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高校時代

 桜の木を見上げていると、背中に何かがぶつかってきた。


 ドーン!


 実際に耳から聴こえた訳ではないのだが、良彦よしひこは、そんな音がしたように感じた。突然すぎて彼は少々驚いたものの、『それが何か』は、すぐに分かったので、振り向きもせずに後ろの相手に話しかけた。


「お前、他に挨拶の仕方、知らねえのかよ?」

「あら、今に始まったことではないでしょう?これがわたしの、君に対する最大級の敬意を払った挨拶なのだよ」


「肩でぶつかってくることが、なのか?」

「そうよ、全力で体当たりするの。これ以上にない愛情表現だと思わない?」


 背を向けたまま話し続ける良彦が、ようやく後ろを振り向くと、そこには卒業証書の入った丸筒を脇に抱えたツインテールの少女が立っていた。

 クラスメートの琴子ことこだ。


「向こうでも元気にやるのよ。何かあったら、この琴子お姉さんに相談しなさい」

「いつから、俺はお前の弟になったのだ。同級生だろうが」

「んー。最初からよ。いっちょう前に、背だけは高くなったけど、わたしの方がずっと大人なんだから」


 良彦は、何か言い返そうと、目を上から下に動かしながら、彼女をじろじろと無遠慮に観察した。

「お前こそ、大学に行ったら、少しは女らしくなれよ。おさげの髪型は、まあ十歩くらい下がって許すとしても、そのパッツン前髪と太い黒縁眼鏡も、もうやめろ。いくらなんでもその前髪、短すぎるって。そのまんまじゃあ、いつまでたっても、もてねえぞ」


 琴子は面白くなさそうな表情を顔に浮かべた。

「あら、全くもって、大きなお世話だわ。わたし、恋愛するために大学行くんじゃないのよ。早く一人前の歯医者さんにならなきゃあ・・・。良彦君と違って大変なんだから。

 君は、いいわよねえ。大阪の女の子ってかわいいのかしら。関西弁って人を選ぶよね。かわいく感じる人とそうでない人がいる気がする。ま、どっちにしろ、君に『彼女』なんて、似合わないけどね。せいぜいがんばって、一生に一度の貴重な青春時代を謳歌してくれたまえ。がはははは」


 琴子は、大口を開けて、笑った。


 腐れ縁のこいつとも、しばらくお別れかあ。なんか全然実感ないけど。良彦がそう思っていると、風が吹き、桜の花吹雪が舞った。


 琴子は、両手を何かを抱えるように前に出し、その柔らかい手の平で、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらの一片ひとひらを受け止めた。

「ねえ、なんで日本人は桜が好きなのか、知ってる?」

「ぱっと咲いて、ぱっと散るからだろ?」


「そうよ。でも浅い、浅い。桜はね、大義やお国のために命を散らすことを美しいと感じさせるために、増やされたんだよ。もともとは、上野公園あたりにしかなかったんだって。それを接ぎ木して各地に増やしたの。言うならば、マインドコントロールみたいなものね」

「俺らは、先祖代々、洗脳されて今に至るって訳か」

「そうなるわね。まあでも、なんのかんの言っても綺麗ねえ。卒業式にはぴったりだわ。こうして、わたしたちは、別れの時期に人生の儚さを感じることができ、感傷に浸ることができるんだから」


 お前でも感傷に浸ったりすることがあるのか?そう、からかおうと思った良彦は、彼女の桜の木を見上げる横顔を見て、言うのをやめた。代わりに、彼は、こう言った。


「正月には帰ってくるよ」

「うん。初詣でも行こっか」

 

 

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