010 ざんねんな魔眼(仮)
「マリンよ」
「なに、ハルカすぅ?」
「飲み過ぎや」
「えへへへ」
「えへへへちゃうわ」
とはいえハルカもけっこう酔っ払っていた。
今日のダンジョン攻略でけっこうな報酬が出たのだ。
ボーナス祝いにウィスキーを瓶買いして、ハイボール濃いめでやっていた。
「これならバイトせんでもええかもな」
勇者から借りパクしたこの装備さえあれば、ダンジョンも楽勝。露出の多さもマント羽織っていれば問題なし。
「週4くらいでいいかも」
マリンはまだ週6で複数のバイトをかけもちしているらしい。
「やめへんのか」
「あーしやめたらみんな困るしー」
「まじめか」
ハルカは揚げ出し豆腐を口に入れる。あたたかい。うま。
「今日はちょー楽しかった」
マリンはポテチをバリバリさせながらいう。
お金に執着がないのか。ハルカは少し考えた。
「そして、マリンよ。あの本なんやけど……」
ハルカはデスクに置いてある魔導書を指さした。
「やっぱエロいの?」
「ちゃうわ。もっとええもんや」
「えーなにー?」
ハルカはこの本がどうやら自分にだけ読めること、そしてこの世界をつくったはじまりの魔導士が書いたもの、誰にも知られていない秘密が書かれている可能性があることを話した。それがなんだかはわからないが、追い求めたくなるようなワンピース的存在だと力説した。
「たとえば魔導師がのこした財宝とか、すごい魔法とか」
「マジでー。またボーナス? バイト週2でいけんじゃんー」
「いや、やめてもええんやで」
「ムリ。あーしバイトリーダーだし。ていうかやっぱりシフト変えらんないわ」
「真面目やな、めっちゃ雇いたいわ」
やっぱり金に興味がなさそうだ。ある意味安心して共有できるが。
「亡くなった大切な人に会いたいとかは?」
「え? それゾンビじゃね?」
「じゃあ、正社員とか、店長になれるとかは?」
魔導書に頼る必要もないが。
「イヤ。マジ無理。だるい」
「なんで正規採用されたら急にだるくなんねん」
このエルフはどこを目指しているのか。
「マリンは、なんか欲とかないんか?」
「よく?」
マリンは天井を見上げる。グラス持ったまま地べたにM字開脚している。
ほんとうに、だらしない美女だ。
「せや。なにかひとつ望みが叶うとしたら」
「うーんギャルのパンティ?」
「神龍か! ちゃうわ烏龍か!」
マリンはまたゲラゲラやりはじめた。まじめに答えてくれなさそうだ。
「こまったなー」
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、ウチは欲だらけやからな。この魔導書でなんか願望が叶うんちゃうかワクワクしてんねん」
「ハーレム?」
「ばれとる! ってそらそうか。まあ、それだけやなしに。いろいろおもしろそうやん。マリンも冒険に出る目的がないって言ってたやろ?」
「あるよ。つーか今日できた」
「そーなん?」
「ハルカすといっしょなら面白いからまた行きたい」
「え、お?」
ハルカはいったんハイボールを飲み干した。さすがギャル。損得よりノリで動くのか。ハルカはギャルの認識を改めた。マリンだけかもしれないが。
「なら、つきおうてくれるか?」
「いーよー」
「やばっ、ギャルサイコー!」
「イェーあーしクソ天使ー」
また乾杯して夜が更けた。
※ ※ ※
翌朝、目が覚めるととんでもない筋肉痛になっていた。
体のあちこちが痛い。
「うう、動かれへん……」
起き上がれないどころか寝返りも打てないほど硬いし痛い。
ついでに二日酔いだ。なにもする気が起きない。
腹のうえに『禁書』が乗っかっていた。
きのう寝ながら読もうと思ってすぐに寝落ちしたのだ。
力が入らないので持ち上げて腹の上に置いてから本を開いてみる。
すると、もとの理解不能な文字に戻っていた。
表紙の文字からしても読めない。
(え、どういうこと。夢かなんかやったん?)
酔っ払ったせいもあって全体的に昨日の出来事が疑わしくなってしまった。
どっちにしろ頭も回らないので考えるのをやめた。
しばらく呆然としていると、チャイムが鳴った。
身動きとれずに対応のしようがないと放置していると、ドアのあく音がした。
どうやら鍵をかけ忘れたみたいだ。
「こんにちわー体調はどうですかー」
フィーナの声だった。
「いや、あかん、なんか動けへん」
「そうでしょうね」
「うーん、、わかってたみたいな言い方やな」
「はい。たぶんものすごい筋肉痛みたいな感じじゃないですか」
フィーナが言うには例の装備のせいらしい。
装備の能力と本人のギャップがありすぎることによるものだとのこと。
「ドーピングの副作用みたいなものです」
「ゆーとけやあー」
言葉にも力がはいらない。
「うふ。すみません。あんなにはしゃぐとは思わなかったので。もしかしたら二、三日寝たきりになるかもしれないので、シルバー人材のヘルパーさん呼んでおきますね」
なにか言ってやろうとフィーナのほうに首を傾ける。
〈うわー酒臭いですねー〉
という文字が宙空に浮かんでいた。
「えっ?」
「どうしました。そんなに驚いて」
「酒臭い?」
「えっ? あ、まー、、はい?」
〈なに言ってるのでしょーかこの人はー〉
「え? これなに」
ハルカはその「文字」を指さした。
「これってなんですか? 私?」
〈やばーこの人こわいー〉
また文字が現れた。
「いや、文字が、文字が……」
そういってハルカは指差す。
〈もしかしてあの本に呪いでもあった?〉
「もしかしてあの本に呪いでもあった?」
ハルカは文字を読み上げた。
「え?」
〈どういうこと? バケラッタ?〉
「どういうこと? バケラッタ?」
もう一度読み上げる。
(は? バケラッタってなに?)
「いやーあぁあああぁああああああああ、コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ」
フィーナは悲鳴をあげた。
同時にハルカの前でコワイの文字が大量にあらわれては消える。
「コワイのはこっちやわっ」
ハルカは、ふと思って手で目を隠した。
「見えないっ消えた!!」
「どういうことですか! 説明してください!」
フィーナは涙交じりに語気をあらげる。
ハルカは迷った挙げ句、きのうの話をした。本のことは伏せて。
「なんで言わなかったんですか」
「す、すんまへん」
〈独り占めしようと思ったんでしょう。なんというあさましさ〉
うっかり手をどけてしまっていた。あわてて戻す。
こんなの見えてもうれしいことない。怒られてるし。
「困りましたね。どう考えてもその宝石かなんかの力だと思いますが。昨日はなんともなかったのですよね?」
「うん」
いや、きのうは昨日で謎の文字が読めていたから、それもこの目の力のせいでは。ただ、本のことをいいたくなかったので、きのうはなんともないことにした。
「人の心が見えるなんていちばん、迷惑、というか問題です」
「うちかて見たないわ……」
「プライバシーの侵害です」
「えーっと。この世界には心を読む魔法とかはないん?」
「聞いたことないです。そんなのあったら大変です」
フィーナはたいへん気に入らないようだった。
そうだろう、心が読まれていたら落ち着かない。
「目を隠していれば見えないんですね。なら、しばらくそのままにおいてください」
それから、フィーナが医者を呼んでくれたが、魔法や呪いの類だとしても前例がないのでわからないとのこと。その後、しばらくしたらおさまったので、とりあえず経過観察ということになり、眼帯と目薬を処方された。目薬は気休めとのことだった。
「あとは安静にしててください」
「ああ……」
ふと、ハルカは頭がかゆくなって、手をどけてしまう。
〈ほんとに、迷惑な話。人の秘密をのぞきみれるなんて。まあ、考えなければいいのよね。というと考えてしまうわね。知られてはいけないわ、私が中村さんを好きだなんて〉
「って、え!?」
フィーナはハルカが息を飲んでまじまじと見ているのに気づいた。
「いや、これは、ちゃうねん!」
ハルカはフィーナ以上に動揺する。
〈だめよ、考えちゃ!! 私、中村さん、好き!〉
「だいじょぶっ、し、し、知ってるし」
〈中村さん、好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき!好き!しゅき! ちゅき! 〉
「いゃぁあああーーーーー!」
ハルカはようやく〈魔眼〉を封印した。
と、同時に、ふたりとも顔から火を吹いて倒れた。