013 ざんねんなハーレム
「なあ、俺は役に立っただろう? ハルカ」
「ああ、まあな」
勇者はマンションまで勝手についてきた。
本来の自宅は王都にある。工房を併設した大豪邸らしい。
ハルカたちふたりは二日間、チビドラ(勇者)にさまざまなコーチングを受けていた。
この世界での戦い方のコツ、クエストの種類など基本的なことだ。それから定期的に発生しするアンデットを駆除する地下墳墓のクエストもふたりだけで挑んでなんとかクリアすることができた。
なかなかの達成感だった。
勇者は20年近く冒険者をやっているベテランらしい。もう40代。「誰よりも努力し、誰よりも調査と探究を欠かさなかった」というだけあって、なかなかに説得力があった。「結局努力しているやつが強いんだ」と、キャラに合わないことをまじめに言う。たしかに異世界にはやり直したいやつは多くても、努力したいやつはいないかもしれない。できるならあっちでもできただろう。
ハルカはハイボール缶を開ける。
まりんは今夜はバイトがあるそうなので、今日はひとり酒だ。
勇者はコンビニのたこやきを食べている。
「悪いな、おごってもろて」
「お安いご用さ。依頼を受けてくれるなら」
「しつこいな。やらんて。ふわーあ……」
今日は疲れたあくびが出る。
とたん、目が疼いた。
「のわっあ!、く――くっっ!!」
「おい、どうしたハルカ?!」
「目がっ、うずくっ!!」
「あー……はいはい」
勝手にお察しされた。
ハルカはチビドラと目を合わせて見せた。禍々しい光を放っている。
「うわっなんだそれ! ギアスか。殺されるのか!」
「ちがう……っ」
心の文字ではないようだ。裸も違うか、でもドラゴンはそもそも服着てない。霊は、とりあえず見えない。
「そうだ、本!」
ハルカは立ち上がってデスクに置いてある魔導書の表紙を見た。
『 禁 書 』
「見えた! どうするっどうする?」
「何を慌ててる!?」
ハルカは焦って本を開ける。するとあの時と同じように文字らしきものが光出してページが勝手にパラパラとめくれる。なにか重要な記述はないか。百科事典どころではない分厚さで、検討がつかない。とはいえ、どこが見せられるかは、運次第だ。
本はとあるページを開いて止まる。
またハルカの頭に日記の内容とそれを書いた時であろう情景が浮かぶ。
「おいおい、ハルカ何してるんだ? これが読めるのか?」
チビドラがうしろから覗き込む。
「なんだこれは文字なのか? バーコードみたいだな……もしかしてハルカ、読めるのか?」
「ちょっとだまっといてくれ」
「…………」
(9大女神のガーディアンの封印を解く?)
「…………」
十数分後、ハルカはまた目を抑えて痛みのを耐えるようなしぐさをした。どうやら終わったらしい。
「えらいこっちゃ」
「どうしたんだわけを聞かせてくれ」
「古代魔法は古代のアイテムを通じてしか身につけられないんやな?」
「そうだ」
「そうか。魅了の魔法は現代魔法にはない?」
「人の感情や行動を強制できる魔法は全般的にない。現代の精神魔法はほんの一時的な錯覚を起こすものだけだ。長期間にわたって人の精神を強制できるものがあったら治安がとんでもないことになる。ある意味最強の魔法じゃないか」
「あるかもしれん。ちなみに9大女神ってなんや?」
ハルカは不気味な笑いをうかべる。
「100女神のうちでもっとも信仰の篤い9柱だ」
「多いな。女神が100人もおんのか」
「神は柱って数えることになってる。とはいっても、死後祀られた元人間らしい。ぜんぶ〈はじまりの魔道士〉の愛人だという伝承だ」
「マジか」
「もし、はじまりの魔導士がこの世界でただひとり強大な魔法を使えたらやりたい放題だったろうな」
「魔道士は神になってないん?」
「ハルカはこの世界の宗教を知らないのか?」
そういえばガイダンスではまだやっていない。
勇者が解説してくれた。
この世界の神は1000年くらい前に信仰が塗り変わって、いま信仰されているのは、さっきの100女神だけで、9大女神がそれぞれ宗派をもっている。神に仕える聖職者は女性しかいない。つまり「聖女」だ。
いっぽうで、そこには含まれないが、信仰する一派が残っている邪教とされている宗派がある。
はじまりの魔道士の正式な〈妻〉を神として崇拝する宗派だ。
「セーサイ教」というらしい。
「なんかダサいな。なんで禁止されてるん?」
「わからんがトンデモな組織で、大昔に9女神の宗派サイドからそろって邪教認定されている」
「愛人が結託して、追放したんか。なんか、ハーレムの末路?」
「ああ、おそろしいな。セーサイ教は9女神サイドを愛人教と呼んで逆に邪教認定している。古くから、邪教徒の殲滅を掲げている。あ、あと制裁と正妻がかかっているらしい」
勇者はしみじみと言った。
「ひどい人間関係やな。あいつのパーソナリティーが見えていると、わからんでもない」
「そうなのか?」
「正妻のほうがどんな人やったかは知らんけど」
「何か知っているような口ぶりだな? 教えてくれ」
「いやや、と言いたいところやが」
勇者のほうがいろいろと知識もあるし賢い。適当に情報共有すれば解読に役立つだろう。
「魔道士は魔法を使ってハーレムをつくったんやと思う」
「そうなのか? 主人公って何もしなくても勝手に女に惚れられるのでは? いろんなタイプのいろんな美女に。幼女からアダルトセクシー、エルフやら吸血鬼やらあらゆる種族まで。なんだったら魔獣でも人型になったら美女みたいな。それでみんな一夫多妻をあっさりと受け入れてくれる、それが常識じゃないのか!」
勇者はものすごい早口でいっきにまくしたてた。
いや、常識ではない。そんなわけない。おかしいぞ。どうかしている。
ただ、ハルカはうんうんとうなずく。
「わかる、わかるでえ。……だがな、こいつは、この魔導師はモテへんのや。ほんでどうしょーもないアホでクズやねん」
「なぜ知っている……そうかその本だな!」
「そういうこっちや。そんでここにはそのクズがつくった究極の古代魔法を手にいれるためのヒントがある。たぶん」
「すごい発見だ! でもそんなことバラしていいのか」
「かめへん。どーせウチにしか読めへん」
ハルカは勇者に魔眼(仮)のことを説明する。正確には読むではなく見るだが。
「なんだそのお笑いな呪いは。日記を読むために、というか読まれないようにワンセットで作られたものじゃないか。それにしても失敗作だろう。 裸が見えるやつだけ譲って欲しい」
「……」
「もしかすると魔力で少しは制御できるようになるかもしれないぞ」
「ほんまか、それやったらありがたい!」
「で、本が読めたのか。なんて書いてあったんだ?」
「それは言われへん。これがウチに読めるのも黙っといてくれ」
「なんだよ。気になるだろー」
「気になっとけ」




