2.異世界ものの定番に倣っていればいいってもんじゃない
「――そんな訳で、何かあなた達にウーパールーパー的なところがあったりしない? そうじゃなかったら、わたしが間違えるはずがないのよ」
女神がそう二人に訊いて来た。まず、“ウーパールーパー的なところ”というのがよく分からない。
「そんなん言われてもね」と矢吹。呆れている。「ウーパールーパー的なところがある人間なんてこの世に存在しないと思いますよ?」と野上が続けた。
「ふーむ」と女神は顎に手をやる。
「ウーパールーパーと言えば、ネオテニー…… 人間はチンパンジーのネオテニーだって説があるわよね?」
野上が返す。
「それだと人間全員が当て嵌まりますが」
軽く頭を掻いて続けた。
「そーいうのじゃなくて、単に間違っただけとかじゃないんですかね?」
彼の意見に、女神は納得がいかないらしく「だから、普通は間違わないんだって!」と悩み続けている。
そんな女神を見つめながら、ようやくここが異世界なんだと実感を持ち始めていた彼は、徐々に興奮してもいて、
「とにかく、ウーパールーパーに間違えられたにしろ何にしろ、ここってつまりは異世界な訳ですよね?
異世界っていったらやっぱりステータスオープンじゃないですか? ステータスオープン! できるんですか?」
やや興奮したノリで女神に請うようにそう訊いた。自分のステータスがどんなだか、正直、ちょっと興味がある…… と言うか、未知の技術(?)にシンプルにワクワクしているようだった。女神はまだ悩んでいたが、メンタルが器用なタイプなのか、それを聞くとすぐに気持ちを切り替えて得意げな表情で言った。
「なーに? そんなに自分のステータスを知りたいの? もちろん、できるわよ。見せてあげよーか?」
彼はガッツポーズを取る。
「本当ですか? 是非、お願いします!」
彼は異世界に対する一部の偏った世界観にどうやら毒されているようだった。もちろん、四角いウィンドウが浮かび上がり、そこに自分の能力やらなんやらが記述されている、ファンタジーなんだかSFなんだかよく分からない謎の怪現象が起こる事を期待していのだ。
――が、
「はい」と、それから何故か女神は彼にペンと用紙を手渡したのだった。そこには“短距離走(50メートル)”だとか、“垂直跳び”だとか、“握力”だとか、様々な項目が並んでいて、まるで体力測定のようだった。と言うか、まんま体力測定だった。
「何ですか、これ?」
「何って? だから、ステータスをオープンにするのでしょう? あ、因みにまだ他にもあるからね、知能の方が」
「知能の方?」
「そ。計算問題とか解くやつ」
訝しく思いながらも、彼は真っ黒い彼女の部屋で短距離を走り、垂直跳びをし、握力計で測り、その他の諸々の体力を測定していった。何をやっているのだろう、自分は?という思いに苛まれた彼は、矢吹も巻き込んでやろうと「おい、矢吹。お前もやれよ」と彼女に声をかける。彼女は近くにあったソファで寛いでいたのだ。「たるいからパス」とそれに彼女。見もしない。
体力測定が終わると、「はい、次。知能の方」と言って女神は今度は計算問題などが書かれた用紙を彼に渡した。彼は平たい気持ちでそれを解いていく。一通り終えると女神が言う。
「はい、終了~」
測定結果を見ながら彼女は続ける。
「大体分かったわよ、あなたのステータス。可もなく不可もなくってところね。見事に平均値」
彼はそんな女神の様子にフルフルと震える。そして、「いえ、あの、こーいうのじゃなくてですねぇ!」と叫んだ。
「ツッコミ遅くない?」と矢吹が言う。
「じゃ、どーいうのを言っているのよ?」と淡々と女神。
「もっと、こう、ゲームみたいに四角いウィンドウが出てきて……」と、彼は必死に説明しようとするが、女神には通じなかった。
「でも、ステータスってつまりはこーいうことでしょう?!」
そうなのか?
「そもそもこっちの方がより詳細なのよ? “素早さ”とかって一口で言っても色々とあるじゃない? 短距離とか長距離とか障害物があった方が速いだとか遅いだとか。ゲームの“素早さ”だとそーいうのの区別がつかないけど、これだと区別がつくのよ? より高度じゃない!」
「それはそうかもしれませんけどねぇ!」
なんと言うか、ロマンがない。
測定結果を改めて見つめながら女神は言う。
「しかし、本当に見れば見るほど見事なまでに全て平均的な数字ねぇ。逆に珍しいんじゃないの?」
平均値と最頻値は違うのである。
「放っておいてください!」と野上。
「あのさぁあ」
そこで、そんな二人に向けて矢吹が言った。彼女はソファの背もたれに首をあずけてけだるそうに二人を見ている。きっと、寛いでいるのに飽きたのだ。
「わたし、思い付いちゃったんだけどさぁ、野上のウーパールーパー的なところ」
それを聞くと女神は顔を明るくした。
「え? 本当? どこよ、どこ? きっとそれの所為で間違えたのよ」
すると矢吹は妙に楽しそうに顔を邪悪に歪ませた。
「ほら、あるじゃない。人間で、唯一、ウーパールーパーっぽく見える部位がさー」
それから指をくるくると回転させてから、彼女はゆっくりと野上シンゴの下半身に向けてピタッと止める。そして、「わたしにはないやつ」と言った。“まさか”と、それに彼は顔を青くした。そしてその反対に女神はにまーっと楽しそうに笑うのだった。
「ああ、なるほど! 確かにそこならウーパールーパー的な形をしているかもねぇ」
「ちょっと待て! 矢吹、お前だって召喚されて来ただろうがよ!」
「わたしはきっとあんたの巻き添えなのよ」
女神が言う。
「なんにせよ、確かめてみなくっちゃね。さぁ、大人しく、あなたのウーパールーパー的な部位をみせなさぁいっ!」
「そこは、そんな形はしてねぇぇぇ!」
野上は逃げようとしたが、辺りは真っ黒でそもそも何処に逃げれば良いのかも分からなった。しかも、困惑している間で先ほどの怠惰な様子からは想像もできないような速度で矢吹は動き、気づくと彼は羽交い締めにされていたのだった。
あっさり女に力で負けるなよ……
女神が邪悪に笑う。
「ナーイス! あんたやるわね!」
矢吹は返す。
「やるでしょう? さぁ! 今のうちにさっさと剥いちゃいなさい」
なんかこいつらいいコンビだ。
野上は喚いた。
「やめろー! お前らぁ!」
……因みに、作者である僕には、幼い頃、姉と姉の友達複数人に囲まれて下半身を見られている場面の記憶があるのですが、もしあれが夢かなんかじゃなかったら、けっこーやばい気がします。
「何の話だぁ!?」と野上がツッコミを入れた。「何よ? 突然?」と矢吹が言う。「観念しなさい!」とそこで女神が彼のズボンとパンツを一気に引きずり下ろした。
――が、その時だった。
「これ、アネーラ。なんだか騒がしいが、誰かお客さんかい?」
そんな声と伴に、半分は精神世界であるはずのこの黒い空間の虚空に突如としてドアが開き、眩い光が漏れて来たのだった。そしてそこから、ヨーロッパにある石の彫刻のような造形の威厳のある中年男性が顔を出したのだった。
「あら? パパ」と、それを見て女神が言う。「パパァ?!」と野上はビビった声を上げた。どうやら女神の父親らしいその石像は、下半身をさらした彼の姿に目を大きくしている。
「お、お、娘の部屋に下半身丸出しの男が……」
“まずい!”とそれを聞いて彼は思った。
“これ、絶対に勘違いで大激怒されるパターンのやつだ!”
女神のパパなのだから、きっと神なのだろう。神の大激怒はさすがにまずい。
「遂にかー!」と女神の石像のようなパパは叫ぶ。かなりの迫力だ。「ヒーッ」と野上は悲鳴を上げる。
「ちょっと待ってください! 話を聞いてください! 僕はむしろこの逆セクハラの被害者であって……」
それで必死に彼はそう弁明しようとした…… のだが、
「娘をよろしく頼むよ」
と、次の瞬間、少しも怒らず、女神の石像のようなパパは、彼の両手をガシッと握って彼を歓迎したのだった。「は?」と野上は顔を引きつらせ、矢吹は軽くこける。
「娘はこの歳になっても働きに出ないし、そこどころか家事手伝いすらしないし、小遣いはせびるし、性格もあまりよろしくないが、スタイルと顔だけは、毎日ダラダラしているだけなのに何故か良いからきっと耐えられる! きっとだ! きっとだぞ! がんばってくれたまえ!」
なんか必死だ。
「やーねー、あんまり褒めないでよ」とそれを聞いて女神。ちょっと照れている。「え? これ褒めてるの?」と矢吹。その後で彼女はパパ神に向かって言った。
「ちょいちょい、違うわよ、おっさん」
神をおっさん呼ばわりするな。
「こいつはただウーパールーパーと間違われて呼びされただけ。今、男根がウーパールーパーに似ているかどうか確認していたところなの」
凄い説明。てぇか、もっと表現はオブラートに包め。
「なんだってぇ!?」とそれを聞いてパパ神は叫ぶ。今度は矢吹の両手を握る。そして、こう続けた。
「という事は、君が娘をもらってくれるのだね? よろしく頼むよ」
「ねぇ?このおっさん、相当に追い込まれてない?」と矢吹が言う。
こける野上。
なんで、そーなるのか。
そこで女神はさすがに文句を言った。
「ちょっとパパ、さっきから何を言っているのよ? 相手は人間なのよ? このわたしが相手にするはずがないでしょーが!」
首をぶんぶんと振りながらパパ神は言った。
「いいか、娘よ? 選り好みはよくないぞ? なんでもまずは食べてみることだ」
厄介払いしたくて堪らない感じのパパ神。下半身をさらしたままで、野上が言った。
「見た目が悪い食材みたいに言わんでください。てぇか、なんかカニバリズムな話にちょっと戻っている気がするし」
「大丈夫だ。ウーパールーパーの味は白身魚に似ているというし、君だってきっと有望に決まっている!」
「味も見た目も別にウーパールーパーには似ていません! そもそもウーパールーパーに似ていたらどうして有望になるのか分かりません! てぇか、これ、何の話ですか?」
いいから、いい加減、ズボンをはけ。
「ちょっと待ちなさい。あなたがウーパールーパーに似てなかったら、わたしが間違えるはずがないでしょー!」
と、そこで女神。変なところにプライドがあるみたい。パパ神が続ける。
「そうだぞ。娘は食材を捉える嗅覚だけは凄まじいんだ!」
褒めてるのかどうかは微妙。野上が叫んだ。
「これ、本当に何の話ですか!」
これ以上ないくらいの不毛な議論(?)。
一方、そんな彼らを尻目に矢吹はソファに向かってタラタラと歩いていた。
「あー 野上の男根も別にウーパールーパーに似てなかったし、つまらないわね。もう少し面白いことになると思ったのに」
これ以上、何を期待していたのか。
それから彼女は「だらけてよーっと」と言ってソファに寝転がった。が、瞬間でそれに飽きたのか、おもむろに目の前にある大きなパソコンの電源を入れた。
その後ろでは相変わらず女神とパパ神と野上が有り得ないほどの不毛な会話を繰り広げている。嫌気が差したのか、女神はパパ神を部屋から追い出そうとしていた。
女神が叫ぶ。
「出てけー! 下半身がウーパールーパーに似ているって疑惑のある男とくっつけさせようとするなぁ!」
続けて野上が喚いた
「別に似てないですよー! さっき見たじゃないですか!」
いつの間にか、ズボンははいたらしい。
「だから、食わず嫌いはいかんとー!」
パパ神には既に理屈は通じていない。最初っから通じていなかったけど。
「なに、やってるのかしらねぇ?」
自分にも幾許かの原因がある事を都合良く忘れて、矢吹はそうぼやく。そして、起動したパソコンを操作し始めた。流石、神の国(?)制のパソコン、日本語にも対応しているらしく、普通にキーボードとマウスで操作できる。
「検索かけてみよー」
彼女は文字をキーボードで打ち込んで、エンターキーを押した。すると、検索結果が表示される。その一覧をざっと見て、「変なのあるわね」と呟いて、彼女はのうちの一つをクリックした。検索に引っかかったそれは、どうやら小説投稿サイトらしい。
そして、ある程度読み進めて、彼女は固まってしまう。
「いい加減、出てけー!」
それはちょうど、女神がパパ神を追い出したのと同時だった。虚空に開いたドアが閉じ、光が閉ざされる。
暗くなる。
「ああ、もう娘の相手を強引に決めようだなんて、過干渉ってもんよ、本当に」
女神はプンスカ怒っている。が、本人にもかなり問題がありそうな感じだけれども。
「人生に十字架を背負わされるところだった」
そう言った野上は妙に疲れた表情を浮かべていた。
そこで矢吹が二人を呼ぶ。
「ちょっと二人とも」
パソコン画面を凝視しながら、手招きをしている。
「なんだよ?」と野上が言い、女神は「あんた、勝手にわたしのパソコン使わないでよ」と文句を言った。それに「いいから、来なさい」と苛立たし気に矢吹は返す。女神と野上は顔を見合わせると矢吹の所に向かった。
矢吹が凝視している画面には、多くの文章が綴られていた。
「これが何よ?」と女神。
「小説みたいだな」と野上。
「ええ、そうよ」と矢吹は頷く。それからゆっくりと振り向いた彼女は、まるでホラー映画に出て来る女優が信じられないモンスターでも目撃したかのような表情をしていた。そして、画面を指さしながら続ける。
「この小説、わたし達の事がかかれてあるのよ」
『ウーパールーパーに間違えられて、異世界から召喚されたんだけどどうすれば良い?とか訊かれても読者も困る』
それが、その小説のタイトルだった。




