009 ざんねんな歴史
「なんや最下層やったんちゃうんかい」
落下したハルカは同じようなつくりの部屋にいた。部屋と思ったのは四方の壁がわかるくらいに近いからだ。
(かくし部屋かな)
四方の壁は扉らしきものが見当たらない。
中央に祭壇のようなものがある以外はなにもない。
ハルカは祭壇のようなところに一冊の古びた本と小さな箱のようなものを見つけた。
(うわっマジか。お宝やん。ラッキー)
近づいていき、本を手に取る。革張りの豪壮な装丁だ。
パラパラとめくってみたが、まったく読めない。異世界の文字のようだった。いや、この世界はふつうに日本語なので、どっかの外国語か、魔法文字みたいなものだろうか。
こんどは箱に手を伸ばす。開けてみると小さな石のようなものがあり白い光を放っている。宝石? 魔法の品かもしれない。レベルの高いダンジョンらしいから、どっちにしろ値打ちものだろう。
(拾ったもん勝ちでええんやろな?)
よだれを垂らしそうになりながら、石にふれると、さらに光を増して手からすり抜けた。
「あっ」
石が自分で動きだした。そう思った瞬間、ハルカめがけてむかってくる。
避けるまもなく右目に吸い込まれた。
一瞬のことだった。痛みはない。手で触れてみてもなんともない。
「えーっなになになに!?……」
ふと、地面に目をやると、先ほど手にしていた本があった。驚きで落としてしまったのだろう。が、その表紙には日本語が書かれていた。
『 禁 書 』
物々しい言葉。
なにか呪いにでもかかってしまいそうだ。とはいえ……。
気になる!
本を拾ってあらためてめくってみると、文字が光って浮かび出してきた。
それは瞬く間に映像のように広がってくる。
視覚で見ているのではないのがわかる。
〈僕の時代の技術で使えそうなものは取り入れておこうといろいろやってみたが、魔法で事足りてしまうのがけっこう多い。電力も魔力よりコストパフォーマンスがよくないというか、設備をつくるのに何年かかるか。テレビが見たいなあ〉
「は?」
ハルカは突然のことに混乱する。
頭に浮かぶ映像には、少年、といっても高校生くらいの日本人に見える、フード付きのマントを着たひとりの男。高いところから下に広がる世界を見渡している。ナルニワ大陸だろうか。
パラパラ……
手元ではページが勝手にめくれていく。
〈僕がこの世界に来てからだいぶたつ。異世界ファンタジーRPGごっこももう飽きてきた。この世界で僕より強いモンスターはいないし、すごい魔法使いもいない。地方領主になってからは、むこうの世界の知識や技術を人々に教えて、文明発展ゲームみたいなこともやっていたがちょっと飽きてきた。ある程度、国づくりは計画書を書いて、ここの人たちに任せようかと思う。でも文明って発展したら、それはそれで戻れない寂しさはあるよなあ。とりあえずこの大陸はこのくらいにして、別なところで発展させた文明を作るのはどうだろう。やっぱりコンビニは欲しいよな 〉
また映像が頭に浮かんで、先ほどの少年が一人ごちている。
(こいつって、もしかしてはじまりの魔導師?)
ガイダンスで聞いたざっくりとした歴史に出てくる、この世界のいまのかたちのもとをつくった人物。名前も事績もほとんどよくわからないものの、ナルニワ大陸の7つの国をすべて創設したことになっている。そして、この感じだとやっぱり現代人だ。なんでコンビニがいるねん。
(これ、なんか日記っぽいな……)
ハルカはそう考えた。
少年がこれを書いた時の風景と、記された言葉がセットになって映像化されているように思えたからだ。
最初のほうから読んでみようとページを戻すが、思い通りにいかない。
〈というわけで、異世界から来るモンスターは何箇所かにまとめておくことにした。これなら管理するのも楽だし、でたらめな被害も出ないだろう。人々にも感謝されている。まるで神のような扱いだ。まあ、魔界と繋げてしまったのは僕なんだけど〉
(え? モンスターが湧き出てくる理由はわかっていないのでは)
ハルカはガイダンスを思い出す。たしかにそう言っていたはずだ。
もし本当なら重大事実。この世界の冒険、はじまりの魔導師のマッチポンプだ。
また適当にページをとばす。
〈この村に滞在して10日が経つ。だが彼女との仲は進展しない。僕に気があるのは間違いない。なにしろ、毎日僕のパンツを洗ってくれている。すでに世話焼き女房気取りだ〉
(なんじゃこりゃ。話ちっちゃ。やっぱり日記やな)
〈なんで大魔導師のぼくより、あんなとくに役にも立たなそうなモブ村人がモテるんだろう。もう村にモンスターを放って、ギリで村救ったりしようか〉
(ウチにも言える。お前はモテへん)
〈なにが、それでも私にとって大切な人なんです、だ。ドラマじゃないんだから、あとで、やっぱり金と権力よねっていっても遅いからな。かわいそうな女だよ。人生わかってないよ。村人もギリ救ってやったのに、最近、当たり前みたいな顔してるよなあ。あーあ、今日は風俗行くか〉
(ほんまにモンスター放ったんかい。クズやな)
〈あーモテたい、モテたい……〉
なんか卑猥なイラストが描かれている。
(人の日記はこんなものかもしれんが、酷すぎる)
それにしても途方もなく分厚い日記だ。この分厚さで、このくだらない記述が続くのなら、うんざりする。
だが、次にランダムに辿り着いたページでは、どこか研究室のような映像が浮かぶ。
魔導士は見たこともない文字を素早く書きながら、呟く。
〈転移魔法や空間魔法が自在に扱えてなお、人体に関する魔法がままならないのはどういうことか。蘇生魔法もいまだ生み出せない。魅了の魔法もせいぜい数分のまやかしにしかならない。世の理への逸脱の大きさは僕が思っているのと違うのか。もう時間がない、いくつか絞って研究しよう。あとつくり出したいのは「不老不死」「ハーレム」「異世界転移」のみっつだ〉
(ハーレム!?)
「お……おおう?」
衝撃の事実。嘘から出た誠。
「あるんか、ほんまにあるんか?」
ほかに手がかりは。ハルカはページをぱらぱらする。最後のほうだろうか?
「ハルカす!」
そのとき、マリンの声が頭上から聞こえた。驚いてあわてて本を閉じる。
「お、お、おう」
なんか変な返事になってしまった。
「ご無事でしたか、いまロープおろします」
フィーナの声だ。ハルカは重い本を抱えて上層階に戻った。石畳の動きは止まっている。
「ガイコツは?」
「残念ながら倒せませんでした」
「そっか……」
その時、フィーナの背後に宙を浮かぶモンスターが見えた。
「危ない!」
ハルカは刀を突き上げたが、かわされてしまった。
「阿倍野さん、待ってください! これは勇者さんです!」
「は?」
勇者はチビドラゴンになっていた。もともとドラゴンに変化して戦おうとしたのが、力を封じられたうえにもとに戻れなくなったという。どうやらガイコツに呪われたらしい。
「戻るには呪った相手を倒さないといけないパターンのやつです」
「それは、ご愁傷さま」
「ハルカす、その本なーに?」
「ああ、下で拾ってん」
「魔導書ですかね。見せてもらってもいいですか?」
「いやや」
ハルカはうしろ手に本を隠した。
「え?」
「はずかしい」
「え? エロ本?」
「まーええやん。拾ったんウチやからうちのもんやろ?」
「まーダンジョン拾得物のルールだとそうですけど。ほしいんですか? 魔導書ならどんな魔法か鑑定してからでないと売れませんよ」
「そうなん?」
「えいっ!」
マリンが隙をついてさっと本をうばいとった。
「あーっ!」
マリンはフィーナに後ろにかくれてパラパラとめくる。
「重っ。……は? なにこれ、字?」
「そうですね。見たことのないですね。字にも見えないですね」
「え? 魔法の文字ちゃうの?」
「魔法の文字? そういうのないですね。生活して街中見ていただければわかると思いますが、ここでは、ひらがな、カタカナ、漢字、ときどきローマ字。ようするに日本語ですよ」
「え、でもグランオートでは読めへん文字あったで」
「あれはフンイキ文字です。ひらがな五十音に対応していて覚えればすぐに読むことができますが、結局のところ書いてあるのは日本語です。これはそういうのじゃないですね。何年か前に古代文字ブームがって、それっぽいものが見つかったってテレビの特番組まれてましたが、結局やらせでしたからね。そのあとで見つかっているのもいまのところすべて偽物ですが、いちおう預かって調べてみましょうか」
「いや、ウチが持っとく。は、はじめてゲットしたお宝やからな。記念に」
ハルカはひったくるように本を取り返す。
「そうですか。もし必要になったら言ってください。専門家紹介しますから」
「うん。そうする」
「それにしても困りましたね。勇者さん……」
フィーナはぶつぶつと言いながら頭を抱えている。
ドラゴンはそのまわりをくるくると飛んでいる。人間の自我を失ったのか。
マリンがそれを楽しそうに追いかけている。
なんとなくめでたい。この呪いを解くクエストが高難易度でありますように。
そうして、ハルカたちは引き上げることにした。