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4.恐怖の女魔王

 アネーラが通話を「フンッ!」と言って切ると、それからほどなくしてノックをするような音が聞こえた。どこをどう叩けば、この精神世界にそんな音が響くのかはよく分からないが、とにかくそれを受けてアネーラが「入りなさいよ」と言うと、さっきのパパ神の時のように何もない虚空にドアが開き、光が差し込んで来た。

 “魔王……”と野上は軽く緊張を覚え、身構える。

 果たしてどんな姿をしているのか。

 ――がしかし、

 「もう何よ、アネーラちゃん。本当にわたし明日仕事なのよ?」

 そこに現れた女性は、くねった角を頭に生やしていたし、褐色の肌をしていて、確かにいかにも“魔族”って感じの人種っぽく見えはしたのだけど、とてもおっとりとしていて、どう見ても優しそうな年上のお姉さんタイプにしか思えなかったのだった。

 「ムキョー! あんた、また、仕事してる自慢したわねー! もう我慢ならないわ! さあ! そこの男子高校生! さっさとこいつをやっちゃいなさい! 人気が出るわよ、この作品!」

 癇癪を起しているアネーラをほとんど気にかけることなく(多分、慣れているから)、女魔王はゆっくりと野上と矢吹を見た。それから、

 「パパさんが、“絶対にくっつける”とかなんとかぶつぶつ言っていたけど、あなた達の事だったのね……。どういったご関係なのかしら?」

 矢吹は軽く頭を掻くと口を開き、「あー、わたしらは、そこにいる女神に召喚されてね……」と説明しかけたのだが、説明し切る前に女魔王は、突然、クワッと目を見開いて声を上げたのだった。

 「アネーラちゃんから、召喚された?!」

 そしてそれから、直ぐに深々と頭を下げると、

 「すいません。アネーラちゃんが、迷惑をかけたのですね」

 などと謝罪をしたのだった。

 「ちょっと! あんた、なんでいきなり謝っているのよ!?」と、アネーラ。

 「そんなのどうせアネーラちゃんがまた悪さをしたからに決まっているでしょう? いつもいつも誰かに何かしら迷惑をかけて…… 幼馴染として、多少の責任は私も感じるのよ?」

 それを聞いてアネーラは、「こいつらに迷惑なんて、1ピコグラムもかけてないわよー!」と喚いたが、もちろん充分過ぎるくらいに迷惑をかけている。

 「とにかく、ごめんなさい」と女魔王は再び矢吹と野上に頭を下げた。そんな彼女の様子に、野上は感動を覚え、ふるふると震えつつ涙ぐんでいた。

 “……なんか、久々にこんなに真っ当な女の人を見た気がする。天使だ!”

 ――魔王だけどな。

 それから彼は矢吹と女神アネーラを交互に見、“絶対、こいつらフツーじゃないし”などと心の中で呟く。女魔王の態度が気に入らなかったらしく、アネーラが喚いた。

 「キー! なによ、その保護者面は! むかつくー! もう勘弁ならないわ! さぁ、さっさと叩きのめしなさい! 女が叩きのめされるのが、小説投稿サイトの男性読者どもは好きなのでしょうー?!」

 それを聞いて、野上は、

 「できるかー!」

 と、即座に叫んだ。

 「むしろ、オレはあんたを叩きのめしたいわ!」

 「なんで女神が勇者に叩きのめされなくちゃいけないのよ!」

 そもそも野上は勇者でもなんでもないのだけど。

 「読者人気が欲しくないの~!」

 「できないもんはできんー!」

 できたところで、人気は出ないと思うけど。

 そのやり取りに女魔王は首を傾げた。

 「さっきから何のお話?」

 それを無視して二人はにらみ合っている。だからなのか、矢吹が説明した。

 「小説投稿サイトの読者が好きそうな話の展開にしなくちゃいけないのよ」

 「はあ」と、それに女魔王。多分、というか絶対に何のことだか分かっていない。相変わらずにらみ合っている二人に向けて矢吹は言った。

 「あのさー そもそも、小説の内容がどうこうの前に、こういうのって宣伝が重要なんじゃないの?」

 アネーラが返す。

 「宣伝? 宣伝ってどーするのよ?」

 「小説のレビューっぽいのをやっているカナブン〇ャンネルさんみたいな動画チャンネルの主さんに、メールで“この話を馬鹿にしてください”ってお願いしてみるとか」

 「なんで馬鹿にされる前提なのよ?」と、アネーラ。

 こんな話、馬鹿にする以外で使い道はないと思うけど。

 野上が「この女神がメールを送ったって、どうせ危ない奴だと思われてスルーされるだけだぞ」とツッコミを入れた。

 「それよりも、あからさまな読者サービスとかの方が良いのじゃないか?」

 「なるほど」と、それに矢吹が頷く。

 「じゃ、あんた、もう一度脱ぎなさい」

 「なんで、そーなるんだよ!」

 「男が脱げば、Vtuberの〇子姉さんとかが取り上げてくれるかもしれないでしょー?」

 「こんな作品、そんな大物の耳に届くはずがないだろーが!」

 「諦めんな! 何事もチャレンジでしょーが! 試してみなさい!」

 「だから一度もうやっているだろうが!」

 そのやり取りを聞いて、女魔王が言った。

 「ちょっと待って!」

 なんだろう? と一同が顔を向けると彼女は続ける。

 「“もう一度脱ぎなさい”ってことは、一度はその男の子、服を脱いでるの?」

 なんだか真剣なご様子。

 アネーラはゆっくりと頷く。

 「脱いでる」

 「真っ裸?」と、女魔王。

 「下だけ」とアネーラ。

 「パンツも?」

 「パンツも」

 それを聞くなり、女魔王は「ずるい! アネーラちゃん、ずるい!」と目を涙ぐませた。

 「どうして、私も喚んでくれなかったのよぉぉぉ!」

 そんな彼女の様子に三人は顔を見合わせた。

 「何も泣くほどのことじゃ……」と矢吹が言うと、「泣くほどのことよ!」と彼女は返す。まるで祈るような動作で続けた。

 「私、イーデ・ハムラは、この歳になっても、まだ男性の下半身なんてネットでしか見たことないのよ? 生でなんて絶対に羨ましい!」

 ネットでは見てるのかよ。

 そこで今度は矢吹とアネーラの二人だけが顔を見合わせた。阿吽の呼吸で頷き合うと、先ほどと同じ様に矢吹が野上を羽交い絞めにして拘束する。「へ?」とそれに野上。

 「ちょっと待て、お前ら何をする気だ?」

 「そんなの決まっているでしょう? もう一度脱がせて、イーデに見せてあげるのよ、あんたの下半身のウーパールーパーを」

 と、アネーラが言うと。「ほら、Vtuberの〇子姉さんが取り上げてくれるかもしれないし」と矢吹が続ける。

 「ふざけるな! てぇか、ウーパールーパーじゃねぇし、取り上げてもくれるはずがねーだろうがよー!」

 「〇子姉さんを甘く見るな!」

 「そういう問題じゃねー!」

 そのやり取りを見ていたどうやらイーデ・ハムラというらしい女魔王は、感動した表情を浮かべた。

 「二人とも、ありがとう! 私に見せてくれるのね。男の子の生チン〇を私に見せてくれるのね!」

 「やめろー! お前らぁ!」と野上は首を振る。ブンブンと。

 ……創作物で、性的被害者が男性の場合なら意外にスルーされる風潮があるのって何でなんでしょうね?

 野上はジタバタと暴れていたが、そんな彼のズボンとパンツをアネーラが「おりゃあぁぁぁ! 女神パワー!」と言って強引に一気に脱がせた。

 ――こんな事に女神パワーを使う女神。

 なんにせよ、そうして再び野上の下半身のウーパールーパーが露わになった。女魔王イーデ・ハムラはジッとそれを見る。あんなに見たがっていた割には意外に反応が薄い。

 十呼吸程の間が流れた。

 「満足?」とアネーラが尋ねると、彼女は頬を赤らた。「あの……」と口を開く。

 そして、

 「これがおっきくなるところも見てみたい」

 と、ポツリと彼女は言う。

 しおらしい態度とは裏腹にとんでもない発言。

 それを聞いて、

 「な、なんと言う……」と矢吹。慄いている。「あんたの魔王たる所以を見た気がするわ」と、アネーラが続けた。

 それから矢吹が野上の肩に手を置き、もう片方の手で下半身を指し示しながら言った。

 「そんな訳だから、あんた、そのウーパールーパーをおっきくしなさい。成魚に変身させるのよ。ウーパールーパーも成魚っていうかどうかは知らないけど」

 「できるかボケー!」

 「あんたねー。これくらい事もできないんじゃ、AV男優になれないわよ?」

 「なりたいなんて思ってねーよ!」

 それを聞くなり、何故かアネーラは激昂した。

 「嘘つけ、この野郎―!」

 野上の頬をひっぱたく。

 「え? え? なんで、今オレ、叩かれたの?」

 目をパチクリとさせている。

 「99%の男の夢は、AV男優だって調べはついているのよ」

 アネーラはそう叫んだ。何故か拳を握りしめている。

 「いや、そんな訳ない」と返した野上を彼女はまたひっぱたいた。

 「そんな訳ないわけないでしょーが!」

 涙目になる野上。そんな彼に、今度は矢吹が野上の肩に手を置いて語り出した。

 「例えば、ある日の昼下がり。進路指導室で、教師が男子生徒に将来の夢を訊いているとしましょう」

 「何を語り始めているんだ? お前は」

 「いいから聞きなさい」

 と、圧をかけると矢吹は続ける。

 「教師は尋ねる。

 “――で、お前の将来の夢はなんなんだ?”

 男子生徒は答える。

 “……とくにないですけどね、無難な大学に入って、無難な企業に入りたいですかね”

 教師は頷く。

 “そうか。じゃ、ま、進学だな……”

 しかし、教師は胸の内ではこう思っている。

 “嘘つけ、本当はAV男優になりたいくせに……”

 そして、生徒もこう思っている。

 “嘘さ。本当はAV男優になりたいに決まっている”」

 矢吹が語り終えると、アネーラが頷く。

 ……なんで、こいつらこんなにコンビネーションが良いんだろう?

 アネーラは吠える。

 「多くの男達は、己を偽り、そして、本当の夢を追い求めないで生きていく! 何もかもを忘れた振りをして! でも、本当は忘れていない。忘れられっこない! だって仕事で数多の美女とエッチできるのよ? そんな男にとって凄まじく恵まれた仕事がこの世に他にあるはずがないわ!」

 なんか、滂沱までしている。

 それを聞くと野上は

 「いや、なんか、いい話っぽく言ってるけど、少しもまったくいい話じゃないからな? そもそも、本当にオレは別にAV男優になんかなりたくないし…」

 そう言いかける。しかし、そんな彼をまたアネーラは引っ叩いた。「ぶべらぁっ!」と野上(いいのが入った)。

 「嘘をつくなー! この世の男はAV男優になれたもののみが勝者であって、残りの男は全て皆敗者なのよ!」

 ※当然、彼女の妄想です。気にしないでください。

 「さあ! いいから、さっさと大人しく…… 否、猛々しく、あんたのウーパールーパーを大きくしなさい! AV男優の夢を叶える為に! もし、人生に勝ち負けがあるとするのなら、それが勝利への第一歩よ!」

 「できるかボケー!」と、野上は叫ぶ。それを聞くなり、やはり絶妙なコンビネーションで、こういう時だけは素早い矢吹が彼の背後をとって羽交い絞めにした。

 「な! やめろ、お前―!」

 首をブンブンと振る野上。

 「作者様、作者様! このようなシーンに需要はないと思われます。どうが、乱心をお鎮めくださいー!」

 

 ……ずっと昔、深夜にテレビをザッピングしていたんですけど、そうしたら何かの番組で、お笑い芸人が露出させた下半身を大きくするのを女子プロレスラー達が眺めるってのをやっていたんですよ。今だったら完全に放送できないですよねー

 

 「何の話だー!」

 本当にね。

 しかし、彼がそう叫んだ瞬間だった。

 「さっきから騒がしいが、何をやっているのかな?」

 そんな声と伴に光が差し込む。真っ黒な虚空にドアが開いている。顔を覗かせているのはパパ神だった。どうやら物音が気になって見に来たらしい。

 「あうっ!」

 眩い光を目に受けた矢吹は身体をよじる。それで彼女の羽交い絞めにしていた力が弱くなった。その隙を野上は見逃さない。

 「今しかねー!」と、叫ぶと思い切り力を込めて矢吹の腕を振りほどく。そして、床に放り投げられてあったズボンを掴むと、そのままパパ神が開けたドアの隙間から全速力で外へ逃げていった

 「おお!」とパパ神。

 「あー!パパ! 逃がさないでよ!」

 と、アネーラが文句を言ったが、時は既に遅かった。野上は外に逃げてしまっていた。静まり返る。少しの間の後、矢吹が口を開く。

 「……どうするの? 逃げられちゃったけど」

 しかし、アネーラは余裕の表情で返す。

 「フッ 案ずる事はないわ、ここは神界。人間である奴に、そもそも逃げ場などないわ」

 「なるほど。いずれ、戻って来ると」

 「その通り。それまでにこっちはゆっくりと準備をしましょう」

 言い終えると、アネーラは「オーッホッホッホ」と高らかに笑い、矢吹は「アーッハッハッハ」とそれに続けた。

 「あのー…… どうでも良いけど、どうして二人は悪の秘密結社ポジションなの?」

 と、イーデがツッコミを入れ、そんな三人をパパ神はキョトンとした表情で見つめていた。

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