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ざんねんな異世界の冒険者たち  作者: 日向小次郎影虎
1章 ざんねんな異世界 編
23/70

021 ざんねんな異世界

 背後の爆発がおさまるイメージから、すっと立ち上がる。

 もちろん爆発はしていない。

 ガイコツの頭が地に落ちると、その身体も役目を終え朽ちていくかのように魔力が蒸発していく。

(やったで。決まった! きっもちいいーーーー!)

 ハルカは着地しながら余韻を楽しんでいた。


 そのとき、魔眼が光出す。焼けるような熱さに似た感覚があって、ハルカは思わず眼帯をはずす。

 すると、光は守護者ガーディアンの骸に照射される。それから今度は大量のエネルギーが逆流してくる感覚があった。

「うわっうわっ、なんや!」

 ハルカは動揺したが、それらは刹那の出来事だったようだ。


 なんやったんや、いまの……。

 まさか、また厨二病設定が増えるのか。

 さんざん厨二マインドを満喫したにもかかわらず、そんなことを思った。


 そうこうしているうちに檻にかかった呪縛が解け、冒険者たちが喝采をあげながらなだれ出てくる。

 大歓声に包まれるハルカたち。


 仲間たちが駆け寄ってくる。

「阿倍野さん、やりました! やりましたよ!」

 フィーナが感動して泣いている。


「ハルカ、やってくれたな……」

 勇者は複雑な感想。必殺技の名前を叫ぶのは力を集中させるための訓練で、ある意味冗談でやっていたお遊びだ。まさか本番でやるとは。

「すまん。ついハイになってもうて。でもキマったな!」

 ハルカはぐっと親指を立てる。

「勝手に他人の技名を騙るな。せめてオリジナルで」

「言いたかったんやもん」

 そう。あれはただの通常攻撃である。

 ちなみにバニー装備は勇者の変身魔法などを駆使して武装アイテムで出し入れ自動装備できるようになっていた。これにより時間限定で装着できる奥の手になっていた。

 ハルカ自身が肉体と精神を鍛えていけば徐々に身体の負担は軽減され、それに伴って活動可能時間はながくなるというが、いまのところせいぜい1日に10分だという。

 ただ、わりと一瞬で着替えられてしまって、魔法少女の変身シーンを再現したかった勇者には不満の出来であった。


 ハルカは大歓声に居心地の悪さを感じながらも、まりんのことを気にかけていた。人が入り乱れていて、すっかり取り囲まれてしまっている。


 しかし、その前にあの女――エルサと目が合ってしまった。

「ありがとう。助かった。あなた……だったのね?」


「……もう関係あらへん」


「そういえば、なんで関西弁なの?」


「お前の知っているやつとは別人やからや。お前はエルサ、ウチは阿倍野ハルカや」


 あのときのことを蒸し返して人格を否定するくらい罵倒してもいいかもしれない、そうでなくても嫌味の一つでも言っていいかもしれない。だけどそれをしたら、自分は阿倍野ハルカではなくなる。この世界の住人ではなくなるような気がした。

 少しだけ好きになった自分にお別れをしたくない。


「……そうね」


 何かを含んだような返事だったが、ハルカはもう心を乱されることはなかった。

 トモと話すことができてからようやく過去になった。


 そして人混みからあの声が聞こえる。

「ハルカす!」

 ハルカは声の主を視線で追う。その姿を見つけた時にはもう眼前にいた。

「ハルカす!」

 マリンはもう一度言うと、跳ねるように抱きついてきた。

「マリン!」

 そう言ったあと、いろんなものが一挙に込み上げてきて、秒で泣いてしまった。おさえることもせず、子どものように泣きじゃくった。


 ※  ※  ※


「あ、ども。いやーお手柄でしたね」

 中村はハルカの姿を見るなりに言った。ご機嫌だ。

 ここは市役所。

 ハルカはクエストの達成手続きをしに冒険者ギルド課を訪れていた。


 冒険者ランクは、

『あいつ見どころがあるな』

 をいっきに飛び越えて、

『お前ならやれると信じていたさ』

 に昇格した。

 どれくらい上がったのかにはもう興味がない。


 中村のところにはその後ついでに寄った。

 フィーナが来てくれたのは直接的にしろ、間接的にしろ中村のおかげだろう。

 あらためて礼を伝えると、中村は怪訝そうな顔をする。

「いえ、知りませんけど」

「いや、えっ?」

 え、またしらばっくれている? かっこつけてるの? 陰ながら助けたことにしたいの?

「でもたしかに彼女にしてみれば仕事での評価にもならないのになんの得が?」

「は?」

 そっちもしらばっくれるの? わざと?

 でも、もし本当ならここで自分がそれを説明してはいけない。

 ハルカは以前にそれで痛い目に遭っている。

 とりあえず「しらばっくれの中村」には触らないようにしよう。


「それにしても、なんですか。あんなにやる気がなかったというのに」

「やる気はいまでもぼちぼちや」

「と言いながら厨二病設定をがんがんぶっこんできて、ずいぶんとお楽しみのようですが」

「いや、お恥ずかしい限りで」

「あれだけ茶化しときながら」

「はい。ぐぅのねもでません!」

 中村は羞恥プレイの性癖があるブタ野郎かもしれない。いやいまブタなのは自分か。


「まあ、市としては超結果オーライです。ここでの冒険もそんなに捨てたもんじゃないなっていう目を細めて思いに浸る異世界人が増えてきたようで。またギルドのほうも活気づいていますよ」

「みんなけっこうな絶望してたんか。なにがあったんや」

「まあ、そうでなくてもだいたい3年くらいでみんな引退しちゃいますね。自分はプロにはなれないって」

「高校球児か」


「最近は、そもそも冒険に出ない人が多いので。若い人なんか学園都市のほうに流れちゃって」

「10代の子、そんなに多いん?」

「まあ、けっこういますが、別に年齢制限はないんですよ」

「えっ、おっちゃんおばちゃんでも?」

 制服を着ている姿を想像してしまった。またカオスな感じなのか。

「はい。入学金を払えば入れますし、最終試験に合格すれば卒業です」

「ずっと居座ってるやつおりそうやな」

「うーん、授業料やら生活費が自己負担ですから、無収入の学生はバイトをたくさんしないといけないのできついですよ。で、けっきょく恋愛する時間がなくてバイト先の先輩とみんなくっつきますね」

「みんなって。バイト先の先輩つよ」

「なんなら入学してみます? 冒険者との兼任は可能ですよ」

 失われた高校生活がとりもどせるかもしれない。ハルカはちょっと心動かされたが、わざわざまた嫌な思いをするような気もして怖い。


「もちろん、こちらとしては冒険に専念してくれた方がありがたいです。お金も稼げますし、ダイエットにもなりますし、ちょっとした有名人にもなれますし」

「よくよく考えたら、学園生活と冒険者の二択ってどんな状況やねん。ダイエット効果でおすすめされんのもあれやな。いろいろあれやわ」

「つっこみが心なしか弱いというかおとなしいですね」

「手のつけられん犬やって悪口ゆうてたんのお前やろが!!」

「それそれ」

 中村はちっちゃい拍手をして小馬鹿にしている。かなりムカついてきたが、思うツボなのでいったん深呼吸する。


「まあ、冒険はあっちではできんし。みんな一度くらいやったらええのにな」

「いやー、すっかり〈こっち側〉の人になりましたね。広報大使に就任してほしいくらいです」

 中村はにやにやしている。

 ハルカはぞわっとした。「冒険者になろう」と書かれているポスターに満面の笑みを浮かべる自分を想像して。一日冒険者ギルド長とかもやってそう。

「ない、絶対ない!!」

「からのー?」

「その手に乗るか!!」

「結構本気だったんですけどね」


「あとはのんびりやりますんで」

「いやいや、世間が許しませんよ。テレビにも出ちゃったし」

 ハルカは思い出していた。

 帰還後、『月間異世界』やら『CS冒険チャンネル』の取材があったことに。いずれも古王国と異世界市だけを中心にしたローカルメディアだといわれたが、顔出しを断った。「はやりの実力隠しですか」と詰められたが、もちろんはずかしいだけだった。結局、押しの強さに負けてしまい、あごから下の撮影で許可したが、音声が変えられて逆に万引き犯みたいになっていた。


 メディアでは「伝説の賢者」の見出しが踊った。

「伝説になるのが早すぎる! むしろ故人になった気分やわ!」

 深夜のコンビニで雑誌をひろげてハルカは叫んだものだ。近所迷惑だ。

「そんで、いまさらやけど、賢者ってなんなん? ウチのどこにその要素ある?」

 という独り言も言っていた。店員が不審者通報しようか迷っていた。


 ミサモはボス攻略後すぐに行方をくらましていた。というかたぶん、とんずらした。フィーナが戻って市には報告したらしいが、マスコミには伏せられて処理された。税金を投入した探索隊だったのでこの茶番は問題になったが、不問になった。実際、モンスターがいたことだし、どう扱っていいのかわからなかった行政が(めんどくさくて)隠蔽したようだ。ただ冒険者登録は抹消された。

 ハルカも別にそれで十分だった。


「それにしても、いっぺんに知り合い増えたな。現実よりも多いやん」

 まりん、トモ、フィーナ、役所の連中……ハルカはひと月の出来事を思い返して思わずつぶやいた。

「なんですって?」

「いやいや、ひとりごとひりごと」

「ハルカさん」

「はい……」

「こっちが現実ですよ」

「え、あ」

 そうだ。別に夢の話じゃない。


「ただ、ハルカさん。気をつけてください。チート冒険者は基本的に嫌われるものですよ……」

 中村はハルカの深い感慨を無視して忠告をはじめた。

 装備のせいで勝てたのは間違い無いが、それを妬んで裏では「外道チートバニー」という二つ名がついているのは知っている。「伝説の賢者」よりもよっぽど流通している。

 誰もが転生してまでモブの人生を送っていると自覚している、この「ざんねんな異世界」。妬まれて当然か。まあ、とくに気にはならない。ハルカはその先の中村の忠告も耳に入らず、ぼーっと考え事を続けていたが、ふと気づいた。


(ん? いま下の名前で呼ばれた?)


「ハルカさん? 聞いてます?」


「ははははは、は、はい!」

 やっぱりだ。ハルカの顔は一瞬にして赤くなった。


(なんで昇格してんの? え、イベント?)


 中村は不思議そうな顔をしてじっと見つめている。


(えっ、なんで見つめてんの?)


「……」


(やばい、好き?)


 ハルカはラブコメの読み過ぎだ。とくに男性からの接近に対して一切の耐性がなく、パニックになりがちだ。自分がハーレムをつくるどころかチョロイン属性がある。


「どうしたんですか、顔が赤いですよ、〈ハルカ〉さん」

 うしろから殺気のこもったフィーナの声が聞こえた。


 瞬時に単行本4巻分くらいのストーリーが脳内で展開された。

 いま体育倉庫に閉じ込められて覆い被さられてしまうハプニングイベント中だ。

「い、いやーーーーーーーーーーーー!!」

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