015 ざんねんな自分
「友だちになってくれる?」
そんなことを言われたのは初めてだった。
保育園のときの友だちも、小学校の時の友だちも、わざわざ友だちになろうなんていわなかった。中学2年のクラス替え、数日が経ってからのことだった。あまりにも印象的で、頭から離れない。もちろん、彼女のことはよく知らなかったけどOKに決まってる。
桐島麗子。それが彼女の名前。ショートボブの髪型、オシャレに気を使っていて自分とは違う。髪も適当だし、学校にいる時は制服だから誤魔化せてるけど、自分を着飾ることには興味があまりなかった。
麗子ちゃんは取り立てて目立っているわけでも、気づかれないほど目立たないようなごくフツーの女子だった。私と同じだ。
でも彼女は言った。
「フツーってどんなの?」
私は麗子が輝いて見えていたから、
「私みたいなの?」
と答えた。冴えない、目立たない、それなり、それが私。でも中のいいグループではおちゃらけていて、面白い担当を自負していた。あくまでも全体の一部の中で。
麗子はそれからことあるごとにいろいろと質問をしてきた。
私の趣味や好き嫌いまで。
答えられる範囲で答えた。とくに戦隊ものとか、いわゆる変身ヒーローが昔から好きなのは言わなかった。魔法少女じゃなく、変身ヒーローだ。男趣味だと勝手に思っていたから。この話を小学年低学年のときに友達の女子に話した時、誰もみていなくて以来、話さなくなった。しかし、話す相手がいなくて、私はそっち方面を独自に深掘りしてしまった。
ギリシャ神話の星座に因んだ戦士が鎧を身につけたり、サムライの血を引いている男の子が現代に蘇った悪を打つために鎧武者に変身したり。世代は違ったが、お父さんに教えてもらい、観たいとお願いしてハマった。
これは麗子どころか、誰にも言っていない。
ある時、恋愛について質問された。
こういうのは本当に苦手だった。私のそれまでの友だちは私くらいの奥手で、そういう話をしてこなかった。誰から誰ともそういう話をしていない。
ちなみに私は惚れっぽく、すぐ好きになっては脳内恋愛を繰り広げ、脳内で破局の最終回を迎えていてばかりだ。脳内なのにわりと傷つくが、持ち直しも早く、だんだんとリアルさを失っていった。ちょうどテレビ画面の向こう側が主戦場になっていたのもある。
しかし、女子である。
そういうたしなみをもっていなくてはいけないような気がしていたので、こういう話題に入らないように警戒はしていた。
だけどむこうからやってきた。
「好きなことか、いないいなーい」
笑いながら早く終わってくれと思った。
「うそでしょ。フツー好きな人くらいいるものよ」
麗子はいう。嘘と言われましても。
「へえ、誰が好きなの?」
それを聞いたら、またこっちが問い詰められるような気がしたが、それしか逃げ道がないような気がした。麗子はなぜか勝ち誇った顔をしているように見える。
「○○君よ。内緒ね」
その告白は、照れもなく、特別な秘密の共有でもなく、自己満足するための儀式に見えた。私はお笑い番組が好きだったから、人の観察は好きだった。人生経験は少なくても、そういう人の性、ちょっとしたズレみたいなのが面白さの源泉だと思っていたから、人の態度を見るとあれこれ想像してしまう。その時、麗子に抱いた違和感はそのズレのようなものだった。
数日後、私の人生は変わる。
麗子が好きだと言ったその男から、とつぜん呼び出しを受けたからだ。
その男は自分で呼び出しておきながらモジモジとして何も言い出さない。
私は経験ないが、エンタメ好きだ。そして第二の隠し趣味として、ラブコメが大好物であった。だから私の理想は変身ヒーローがモテまくるけど誰ともくっつきそうでくっつかないラブコメがあれば完璧だと思っている。あるか? あるな。
そして、その知見によると、これは私への告白だった。勘違いであってほしい。そのパターンもある。ベストなのは麗子にラブレター渡して、だ。それなら万事まるく治る。
しかし、そいつは私の名前を呼び、「ずっと前から」と言った。
ごめんなさい。
そんなのまだ私に早いです。
漫画の読み過ぎでした。
よりによって「友達の好きな子は私が好き」は絶対ありえないと思ってました。
だいたいクラス違うじゃん。
話したことすらないじゃん。
私目立たないじゃん。
かんべんしてよ。
それで私は、自分よりも麗子がいいのではないかと口走ってしまった。
心の底から後悔した。
告白してくれた相手に誠実ではない態度をしたうえに、人の恋心を勝手に明かしてしまった。
それから私は気が気でなかった。
このことがわかってしまったらどうしようと。私はこのことを誰かに問いただされる日が来るのではないかと、体調が悪いようにして誰とも近づかなかったし、会話も極力しないようになった。
ところが、1週間後、麗子はその男と付き合い始めたという話を聞いた。
ほっとした。肩の荷が下りたとおもった。
祝福をしようと、私は麗子にひさしぶりに話しかけようとしたが、あからさまに舌打ちをされて、無視された。
怒っている。だとしたら心当たりはある。ふたりに対してよくない対応をした。それだけで十分、二人から嫌われることも考えられた。
弁解するほどの余裕はなく、私は逃げ出した。
それからというもの、私は教室で居心地が悪くなった。ひとりで小さくなっていると、もともと仲のいい友だちも話しかけなくなってきた。
しばらくは話をしたくなかったから構わなかった。
だけど、しばらくしても私には誰も話しかけてこなくなった。それどころか、あからさまに私への視線が冷たくなった。避けるような態度がひしひしと感じられた。
私にはわかった。だけど「どうしてそうなったのか」を確かめることができなかった。
そうして、世界が終わった。
私の陰口、悪い噂が流れているようだった。
そして、それを流しているのは麗子とその彼のようだった。なんとなくささやかれる話から推測できたし、ときどきあからさまに聞こえるように伝えられた。
事実ではないことばかりだった。
だけど否定することができない。正面切って悪口を言われたら反論できるのに、いつも聞こえるか聞こえないか。私の想像力が私をさらに傷つけた。
よく物がなくなる、自分でなくしたのかどうかもわからないくらい、ささいなものが見当たらない。
小さいことなのに、そのたびに心は大きく削られた。
誰が、どうやって、どんなふうに。
私はずっとそのことを考えて一日が終わる。
私の世界は終わった。
※ ※ ※
「そっから学校もほぼ行かんようになって、高校は少し遠いとこ行ったんやけど、中学一緒のやつもいて、まだずっとあの女に見られてる気がして、すみっこでおとなしくしてるしかなかったんや。必要最低限の会話しかしてない。なにが好きとか、あのテレビ見たとか、そんな無駄話は3年間いっかいもなかった」
ハルカは、長い話を独り言のように語っていた。
勇者は黙って聞いている。
「なんであいつがここにおんねん。なんであいつやってわかってしもうたん。4年も経ってるし、なんでもないと思うてたのに、一瞬で戻ってしもうたわ。ダッサい本当の自分に……こわい、こわいよ」
あの女から直接酷い仕打ちをうけたわけじゃない、でも、あの日、自分の世界だけがバラバラに崩壊した。自分だけに刻まれた呪いだった。自分しか知らない。ほかのみんなは日常を生きている、その隅で。ひとりだけ違う場所にいた。
「異世界デビューも失敗してもうたあぁ……あああああーーーっ」
そこからは涙と嗚咽が止まらなくなってしまった。