限界レベル20の村人が最強に至るまで
「あなたの職業は……村人です」
「…………は?」
村人。
それは最弱の職業。
レベルが上がってもステータスはほとんど上がらない。
例えば、戦士はレベルが上がると攻撃力が5~8上がるのに対して、村人は1~3しか上がらない。
唯一の利点は経験値が多くもらえるところだが、村人は限界レベルが20である。他の職業の限界レベルが100なのに、だ。
つまり、完全に利点がない職業ということになる。
「嘘……だろ……」
同年代の子どもたちがどんどん旅立つ中、俺は未だにスライム一匹にすら苦戦する。
『旅なんてやめて、農業でもして生活したら?』と、職業が生産職になった幼馴染から言われる始末。
でも、俺は旅を諦めきれず、村周辺に生息するスライムなどの低レベルモンスターを倒して経験値を稼いでいる。
「転職さえ、転職さえできれば……!」
転職。
レベルが20になると可能になるもので、一度だけステータスを引き継いでレベルが1に戻り、他の職業になれるというものだ。
魔法使いから戦士に転職して魔法戦士になったり、魔法使いから僧侶に転職して攻撃魔法と回復魔法を両立させたり、使い方次第でより一層強くなれる。
俺も村人から転職できれば変われるんじゃないかと思い、地道に経験値を貯めてレベルを20まで上げようとしている。
幸い、職業特性で経験値が多くもらえるので、なんとか半年でレベルが20まで上がった。
普通の職業ならもっと早くレベルが20になるんだけどね……強くなったら強いモンスターが倒せるようになるから経験値効率がよくなるので……。
もっとも、経験値効率はよくなるものの、次のレベルになるまでの経験値も増えるからどんどん強敵の相手をしないといけなくなって、死亡率も高くなる。
冒険者は死と隣り合わせだと言うのがよく分かる構図だ。
……さておき、レベルが20になったので俺も希望を胸に転職をしようと思ったのだが……。
「転職をご希望ですか?」
「はい! 今の村人から転職して新しい職につきたくて……」
「ほお……村人で転職できるまでレベルを上げた方は初めて見ました。大半の人はその能力の低さに絶望して、農作業などに従事するのですが……」
「諦めきれなかったんです。村人から転職すれば、道が開けるのではないかと」
「分かりました。それでは貴方に転職の洗礼を――」
神官様の声が止まる。
何かあったのだろうか?
「ど、どうしました?」
「転職先が……村人しかありません……」
「え……ええっ!?」
どういうことだ!?
今は村人なのに、転職先も村人だなんて……。
「あ、あの……同じ職業に転職なんてあるんですか……?」
「いえ……普通ならば同じ職は提示されないはずなのです……」
「そ……そんな……。で、ではステータスの引継ぎだけしてレベルが1に戻るのでしょうか?」
「分かりません……前例がありませんから……」
「……このままでは終われません。もう一度『村人』に転職します!」
「分かりました、それでは貴方に神のご加護を……」
こうして、俺は村人から村人に転職するという訳の分からない転職をしてしまった。
「確かにステータスは引き継がれてる……レベル1の時にあれだけ苦戦してたスライムが楽勝だし……」
これが転職の強さか……でも本来なら、もっとレベルを上げた状態で転職して、ステータスを底上げするんだよなあ……。
極端なことを言えば、限界レベル100で転職し、更にそこからもう一度100までレベルを上げれば、198回分のレベルアップの恩恵が受けられるのだ。
「俺みたいに20で転職して20まで上げても38しかレベルが上がってないんだよな……」
更に、村人特有のステータスの上がりにくさも考慮すると、おおよそ半分。普通の職業で言うレベル20程度のステータスにしかならない。
「でも、もしかしたら……」
俺は淡い希望を胸に、もう一度レベルを20まで上げるため、モンスターを狩り始めた。
……そして3か月後。
「おや、あなたは……」
「以前、村人から村人に転職した者です。もしかしたら、転職のチャンスがあると思い、もう一度レベルを20まで上げてきました」
「確かに村人から村人に転職など、前例がありませんからね……分かりました、貴方に転職の洗礼を――」
「……いかがでしょうか?」
「転職は可能です。……ただ、また『村人』だけなのですが……」
嘘だろ……? でも、一度しか転職できないはずなのに二回目ができるんだ。
これでもっとステータスの底上げができる!
「お願いします! もう一度村人として転職させてください!」
「分かりました、それでは貴方に神のご加護を……」
こうして、再び村人に転職した俺。
その頃にはもうスライムなど敵ではなく、少しだけ格上のモンスターと戦えるようになっていた。
そうなると経験値の入りは更に増えていき、レベル20まで到達するのにそう時間はかからなかった。
……そして1か月後。
「おや、あなたは……」
「二度村人に転職した者です。もう一度レベルを20まで上げてきました」
「……分かりました、貴方に転職の洗礼を――」
「いかがでしょうか?」
「また『村人』だけのようです。しかし、三度も転職できるとは……」
「お願いします!」
「分かりました、それでは貴方に神のご加護を……」
……そして半月後。
「転職をお願いします」
「分かりました、それでは貴方に神のご加護を……」
……そして一週間後。
「転職をお願いします」
「神のご加護を……」
……そして4日後、3日後、2日後……と、どんどん転職の日数が縮まっていき……。
「転職をお願いします」
「本日4度目の転職ですね……まさかこんなことになるとは。長生きはしてみるものです」
村人だけ、なぜか村人に何度も転職できるという摩訶不思議な現象。
しかし、おかげで俺は何度でも簡単にレベルを上げることができ、ステータスはどんどん底上げされていった。
強くなればなるほど戦闘が楽になり、強いモンスターを倒せば村人特有の経験値が多くもらえる能力も合わさって、一瞬でレベルが20まで上がる。
おかげで転移アイテムを買い込めば一日に何度も転職できるようになっていた。
そして転職が200回を超えたころ……。
**********
「ぐっ……くそっ! 四天王がこれほど強いとは……」
「ククク……魔王様に逆らう者は皆殺しだ……」
前方に、四天王に苦戦している冒険者たちが見える。
あれは……もしかして……。
「さあ、これで終わりだ冒険者ども!」
巨大な体躯を持つ巨人族のモンスターが、城の柱程度の大きさの棍棒を大きく振りかぶる。
「だっ、誰か助けてくれーっ!」
俺はその声に応えるように地面を蹴り、巨人の腹に蹴りを喰らわせる。
巨人はその衝撃で転倒し、その場に倒れた。
「お、お前は……」
「久しぶり、同郷の冒険者たちだよね」
「ま、まさか……『村人』の……!?」
俺は頷くと巨人の方に向き直る。
「ほう、少しは骨のあるやつが来たようだな。だがこの体格差、貴様には覆せまい!」
巨人が態勢を立て直し、俺に棍棒を振り下ろす。
しかし、それは俺に直撃する前にピタリと静止する。
「な……ば、バカな……その大きさでこのオレより力が強いだと……!?」
「四天王といえどこの程度か……じゃあね、魔王のこと地獄で待っててあげて」
「まっ、待――」
俺は棍棒を跳ねのけると、巨人の首を剣の一振りで斬り落とした。
**********
そして数週間後、魔王は討伐され、世界は徐々に平和になっていった。
俺が助けた冒険者たちが出所であろう噂は噂を呼び、最強の職業は村人だ、なんていう説がそこかしこで出回った。
しかし最初のレベル20まで上げる途中で無理をして死亡する人が多く、次第にその噂は沈静化していく。
その真実を知るのは俺と俺の転職を助けてくれた神官の人、俺のことを打ち明けた幼馴染ぐらいしか今はいない。
「それにしてもそれだけの能力があれば、国お抱えの勇者にでもなれるのに、またこんな田舎に戻ってくるなんて変わり者ね」
「んー……あんまり国とかの息がかかると生きづらくなりそうだし、君に言われた通り農業をして過ごすのが気楽でよさそうだと思ってね。お金が必要ならいつでも稼ぎにいけるし」
「まあ、あなたが満足してるならそれでいいわ。……今度生まれる子も、一緒にいられる時間が多くなれば嬉しいでしょうしね」
「ああ。……その時にはもっと力の加減ができるようにしておかないとな」
「……強すぎる力というのも考えものね」
「ははは。でも、世界を守って平和な世界で君と過ごせるようになったんだ、感謝してるよ」
こうして、平和になった世界で俺はスローライフを満喫して、幸せな時間を過ごしている――。