという名のガチャが手渡された。
そうして手に入れたチートスキル。
〈インジビジブル〉
あこがれの透明人間だった。




