6.男の花園
……イーデから話を聞き終えて、野上は頭を抱えていた。
「完全にぶっ飛んでいますね」
「完全にぶっ飛んでいます」
二人とも物凄く困った様子だ。イーデが言う。
「ですから助けて欲しいのです。私だけではとてもじゃありませんが、あの二人をなんとかなんてできません」
が、野上はあまり乗り気ではなさそう。
「あのー…… それって、もう警察案件なんじゃないのですかね?」
そう彼が言うと、申し訳なさそうに彼女は返した。
「一応、アネーラちゃんは幼馴染ですから、警察に突き出すのは気が引けて」
どうやら神界にも警察はいるらしい。
「できるだけ大事にはしないで済ませたいのです」
そうイーデからお願いをされても、やはり野上は乗り気ではなさそう。ぶっちゃけ、あの二人が怖かったからだ。
「話を聞く限りでは、あのはっちゃけ女神は矢吹にバフをかけているんですよね? なら、僕では無理ですよ」
ところがそれを聞くなり、イーデは「大丈夫です」と言って、彼の手を包み込むようにして握ったのだった。
え?
優しい温もり。
「私もバフの魔法をかけられます。それで二人に対抗すれば良いのです」
その温もりだけで、野上は舞い上がってしまっていた。
“うおー! なんか色々なものが元気になっていく! もしかしたら、既にバフをかけてくれていたり?”
ある意味正しいような、正しくないような。
それで、野上はさっき素の状態であっさり矢吹に負けてしまった事も忘れて「分かりました! 行きましょう! あいつらを止めに!」などと息巻いたのだった。
「フフフ…… なかなかのウーパールーパー達が集まったわね」
矢吹が腕を組んだ姿勢で邪悪な笑みをさらしている。アネーラが続けた。
「ええ。この中では、今、夢の光景が展開されているはずよ。〇子姉さんにも満足していただけるわ」
アネーラの部屋。
何故か、足元に靄のようなものがかかっていて怪しさを演出している。ここは半分はアネーラの精神世界でもあるから、彼女の気分を反映しているのかもしれない。
突然、そこに虚空にドアが出現し豪快に開いた。光が漏れ、声が響く。
「お前ら! いい加減にしろ!」
野上である。その後ろにはイーデの姿もある。矢吹とアネーラはそんな彼を見やった。彼は続ける。
「イーデさんから話は聞いたぞ! さっさと拉致した男達を開放するんだ!」
それを聞くなり矢吹は「フフフ、ハハハ、ハーッハッハッハ!」と三段笑いをした。
……現実で三段笑いをしている人って見たことないですよね? 創作でも滅多に見ないけど。
「今更、野上ごときが来たところでもう手遅れよ!」
アネーラが続ける。
「その通りよ! この中では既に“男の花園”が展開されているはずだもの!」
「なにー?」とそれを聞いて野上。
「一体、何の話だ?」
矢吹が答える。
「あなたの相手をする為のウーパールーパー達を呼び出していてある時に気が付いたのよ。“そもそも別に野上いらなくない?”ってね!」
アネーラが続けた。
「そう。呼び出したウーパールーパー達だけで充分! いいえ、〇子姉さんにお喜びいただく為には、むしろあなたは邪魔だわ! だってスペック低いもん!」
「……」
……なんか、微妙にショックを受ける野上。「別にショックなんか受けてないわい」と言葉を返す。そうですか。
「とにかく、拉致した男達を解放しろ! この中に監禁しているのか?」
そう言って野上は虚空に浮かび上がっているドアを指差した。
それを聞くなり矢吹は「フフ」と笑った。
「開けたければ開けるがいいわ」
「なに?」
アネーラが続ける。
「さっきも言ったでしょう? その中は既に“男の花園”だって」
野上はドアに手をかけた。鍵はかけられているがこちら側からなら開けられるようだった。ごくりと唾を飲み込むと、彼は鍵を開け、ドアノブを回す。ドアが開いた。すると、その瞬間、「おお! やっと開いたぞ!」と声が聞こえて来た。「待て、罠かもしれない。慎重にいくべきだ」と別の声が続く。
ドアの向こうは思った以上に広く、まるでプレハブ小屋のようだった。その中では複数人の男達が座り込んでいてこちらを見ている。タイプは様々だが、基本的には顔の良い男ばかりだ。一様に疲れた表情を浮かべている。が、それだけだった。別に何も変な事は起きていない。これの何が“男の花園”なのだろう? 野上は首を傾げる。気が付くと、イーデも近くに来ていて同じように首を傾げていた。
それから二人はゆっくりと後ろを振り返った。
“これがなに?”
といった表情で。
ところが、何故かアネーラと矢吹は愕然とした表情を浮かべていたのだった。
ますます二人は“なに?”と困惑してしまう。
アネーラと矢吹は愕然としたまま固まっている。20呼吸くらいの間の後、何かが瓦解するように彼女らは声を上げ始めた。
アネーラが言う。
「有り得ない! 有り得ないわ! 密室にウーパールーパー達を閉じ込めておけば、欲望にただれた淫乱な因子が相互作用して、淫らな化学反応を引き起こすはずなのよ!」
矢吹が続ける。
「そうよ! そして、この密室は抗う事のできない男達の秘密の花園と化していたはずだったのよー! 一体、何が起こったと言うの?」
それを聞いて野上が叫んだ。
「お前ら、腐った創作物の読み過ぎで感覚おかしくなってるだろ? 男を閉じ込めていただけでそんな事になるはずがないだろーが!」
が、二人はそんな野上のツッコミなど耳に入っていないようだった。
「完全に想定外だわー!」
「もう、終わりよー!」
などと、取り乱している。その様子に野上とイーデはさすがにちょっとばかり引いていた。
アネーラが叫ぶ。
「これでは邪神・〇子姉さんへの捧げものにはらないわ!」
「邪神!?」と野上。
「〇子姉さんがお怒りになるわ!」と矢吹が続けた。ドン引きしつつ、なんとか宥めようと野上が口を開く。
「落ち着けお前ら。普通、こんな事で怒らないって」
「〇子姉さんは普通じゃないのよー!」
二人は頭を抱えてそう叫んだ。慄いている。男達が部屋の中から怪訝そうな顔を覗かせていた。
「さっきから、何やっているんだ? てぇか、お前らはなんだ?」
一人がそう尋ねて来る。野上が返す。
「いや、オレは一応あんたらを助けに来たんだけど……」
その言葉に別の男が顔を明るくした。
「本当か? なら、お願いだ! さっさと日本に戻してくれ」
それを合図に、堰を切ったように男達は口々に言い始めた。
「あいつら、一体何なんだよー?」
「意味不明すぎて、どう捉えれば良いのかも分からないんだよ!」
「なんか、わらねーけど、あいつら俺らをウーパールーパーって呼ぶんだぞ? なんだよ? ウーパールーパーって?」
恐らく心底ビビっていたのだろう。
「突然、謎の異空間に無理矢理召喚されて、ウーパールーパー呼ばわりされた上に密室に集団で閉じ込められたら、そりゃ誰だって怯えるわ」
と、野上が言った。
ごもっとも。
野上はそれからアネーラと矢吹を見てみた。まだパニクっていて「どうしてなのよー?」とか言っている。この憐れな男達を、日本に帰してやりたいと彼は思っていたが、今の二人の状態では難しそうだった。
イーデを見てみる。
「あの…… イーデさんなら、彼らを元の場所に戻せますか?」
困った顔を浮かべて彼女は口を開いた。
「できない事もないですが、この人数で正確な場所も分からないとなるとかなり大変ですね…… 私、日本には詳しくないし」
男達の方を見ると、彼らはまるで仔犬のような表情を浮かべ必死に訴えていた。
どうしよう?
と、野上は困惑する。そんな彼の耳に「どうしてなのよー!」、「おかしいわー」というアネーラと矢吹の声が響いて来る。彼は少しばかり苛立ち始めた。
「いい加減にしろ! お前ら! お願いだから黙ってくれ!」
そう彼が叫んだタイミングだった。
「アネーラちゃん、なんだか騒がしいみたいだけど、こんな夜中に誰かお客様なの?」
そのような声が響いたのだ。そして、虚空にドアが開き光が差し込んでくる。逆光のシルエットで描き出されたラインは、神々しくゴージャスで、アネーラよりも一回りは存在感があった。
「あ、ママ」
と、そのシルエットを見てアネーラ。
さっきまで取り乱していたのが嘘のよう。なんか物凄く素の返しだった。光が治まると目が細めで、アネーラよりも更にグラマラスな女神がそこに立っていた。来ている衣は上品な薄いピンク。もし優しく撫でられたりしたら、性癖に影響が出そうな感じ。
「ママさん!」とその姿を見てイーデが言った。顔を明るくしている。“この反応、なんだかいい予感がする”と野上は思った。そのままイーデはママ神に駆け寄って行って事情を説明し始めた。流石に自分の娘のやらかした事に怒るのではないかと彼は思ったのだが、話を聞き終えるなり、ママ神は言う。
「まー つまりはこの人達はお客様ってことね?」
「いやいや」と彼はツッコミを入れた。
「そんなのんきな話じゃないですよ」
しかし、彼の言葉にママ神は首を傾げた。
「でも、ここにいる皆さんは、アネーラちゃんがお招きしたのでしょう?」
お招きしたと言うか、拉致したと言うか。
野上は何かを言おうとしたのだが、そのタイミングでまた声が響いた。
「おお! 男がたくさんだぞ?!」
パパ神だ。
虚空のドアから顔を見せている。
……なんかまたややこしい事になりそう。
「ママ! どうやら遂にアネーラが本気で婚活し始めてくれたようだぞ!」
なんか目に涙を浮かべている。
その言葉にママ神は違うベクトルで喜ぶ。
「まー! やっぱりお客様じゃない!」
そのやり取りを聞いて、男の一人が怒り出した。
「お前ら! 黙って聞いてれば意味不明で変な事ばかり言いやがって、俺らは無理矢理に連れて来られたんだよ! さっさと元の場所に戻せ!」
ごもっとも。
が、次の瞬間、ママ神がその怒号をスルーしてこう続ける。
「なら、早くおもてなしのご飯の用意をしないといけないわね!」
その言葉に男達は一斉に固まった。いや、男達だけではない。矢吹もアネーラもイーデも野上も固まっている。
“飯?”
考えてみれば、全員、一晩中何も食べていない。そして、思い出したかのように、腹が鳴り始める。
一呼吸の間の後、
「まー、なんだ。飯くらいは食ってから帰っても良いのじゃないか?」
男の内の誰かがそう言う。誰もそれに反論しなかった。ママ神は「フン、フン」となんだか嬉しそうに部屋を出て行く。
――数十分後、
「みんな、できたわよー!」
物凄く嬉しそうな顔で、ママ神が戻って来てそう言った。
「なんで、あんなに嬉しそうなんですか?」
野上が尋ねると、「ママはお客さんが大好きなのよ。昔から」などとアネーラは応える。
「リビングに用意してありますからねー」
ママ神はニコニコとしていて、なんだか尋ねて来た娘の友達に話しかけているかのような口調だった。否、実際に彼女の中ではそういう認識なのかもしれない。ただし、かなり年齢設定が実年齢よりも幼い気がする。
リビングに用意されてあった料理は見事だった。エビ、カニなどの海鮮パエリア、グラタン、シチュー、色とりどりの野菜にフルーツ、そしてビールやサワーなどの酒類。黒を基調としたアネーラの部屋とは違って、リビングは光り輝いていて、初めてここが神界なのだと野上は実感できた。
さっき野上は外にいたけど、夜なので暗かったし。
「この料理、まさかお尻から出してないわよね?」
と、矢吹が尋ねる。
「うちのママは、オオゲツヒメじゃないわよ!」
と、それにアネーラ。
「食べたら、帰れなくなる…… とかもないよな?」
と、今度は野上。
「ここは黄泉の国じゃない!」
と、それにアネーラ。
もし、仮にそうであったとしても、既に手遅れだった。皆、目の前にあるご馳走を我慢できずにえらい勢いで食べ始めている。よっぽど腹が減っていたのだろう。腹が膨れて来ると男達の機嫌はかなり良くなった。そのうちにこの集まりの意図を勘違いしているパパ神がなんだか男達の面接をし始めた。眼鏡なんかかけている。
「で、君、年齢と年収は? 家族構成も教えてもらえるかな?」
見た目石像のパパ神に、流石に男達はちょっとビビっているらしくって、なんだか大人しく面接を受けていた。
「なんか丸く収まったみたいな雰囲気だけはありますけど、これから大丈夫なのですかね?」
なんとなくそんな光景を見やりながら、野上がイーデに尋ねた。自分も料理を口にしている。
「多分、明るくなったら、パパさんとママさんがあの男の人達を日本に送り返してくれると思いますけど……」
それを聞いて“パパ神はどうだろう?”と野上は思った。絶対にアネーラの婿候補だと思い込んでいるし……
はい。
実はここまでは随分と前に既に書き終えていたものだったりします。
どうせ何に反応ないだろうなー と思って。
だから投稿ペースが速かったのですね。
清々しいほどに予想通りでしたが。
読んでくれた数少ない人に悪いと思ったので、切りが良い所までは書きましたが、今後は分かりません。
興が乗ったら、気分で続きを書くかも?




