018 ざんねんな迷宮
ハルカは勇者とふたたび北の迷宮救助隊捜索隊中継宿営地にいた。
鉄製のヘルム、グリーブ、ガントレット、それにチェインメイルを羽織り、ハルバードを担いでいる。着慣れていない感がガチガチ初心者オーラを出している。
「救助隊捜索隊を見つけ隊ボランティアの方ですか? よかったずっとここにいるのにはじめてですよ」
出張クエスト受付がいう。ハルカはうなずいて冒険者カードを出した。
「あ、やっぱりきましたね」
裏の陣幕から声が聞こえて、フィーナが姿を現した。
「阿倍野さん、気持ちはわかりますが、さすがにひとりは無茶です」
「とめても無駄やし、〈伝説の勇者〉もいっしょやし」
「勇者さん、いいんですか?」
「ああ。ここでとめたらハルカの冒険も終わっちまうだろう」
チビドラはサムズアップしている。
「まあ、俺がいれば余裕な気がするが。なにしろここは単独制覇したことがある」
「ランダムで自動生成される迷宮ですよ。構造や試練の内容はこれまでのものとはまったく違う可能性があります。それにその姿じゃ」
「魔法は使えるし、なんとかなるだろう」
「力だけでは試練をクリアできません。知恵が必要だったらどうするんです」
「俺はたぶん君より頭は切れるが」
フィーナは言い返せない。
「まったくもう。これ以上、犠牲者が出ても困るって言ってるんです」
フィーナが言うにはレダ王国の軍隊は冒険者不干渉協定があるので、正式に関与はできない。異世界市のほうは捜索隊でギルドの緊急予算を使ってしまったので、もう「緊急」は通用しない。つぎの市議会で予算案の提出からしないといけないという状況のようだ。
「そんなの待ってられへん」
ハルカは拳を握りしめた。
「私、そんな顔をした冒険者が生きて戻らなかったのをなん度も見ています」
「……」
「今回はボランティアですし、報酬も出ませんよ」
「ウチはもともと捜索隊メンバーやし、遅れて参加するだけや」
「阿倍野さん、4時間目の授業から出るのとは訳が違うんですよ」
「微妙に給食の前やな。……ていうかなんやねんその例え?」
フィーナの発言がさっきからでたらめだ。
「死んでも転生できませんよ」
「じゃあな。見送りありがと」
ハルカはガチャガチャと音を鳴らして歩き出した。
「ちょっ、ちょっとまってって言ってんじゃん!」
「はあ!? 言ってなかったんじゃん!」
「私も行くって言ってんじゃん!」
「それも言ってなかったじゃん!」
「行くんです!」
そうか。素直になれないラブコメヒロインだったな。
きっと中村にでも頼まれたんだろう。
「えっ、そうなの! しまったー、スケスケ羽衣装備持ってくればよかったー!」
勇者がへんなタイミングで割込んだ。
「黙っとけぇ!」
もはや勇者を地面に叩きつけるのはツッコミとしての様式美となっている。
「まあ、とめんでくれるんなら、ウチもとめへんわ」
「私、実はリアル脱出ゲームが得意なんです。クイズ研究会だったんですよ!」
「なら安心やな。って迷宮の謎解きってそういうやつなん?」
「んなわけあるかー!」
フィーナのつっこみはかわいい。
「おまえが言うたんじゃ!」
ハルカは言いながらもすっきりとした顔で微笑んだ。
「よしっ、いつもの感じですね。気合いが入ったところで、さあ行きましょう!」
※ ※ ※
「スタート」と書かれたボタンらしきものがついた台座があった。
プレートには、
「精霊の問いかけに応えよ。第一問 制限時間10秒」
とある。
「ほ、ほんまにクイズやった!!」
「そそそ、そうですねぇ」
フィーナは様子がおかしい。
「いやあ、偶然でも助かったわ。こんな適任者がツレやなんて」
「うううう、ウソです!」
「は?」
「くくくく、クイズ苦手です。クロスワードもなぞなぞも問題聞くだけでイライラします、お肌が荒れてかゆくなります! もうすでにかゆいです!!」
「いちばんつれてきたらあかんやつやん。まだ問題出てないで!」
「かゆっ!かゆっ!」
フィーナは体をかきむしっている。
「ハルカ……ここは自力でいくしかないな。目の前に扉が二つあるから二択問題だろう」
勇者があきれたように言う。
「まじか。クイズ選手権やん。外れたら粉まみれなんかな」
ハルカは遠い記憶をさぐる。頭のいい高校生が出てるやつ? あれ、芸人だったかな?
「そのくらいならいいんだが。ともかくどっちか決めたら、全員で同じほうに行くぞ」
「わかった。せめてジャンルとか知りたかったな。トモは得意か?」
「コミック・アニメ・サブカル問題なら。政治・経済はちょっと」
「そっか。うちはスポーツならちょっといけるかも。あと芸能」
「というかあっちの世界の問題は出ないだろ?」
「たしかに――ならぜんぶ知らん!」
一行はあきらめて、ボタンを押すことにする。
「こい!」
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第一問
好きな人ができました。あなたは……
右の扉「告白したい」
左の扉「告白されたい」
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「なあああぁぁぁぁーーーーークイズや、な、いっ!!!」
ハルカは絶叫する。
「俺は左だ。そしてその機会は一生来ない」
勇者はなにかを悟った。
「かゆいかゆいかゆいかゆい」
フィーナは悶絶している。
「誰か決めてーや!」
「時間がない、ハルカが決めろ!」
「あああああん、もうっ、右やあ!」
一行は右の魔力ゲートに突っ込んだ。
抜けた先はまた四角い部屋。後ろのゲートは消えた。
剣と盾をもったスパルトイ(骸骨剣士)が5体いる。
「はずれ?!」
三人は戦闘体制にはいる。
勇者はハルカに強化魔法をかける。魔力が伝わるとハルカはハルバードを水平に薙ぎ払った。
刃の軌道にいた三体にダメージを与えた。
「もう一度だ!」
勇者は言いながら、今度は武器に炎を付与した。
ハルカは薙ぎ払いの動作を継続して、そのまま一回転する。
「どおうりゃぁーー!」
同じ三体に大きなダメージが入る。強い手応えがあった。
残り二体が寄せてくる。ハルカは一体に的を絞り、重心を乗せて体幹の真ん中から貫いた。もう一体が隙をつくように右から回り込むが、ハルカは近接衝撃波を放って間合いに入らせない。そこへ勇者がブレスで仕留めた。流れるように敵を始末した。
その様子を見ていたフィーナが黄色い声を上げる。
「すごいじゃないですか!!」
「まあな」
ハルカは得意そうだ。実戦で通用したことに自信がみなぎってくる。
「ハルカは褒められて伸びるタイプだからな、もっと言ってあげてくれ――だいたいみんなそうか。俺も褒めてくれ」
勇者も言った。
骸骨剣士がすべて活動を止めると、部屋の中央にさきほど見たものと同じ台座が競り上がってきた。扉も現れた。今度は三択のようだ。
「どうやら正解のほうだったようですね」
「いや、よう考えたらあんなん正解もクソもあるかぁ!」
「そうだな。どっちに行っても同じなのかはわからんが」
「とりあえず進むことはできそうですね」
「捜索隊60人でやったらどんなことになるんやろ」
「正解がないだけに逆に揉めそうですね」
「ありうるな」
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第二問
来世、動物に生まれ変わることが決まりました。
あなたは……
右「ねこ」
前「いぬ」
左「アルパカ」
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「猫やろ! 絶対や!」
「いや犬だ! ご主人様をぺろぺろしたい!」
「かゆいかゆいかゆいかゆい」
「クイズやないねんで! なんでかゆくなるねん!」
「心理テスト的なものもだめなんですぅ!」
「頼む。いま割れとるんや。あんたの1票が必要なんや!」
「アルパカ!」
「もーばかばかっ!」
「ハルカ、時間がない!」
「猫にゃーーーーーーー! 」
三人が飛び込んだ先は、スパルトイ6体。
――なんとか倒し切った。
「フィーナ、次も三択のはずや。ちゃんと答えてくれや……」
ハルカが息を切らしているのでフィーナは回復魔法をかける。
「いや、どれでもいいようですから、意見を求めないで、阿倍野さんが決めればいいのでは?」
「たしかに! なんちゅう巧妙なトラップや!」
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第三問
いままで何人と付き合った?
右「1人」
前「2人」
左「3人以上」
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「想像にお任せします」
「だめだ、ハルカ答えろ!」
「セクハラや!」
「阿倍野さん、左でいいのよね!? かゆいかゆいかゆい」
「これは、もしや答えられない!? 詰んだ! 詰んだぞ!」
「うるさいだまっとれ!」
「時間がないぞ! どれでもいい!」
ハルカは目をつぶって走り出した。ふたりはそれについていく。
扉を突き抜けるとモンスターはいない。
だが、もう問題がはじまっている。
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第四問
ファーストキスはいつ?
右「16」
前「17」
左「18」
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「なうぁぁーあああーーーーーー!!」
ハルカは発狂した。
「ハルカ、落ち着け。自分のことじゃない。考えるな!」
「17! 17!」
フィーナが背中を掻きむしりながら叫ぶ。
「お前がこたえるんかーーい!」
勇者がツッコミを入れつつ、三人は正面のゲートに入った。
次の部屋にはスパルトイが12体もいた。
※ ※ ※
「この迷宮えげつなっ」
三人はボロボロになっていた。
「い、いま何問目?」
フィーナが聞く。疲労困憊で判断力が鈍り、回復魔法も忘れている。
「さんじゅう、に、か、さん……?」
「全部で何問なんだろうな。とりあえず落ち着いたら次のにいくぞ」
久しぶりに二択だ。
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第三十二問
どっち?
右「こっち」
左「こっち」
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「ふっ、ネタが尽きたようやな。ゴールは近いで」
「ああ、そうだな」
「これでお前の性癖を聞かんで済むな」
「俺には羞恥心はないと言ったろう。だが、エロスとはすなわち羞恥心だ。なんでもあけっぴろげな恥じらいのない女にはまったく欲情しない」
「聞かれてないのに答えんな」
「かゆいかゆい、かきすぎて死にそう」
「心理テストですらないのに? もう何がきてもかゆくなってない?」
「さあ、行こう。ハルカ」